自民党総裁選とファクトチェック 討論会発言はほぼ「正確」、話題のシカと外国人不起訴は【解説】

自民党総裁選(9月22日告示・10月4日開票)をめぐって、候補者の発言やネット上の誤情報を検証した記事がいくつか出ています。しかし、ファクトチェック団体だけでなく、全国の新聞社も積極的に検証記事を出した参院選と比べると少なめです。候補者討論会のAIによる分析も加えて、自民党総裁選をめぐる誤情報やファクトチェックの状況を解説します。
AIで分析すると候補者発言の多くは「正確」
日本ファクトチェックセンター(JFC)では自民党総裁選の中で、9月22日の「立会演説会」、9月23日の「自民党青年局・女性局主催公開討論会」、9月24日の「日本記者クラブ主催公開討論会」をGoogleのAIツール「NotebookLM」で分析しました。討論のデータは、NHKの全文文字起こしやYouTube上のノーカット動画などを活用しました。
NotebookLMに「各候補者の発言のうち、客観的・科学的に発言内容の真偽や信頼性を検証できそうな箇所を抜き出し、判定結果の予想も出して」と指示をしました。その結果、検証候補として示されたのは、各候補者が言及した数字や引用の真偽に関する箇所がほとんど。判定予想の大半は「正確」「ほぼ正確」でした。
例えば、以下のような内容です。
小林 鷹之氏
発言内容:(所得税減税について)平成11年から18年まで上限が25万円、減税額は2割で、国税の規模は2.6兆円程度であった。
判定予想:正確(税制の引用)
茂木 敏充氏
発言内容:現在、企業の設備投資はだいたい110兆円に達している。
判定予想:正確(公的な経済統計)
林 芳正氏
発言内容:2022年に外務大臣としてまとめた国家安全保障戦略において、中国を「挑戦」であると明記した。
判定予想:正確(公文書の内容)
高市 早苗氏
発言内容:日本の国債は、9割以上を国内投資家が保有しており、世界で最も安定した債権市場の一つである。
判定予想:ほぼ正確(日銀のデータ)
小泉 進次郎氏
発言内容:海外からの米の流入は昨年と比較して300倍、アメリカからは2000倍に増加している。
判定予想:正確(農水省のサイト)
これら以外にも、NotebookLMが検証対象として提案してきた発言はありました。しかし、一般には公開されていないことがらに関する調査が必要だったり、政策目標の実現の可能性という未来の話だったりしたため、ファクトチェックが困難でした。
ファクトチェック対象になりうる発言は限られる
筆者(古田)自身も自分で討論会の内容を確認しましたが、ファクトチェック対象になりうる発言は限られており、検証は見送りました。
ファクトチェックは「客観的・科学的に検証可能な事実に関する検証」です。オピニオンは対象にしません。候補者が語る政策の質を論じるのではなく、その政策の根拠となっているデータや事実関係が正確かを調べるものです。
自民党総裁選の候補者たちが限られた時間で発言する討論会では、短い時間で全員が順番に発言していくため、発言の多くは「結果を出す」 や「経済成長する」 といった抽象的なビジョンや「ガソリンの暫定税率廃止」 のように、候補者同士がライバルの掲げた政策について短く意見を述べる場面が多くなります。
その結果、政策の方向性や目標値、あるいは政治的なレトリックが中心となり、具体的な内容や詳細な議論が少なくなりがちです。それぞれの発言部分は各候補者が十分に準備しているために事実関係の間違えは少なく、ファクトチェックで誤りと指摘されるような発言も対象となるような発言も目立ちません。
これは自民党総裁選だけではなく、同じ様に多数の話者が順番にしゃべる国政選挙の党首討論会でも起きます。
JFCは、昨年の総選挙の際にも、日本、米国、台湾における選挙討論会のファクトチェックを例に挙げながら、この点を解説しました(JFC”日本の党首討論がライブ検証されないのはなぜ 選挙に関する日米台のファクトチェック比較【解説】”)。
「正確」判定の検証記事が少ない理由にも
JFCは判定結果として「正確」「ほぼ正確」「根拠不明」「不正確」「誤り」の5段階を設けていますが、「正確」「ほぼ正確」と判定している記事は、ごく一部です。
「誤り」などの判定が多くなる理由について、そもそも事実関係が怪しい情報の検証を優先しているからだとコラムで説明しました(JFC”「正確」判定の記事が少ないのはなぜ?【ファクトチェックの舞台裏】”)
実は、海外の検証記事でも「正確」という判定は少なく、「正確」が使われる事例の多くは、選挙の討論会です。発言を「これは『不正確』」「これは『正確』」などと次々と判定する際に使います。
