「正確」判定の記事が少ないのはなぜ?【ファクトチェックの舞台裏】

「正確」判定の記事が少ないのはなぜ?【ファクトチェックの舞台裏】

日本ファクトチェックセンター(JFC)への批判の中に「『正確』と判定する記事がほとんどない」「誤りを指摘するばかり」というものがあります。実際に、JFCが配信しているファクトチェック記事の判定の多くは「不正確」や「誤り」で、「正確」や「ほぼ正確」という記事は、ごくわずかです。

今回のコラムでは、「正確」「ほぼ正確」という判定が少ない理由を、過去の記事を紹介しながら説明します。

JFCの判定基準

JFCはファクトチェックの透明性を高めるために、判定基準を公開しています。「正確」「ほぼ正確」「根拠不明」「不正確」「誤り」の5段階。それぞれの基準は以下のとおりです。

正確:誤りがなく、重要な要素が欠けていない
ほぼ正確:一部に誤りを含むが重要な部分を含む大部分は正しく、概ね正確
根拠不明:根拠がないか不十分であり、事実の検証ができない
不正確:一部は正しいが、重要な部分に誤りや欠落があるかミスリード
誤り:誤りである、または重要な要素が大きく欠けている

静岡の水害の画像? →正確

JFCが初めて「正確」と判定した記事は、2022年の静岡の水害の画像に関するファクトチェックです。検証対象の投稿には、水没した家や車など3枚の画像が添付され、「なぜニュースにならないの?」と問いかけていました。

JFC”なぜニュースにならないの? 静岡県内の水害画像は本物【ファクトチェック】

この静岡の水害では、AIで作られた偽画像、いわゆる「ディープフェイク」の水害画像が拡散しました。JFCでも、下記の画像は「偽物である」とファクトチェックをし、ディープフェイクが拡散した事例として注目されました。

JFC”ドローンで撮影された静岡県の災害画像? AIディープフェイクの見分け方【ファクトチェック】

この事例が有名になり、ネット上では、静岡の水害について、他の被災画像もAIによる偽物ではないかという見方が広がりました。そこで編集部が検証したのが、この記事です。

編集部は、Googleマップで、この3枚の画像の撮影場所を特定して、川の名前を突き止めました。静岡県に取材したところ、その川は確かに「氾濫危険水位」を超えていました。その後、県の浸水被害調査の写真や水害後のゴミ置き場の様子、地元紙、県警、周辺住民の情報などを集めて、画像は本物だと判断しました。

NHKが「集団生贄200人!」と放送? →正確

2023年には、NHKが「しゅうだんいけにえ200人!」という歌を放送したかどうかがネット上で話題になっていました。JFCは、この歌を検証して「正確」と判定しています。

JFC”(動画)NHKが「集団生贄200人」という歌詞の歌を放映した?【ファクトチェック】

最初は編集部も「NHKが『集団生贄200人』という歌詞を放送するだろうか」と思い、ネット上の反応と同じように、AIによる偽造を疑いました。

しかし、元の映像をたどると、NHKの「まやまやぽん!」という番組の体操の一部で使われていることがわかりました。さらに、スタッフが録画していた映像から、実際に放送されたことも確認できたため、投稿を「正確」と判定しました。

スウェーデンの浸水した駅で泳ぐ? →ほぼ正確

2022年には、「台風で駅が浸水しても陽気なスウェーデンの人々が草」という文言と共に、浸水した建物内で、複数の人が浮き輪で浮かぶ画像が拡散しました。

JFC”台風で駅が浸水しても陽気なスウェーデンの人々の画像?【ファクトチェック】(訂正あり)

ネット上では合成やAI生成を疑う声が広がっており、編集部も最初は合成を疑いました。

しかし、元画像を探すと、ハフポストのフランス版に同じ写真があり、2018年7月29日にスウェーデンで撮影されたことがわかりました。また、日時と撮影場所の手がかりから、別のアングルで撮影されたとみられる複数の画像や動画を入手。地元メディアなどの情報も集めて、拡散した画像は本物だと判定しました。

記事に(訂正あり)とあるのは、当初、「正確」と判定していたものを、のちに「ほぼ正確」へ変更したためです。

検証対象は「台風で駅が浸水」という表現でしたが、スウェーデンに気象庁が定義する「台風」は存在しません。記事では、当初からその点にも触れていましたが、読者から「一部に間違いがあるなら、判定を『ほぼ正確』にするべきではないか」という指摘がありました。編集部で改めて議論した結果、読者の指摘を踏まえて判定を「ほぼ正確」に訂正しました。

JFCではこのような指摘があった際は、編集部で議論して、必要であれば修正・訂正をします。この事例では読者の指摘がもっともだと考えました。

1919年に撮影されたアイヌの踊り? →ほぼ正確

2023年には「1919年に撮影された本物のアイヌの踊り」という動画を検証して、「ほぼ正確」という記事を公開しました。

JFC”(動画)アイヌの踊りが1919年に撮影された?【ファクトチェック】

この投稿についても、ネット上では本物かどうかを疑う声が広がっていました。この時は、元映像をたどって「オーストラリア国立フィルム&サウンド・アーカイブ」に保管されている映像と同じであることがわかりました。ただし、オリジナル版は白黒で、拡散した映像はカラーでした。そのために判定は「正確」でなく、「ほぼ正確」としています。

このように少ないとはいえ、「正確」「ほぼ正確」と判定しているファクトチェック記事もあります。その多くは、ネット上で、本物かどうかが注目を集めている事例です。

編集部が元映像や公的な記録などの一次情報にたどり着けたケースは「正確」、投稿内容の重要な部分は事実だけれど、部分的に誤っていたり、不正確だったりするケースは「ほぼ正確」と判定しています。

誇張や誤解を招く表現は、正しい情報より拡散しやすい

ではなぜ、JFCの記事は「誤り」や「不正確」と判定したものが多いのか。 3年ほど活動してきた中で、私自身は大きく2つの理由があると感じています。

ひとつは、誤った情報が社会に与える影響が大きいからです。デマや偽情報は、人々の不安や混乱を広げ、差別や分断を生んだり、詐欺や誹謗中傷につながることがあります。結果としてメディアや科学への信頼が揺らぎ、社会全体の対話が難しくなる恐れがあります。

もうひとつは、誤った情報の方が広まりやすいという現実です。刺激的な映像や誇張された表現は感情を揺さぶるため、地道に確認された正しい情報よりも、圧倒的に早く、遠くまで拡散してしまいます。

つまり、「正確」と判定した記事が少ないのは、正しい情報が世の中に少ないからではなく、JFCが検証の優先順位を「拡散性が高く、不確かな情報」においているからです。

「誤りを指摘するばかりではなく、正しい情報を『正確』と『誤り』と同じぐらい判定したほうが信頼してもらえる」という意見をもらうこともありますし、編集部内でも議論は続けています。

ただ、編集部のリソースが限られているため、現状では「誤情報による被害を減らし、誰もが安心してネットを使える環境を守る」ことを優先させています。

「なぜ『正確』という判定が少ないのか」という疑問の答えになったでしょうか?

「誤りを指摘することが重要なら、判定基準に『正確』という項目は、いらないのではないか」という新たな疑問がわくかもしれません。その点については、改めて編集長が解説記事を出す予定です。

出典・参考

JFC.”JFCファクトチェック指針”.https://www.factcheckcenter.jp/guidelines/ .閲覧日2025年9月24日

JFC.”なぜニュースにならないの? 静岡県内の水害画像は本物【ファクトチェック】”.日本ファクトチェックセンター.2022年9月28日 https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/disasters/why-not-in-the-news-shizuoka-flood-images-are-real/ .閲覧日2025年9月24日

JFC.”ドローンで撮影された静岡県の災害画像? AIディープフェイクの見分け方【ファクトチェック】”.2022年9月28日https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/disasters/shizuoka-disaster-drone-captured-ai-generated-fake-image/. 閲覧日2025年9月26日

JFC. ”(動画)NHKが「集団生贄200人」という歌詞の歌を放映した?【ファクトチェック】”.日本ファクトチェックセンター.2023年8月1日 https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/disasters/false-kamchatka-japan-tsunami-video/ .閲覧日2025年9月24日

JFC. ”台風で駅が浸水しても陽気なスウェーデンの人々の画像?【ファクトチェック】(訂正あり)”.日本ファクトチェックセンター. 2022年9月29日 https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/disasters/real-image-of-jovial-swedish-people-despite-train-station-flooding-caused-by-typhoon/ .閲覧日2025年9月24日

HuffPost France.” À Uppsala en Suède, les pluies diluviennes inondent une gare et ça donne des idées à certains”. 2018年7月29日  https://www.huffingtonpost.fr/insolite/article/a-uppsala-en-suede-les-pluies-diluviennes-inondent-une-gare-et-ca-donne-des-idees-a-certains_128242.html .閲覧日2025年9月24日

JFC. “(動画)アイヌの踊りが1919年に撮影された?【ファクトチェック】”.日本ファクトチェックセンター. 2023年10月27日 https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/history/ainu-dance-filmed-1919/ .閲覧日2025年9月24日