日本の場合は、検証対象になる発言が少なく、そもそもファクトチェック記事として成立しないため、「正確」と判定する機会は、より少なくなっています。
高市氏の「シカ」や「外国人不起訴」は
今回の総裁選の候補者発言の中で、もっとも真偽が問われたのは高市氏が9月22日の演説会で言及した「シカ」と「外国人不起訴」に関するものでした。
「奈良のシカをですよ、足で蹴り上げるとんでもない人がいます。殴って怖がらせる人がいます。外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと傷めつけようとする人がいるんだとすれば、皆さん、何かが行き過ぎている、そう思われませんか」
「警察でも通訳の手配が間に合わないから、逮捕はしても、この勾留期間が来てですね、期限が来て、不起訴にせざるをえないとか、よく聞きます」(いずれもNHK”【演説全文】高市早苗氏 自民党総裁選挙”)
奈良のシカに暴力を振るう人を映した動画がネット上にアップされることはありますが、それらが必ずしも外国人によるものと確認されているわけではありません。
東京新聞は拡散した動画について奈良県庁に取材し、「行為者が誰であるか、外国人であるかどうかは特定されていない」という回答を得たと報じています。また、日本テレビも複数の動画や現地取材から、外国人によるものと確認できないと報じています。(東京新聞”「外国人がシカ蹴った」の根拠は…高市早苗氏「自分なりに確認」、具体的には示さず「こういったものが流布」”、日テレ”“シカ暴行は外国人観光客”高市氏の発言で波紋…現地へ【それって本当?】”)
外国人が通訳の不足によって不起訴になるという主張についても、複数のメディアが、専門家への取材などを元にして、高市氏の発言に疑問を呈しています。
毎日新聞は、法務・検察幹部の「最後まで通訳が確保できなかったという話は聞いたことがない」というコメントを引用。法廷通訳の専門家の「実態と異なる」などの否定的な見解とともに記事にまとめました。(毎日新聞”自民党総裁選 高市氏「外国人、通訳間に合わず不起訴」発言 識者「実態と異なる」”)
「外国人が奈良のシカを暴行している」「通訳の不足によって外国人が不起訴になっている」というような言説は、高市氏が言及する前からネットでたびたび拡散しています。JFCでも以前、この2つについて調べました。
その際は「そういった事例がゼロであることを証明することが難しい」という理由で、検証を見送りました。今回の他メディアの検証のように、現地の当局や専門家への取材をもとに、少なくとも外国人のシカへの暴行や通訳不足による不起訴が横行しているわけではないということから、「ミスリード」または「根拠不明」と判定することは出来たかもしれません。
シカの話題をめぐっては、日本テレビの取材に「攻撃的な観光客の方は基本的に見かけない」などと答えた現地のガイドや飲食店経営者に対して「実在しない」といったデマも拡散しました。
「取材に答えているのは実在する人物ではなく役者だ」という言説は、戦争や災害の報道の際に出てくる「クライシスアクター(危機の役者)」と呼ばれる典型的な陰謀論です。
焦点がぼやけてしまうファクトチェックの弊害
2025年の参院選の際は、外国人犯罪に関する参政党を中心とした候補者の発言やネット上の誤情報の検証記事が相次ぎました。
「外国人は不起訴率が高い」「生活保護など優遇されている」といった統計や制度を調べれば、客観的に検証できる事例が多かったことが理由の一つです(JFC”5倍に増えた日本のファクトチェック、最も誤りを指摘されたのは参政党 誰の何が検証されたのか”)
参院選のファクトチェックを振り返ると、メディア各社が参入して、これまで日本で少なかった検証記事が増えたことは良かったと思います。ただ、ファクトチェックの内容が、経済、財政、社会保障、安全保障など、選挙の重要な論点からずれているという批判もありました。
JFCはファクトチェックの専門機関として、誤情報の検証を続けていく責務があります。同時に、社会にとって重要な論点は何かを意識しつつ、なぜ、同じような誤情報が何度も拡散するのかについて、分析や解説を続けたいと考えています。
JFCの総裁選ファクトチェック記事
自民党・小泉進次郎氏が80歳からの年金支給を提案? 誤情報の再拡散
自民党の小泉進次郎衆院議員が「年金支給を80歳からにすると提案した」という情報が拡散しましたが、不正確です。現在の制度では受給開始を60~75歳までの間で繰り上げ・繰り下げが可能です。小泉氏は「80歳まで選択肢を広げる」という考えを述べただけで、80歳からの支給を義務づける趣旨の発言ではありません。過去にも拡散した誤情報です。

米NYタイムズ「自民・高市氏が首相になった」と報じた? 4年前の記事を誤訳
米メディア「ニューヨークタイムズ」が、自民党・高市早苗氏が首相になったとすでに報じているという投稿が拡散しましたが、誤りです。拡散した投稿が引用したのは4年前の総裁選に関する記事で「高市氏が首相になった」ではなく「初の女性首相になることを望んでいる」という見出しです。

自民・茂木氏「日本を韓国のような多様性のある多民族社会に変える事が必要!外国人に地方参政権を与える」と発言? 過去の発言を改変
自民党総裁選に立候補を表明している茂木敏充衆院議員が「日本を韓国のような多様性のある多民族社会に変える事が必要!外国人に地方参政権を与える」と発言したという情報が拡散しましたが、不正確です。2000年に「定住外国人に地方参政権を与える意見には賛成」と発信していますが「韓国のような多様性のある多民族社会」という発言はありません。

自民・林芳正官房長官「首相報酬4000万円は安い」と発言? 切り取りが拡散
自民党総裁選に立候補している林芳正官房長官が「首相報酬4000万円は低い。もう一声」「上場企業の社長は億もらっている」と発言したという投稿が拡散しましたが、ミスリードで不正確です。発言の前半だけが切り取られており、後半では「公のための仕事なので0円でもよい」という趣旨の発言をしています。

自民党・高市氏がインバウンド観光客の入国を禁止? まとめサイトによる誤り
自民党総裁選に立候補している高市早苗氏が、インバウンド観光客の入国を禁止する方針であるかのような投稿が拡散しましたが、誤りです。高市氏は総裁選の演説会で外国人政策について「いっぺんゼロベースで考える」「経済的な動機でやって来て、難民を主張する人、きちんとお帰りをいただきます」などと述べていますが、インバウンド観光客の入国を禁止するとは言っていません。

小泉進次郎氏、議員立法の提出ゼロ?繰り返す誤情報
自民党総裁選に立候補している小泉進次郎農林水産相が「議員立法を1件も提出していない」と批判する投稿が拡散しましたが、誤りです。繰り返し拡散している誤情報で、小泉氏はこれまでに5件を提出しています。また、与党の自民党は法案を内閣として提出するため、議員立法はそもそも少なくなります。

自民党・小泉進次郎氏の陣営が規則に違反してチラシ配り? 総裁選管「違反ではない」
自民党総裁選に立候補している小泉進次郎農林水産相の陣営が、総裁選の規則に違反してチラシ配りをしているという投稿が拡散しましたが、誤りです。自民党・総裁選挙管理委員会は日本ファクトチェックセンター(JFC)の取材に対し、違反ではないと回答しています。

出典・参考
NHK"【演説分析】自民総裁選 候補者は立会演説会で何を訴えた". 2025年9月22日. https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10014927581000(閲覧日2025年10月3日)
THE PAGE"【自民党総裁選】候補者5名が党青年局・女性局の公開討論会"2025年9月23日. https://www.youtube.com/watch?v=c3MOo6FQIg4(閲覧日2025年10月3日)
TBS NEWS DIG"自民党総裁選・日本記者クラブ主催公開討論会"2025年9月24日. https://www.youtube.com/watch?v=Nr9L7BWp-NY(閲覧日2025年10月3日)
JFC”日本の党首討論がライブ検証されないのはなぜ 選挙に関する日米台のファクトチェック比較【解説】”. 2024年10月20日. https://www.factcheckcenter.jp/explainer/politics/explainer-why-not-fact-check-party-leader-debate/(閲覧日2025年10月3日)
JFC”「正確」判定の記事が少ないのはなぜ?【ファクトチェックの舞台裏】”. 2025年9月26日. https://www.factcheckcenter.jp/reason-accurate-articles-scarce/(閲覧日2025年10月3日)
NHK"【演説全文】高市早苗氏 自民党総裁選挙"2025年9月22日. https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10014929501000(閲覧日2025年10月3日)
東京新聞”「外国人がシカ蹴った」の根拠は…高市早苗氏「自分なりに確認」、具体的には示さず「こういったものが流布」”.2025年9月24日. https://www.tokyo-np.co.jp/article/438137(閲覧日2025年10月3日)
日テレ”“シカ暴行は外国人観光客”高市氏の発言で波紋…現地へ【それって本当?】”. 2025年9月29日. https://news.ntv.co.jp/category/politics/afb1b0d36bff483ba1d52576de4d3ce2(閲覧日2025年10月3日)
毎日新聞”自民党総裁選 高市氏「外国人、通訳間に合わず不起訴」発言 識者「実態と異なる」”2025年9月26日. https://mainichi.jp/articles/20250926/ddm/012/010/094000c(閲覧日2025年10月3日)
JFC”5倍に増えた日本のファクトチェック、最も誤りを指摘されたのは参政党 誰の何が検証されたのか”. 2025年7月24日. https://www.factcheckcenter.jp/explainer/politics/upper-house-election-2025-fact-check-list/(閲覧日2025年10月3日)
判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。
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