編集:古田大輔


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

広がり続けるディープフェイク/JFC検証など5本/ファクトチェック選手権、参加者募集【今週のファクトチェック】

広がり続けるディープフェイク/JFC検証など5本/ファクトチェック選手権、参加者募集【今週のファクトチェック】

今週のファクトチェック動画でも紹介していますが、クマの被害が広がるに連れて、生成AIで作ったクマに関する偽動画=ディープフェイクが増えています。 誰でも簡単に動画を作れるようになった上に、質も向上しています。スマホでパッと見ただけだと、本物の映像と区別がつきにくくなっています。クマによる被害が注目を集めている中で、車を壊したり、スーパーに侵入したりする映像には思わず見入ってしまいます。 いまのソーシャルメディアのアルゴリズムだと、シェアやいいねのボタンを押さなかったとしても動画を視聴するだけで、その動画は人気の動画だと判断され、リーチが伸びていきます。 こういったアルゴリズムの特性を知ったうえで、以下を心がけてください。 ・動画や画像や音声が本物とは限らないのですぐに信じない。 ・生成AIで作ったことを知らせるマークが入っていないか確認する。 ・発信源・根拠・関連情報を確認する。 そして、発信する側は、たとえそれが冗談で作ったものだとしても、誤解や混乱を社会に広げる危険性があることを理解しましょう。 今週からは「用語解説」もつけています。こちらも活用してください

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
ファクトチェックとは【JFC用語解説】

ファクトチェックとは【JFC用語解説】

ファクトチェックとは「事実の検証」を意味します。政治家や著名人の発言、ソーシャルメディア上で拡散する真偽不明の情報などを対象に、客観的・科学的な根拠に基づいて、事実かどうかを検証します。 詳しくはこちら ファクトチェックとは 定義・ルール・手法を解説ファクトチェックとは「事実の検証」を意味します。不確かな情報、根拠のないデマ、陰謀論などが広がる中で、客観的・科学的な根拠に基づいて事実を確認し、拡散している言説が正確かどうかを判定します。 「意見は人それぞれ」「何が事実かを誰かが決めて良いのか」などの批判もあります。ここではファクトチェックとは何かについて、国際ファクトチェックネットワーク( International Fact-checking Network, IFCN)などの規定も参考にしつつ解説します。 ファクトチェックの国際的なルール ファクトチェックは世界中で実施されており、国際的に認められた一定のルールが存在します。 世界のファクトチェックをリードするIFCN IFCNは世界最大のファクトチェック団体の連合組織で、米ジャーナリズム研究機関ポインター研究所に本拠を置いてい

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
中国人ビザが無効に?強制送還作戦の開始? 情報はソーシャルメディアのみ【ファクトチェック】

中国人ビザが無効に?強制送還作戦の開始? 情報はソーシャルメディアのみ【ファクトチェック】

48時間で中国人のビザ4万2千件が無効になり、「大規模な強制送還作戦が始まった」などと主張する投稿が拡散しましたが、誤りです。政府は、外国人のビザ発行手数料を値上げする方針だと報じられていますが、中国人のビザを取り消すという発表も報道もありません。 検証対象 拡散した言説 2025年11月11日、「わずか48時間で4万2千件の中国人ビザが無効化に!! 日本史上最大の強制送還作戦が始まった!!」などと主張する投稿がThreadsで拡散した。 検証する理由 11月13日現在、投稿には4万の「いいね」が付き、表示は38万回を超える。 投稿には「フェイクニュースやめてほしい」などの指摘もあるが、「ガンガン送り返して欲しいし生活保護とかも打ち切りでお願いしまーす!」や「素晴らしいことです。激しく支持致します!」など、同調するコメントが多い。 検証過程 同様の情報はソーシャルメディアの投稿のみ 拡散した投稿は「わずか48時間で4万2千件の中国人ビザが無効」などと主張している。 「48時間 4万2千 中国人 ビザ」でGoogle検索すると、最上位に「

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
国連アジェンダ2030は「新世界秩序」への布石? 繰り返し拡散する根拠のない陰謀論【ファクトチェック】

国連アジェンダ2030は「新世界秩序」への布石? 繰り返し拡散する根拠のない陰謀論【ファクトチェック】

国連が2015年に採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」は「世界統一政府」や「国家の終焉」などのいわゆる「新世界秩序」を目指すものだと示唆する投稿が拡散しましたが、誤りです。「新世界秩序」はSNSで繰り返し拡散している根拠のない陰謀論です。 検証対象 拡散した言説 2025年11月8日、「今起こっていることすべて、本当にすべてがこれにつながっています。新世界秩序」という文言付きの画像がXで拡散した。 添付された画像には国連の旗とともに「国連アジェンダ2030ミッション目標」として、「世界統一政府」「国家の終焉」「世界統一軍」など25項目が列挙してある。 検証する理由 11月10日現在、投稿は2600回以上リポストされ、表示は30.8万件を超える。 投稿には「ここに書かれている 新世界秩序というのは本当に国連が発表したものですか?」と疑問を呈するものもあるが、多くは「陰謀論と言われてたのが真実だったと」や「グレートリセットですか?」など、同調するコメントだ。 このいわゆる「新世界秩序」論は、これまでにも繰り返し拡散している。 検

By 根津 綾子(Ayako Nezu)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は11月28日(土)午後5時~6時30分で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei1128.peatix.com/view 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にど

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験

JFCファクトチェッカー認定試験

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)