WHOが各国へ農業の違法化を呼びかけた? そのような事実はない【ファクトチェック】

WHOが各国へ農業の違法化を呼びかけた? そのような事実はない【ファクトチェック】

世界保健機関(WHO)テドロス事務局長が各国政府に対して農業を違法化するよう呼びかけていると主張する投稿がXで拡散しましたが、誤りです。テドロス氏が「食料システムは温室効果ガス排出量の30%以上を占める」「植物性食品を主体とした食生活へと移行することで、食料システムを変革することが不可欠」などと発言をしたことは事実ですが、農業を違法化するとは言っていません。

検証対象

拡散した言説

2026年7月14日、「WHOのテドロスが各国政府に対して農業を違法化するように呼びかけているそうです」という投稿がXで拡散した。

検証する理由

7月27日現在、投稿は1800回以上リポストされ、表示は20万件を超える。

投稿には「農業の違法化というのは、裏を返せば食料をコントロールできるヤツが出てくること。その結果、多くを奴隷にしたいのだろうな」「農業が違法❓本物のクソ馬鹿野郎ですな」など、真に受けた反応が多いため、検証する。

検証過程

添付動画の内容は

拡散した投稿の添付動画は1分2秒。英語で演説するテドロス氏の映像に、日本語のテロップが付いている。

添付動画の英語の音声を和訳すると、以下の通りだ。

「私たちの食料システムは、人々と地球の健康を損なっています。食料システムは温室効果ガス排出量の30%以上を占め、世界全体の疾病負荷(the global burden of disease)のほぼ3分の1の原因となっています。そのため、より健康的で多様な、そして植物主体の食事へと移行することで、食料システムを変革することが不可欠です。もし食料システムがすべての人に健康的な食事を届けることができれば、私たちは年間で800万人の命を救うことができます 」

「WHOは、食生活を改善し、気候変動に立ち向かうための政策を各国が策定・実行できるよう、支援することに尽力しています」

「したがって、130カ国以上が『COP28 気候と健康に関するUAE宣言』に署名したことを、私は大変嬉しく思っています。力を合わせれば、人々と地球の双方の健康を守り、増進させることができます。ありがとうございました」

テロップの内容は演説内容と概ね一致しており、改ざんや誇張はない。

この動画をGoogleレンズで検索すると、2023年12月21日にWHO公式チャンネルがYouTubeに公開した2分13秒の動画が見つかる(WHO”Our food systems are harming the health of people and planet”)。

概要欄によると、この動画はテドロス事務局長が2023年12月11日、COP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)の公式イベントに寄せた動画メッセージだ。

このWHOの動画の18~53秒、1分14 ~23秒、1分49秒~2分6秒が、拡散した動画と一致する。

テドロス氏は、現在の食料システムが人間の健康と地球環境に害を及ぼしていると述べ、より健康的で植物主体の食事への移行が不可欠だと強調している。

動画の他の部分では、テドロス氏が北欧諸国のリーダーシップを称えつつ、世界全体で見ると、まだ気候と栄養を統合した政策や資金援助が不足していることなどを訴えているが、「各国政府に対して農業を違法化するように呼びかけている」ような場面はない。

食料システムに関する問題の指摘

テドロス氏は、拡散した動画で、食料システムが人々と地球の健康を損なっていると述べている。この内容については、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター(JIRCAS)も下記のように述べている。

「今日、世界では10人に一人が飢えに苦しむ一方、世界的に動物性食品や油脂を多く含む食生活の広まりにより、高所得国だけでなく低・中所得国でも肥満や過体重などに伴う疾病が蔓延するようになっています。こうした食生活を支える食料システムは、農業多様性に欠き、生物多様性の喪失の最大の原因とされ、また人為的な温室効果ガス排出の3分の1に相当する排出を通じて気候変動にも関わっていると推計されています」(JIRCAS”480. 地球環境と100億人の健康のための食料システム”)。

テドロス氏の指摘と同様、食料システムの現状の問題点を指摘している。

WHO「より安全な手法を」

WHOは2026年6月、世界食品安全の日に際して、公式Xアカウントで以下のように投稿している。

「世界中で安全な食品を確保するための解決策は、一つだけではありません」「保健、農業、動物衛生、環境の各分野が、一般市民(社会全体)と手を取り合って協力していく必要がある」「農家や生産者は、より安全な手法を取り入れるべき」(WHO Xアカウント 2026年6月5日)。

WHOの投稿のリンク先の記事でも、WHOが各国政府に対してより良い農業慣行、より厳格な産業管理、より強力な環境規制を通じて発生源での汚染を防止することや、緊急に行動し、保健・農業・環境の各セクター間の縦割りを打破する必要があるなどと呼びかけている(WHO”Unsafe food causes 866 million illnesses and 1.5 million deaths annually, young children at highest risk”2026年6月4日)。

WHOは、安全な食品の確保や各分野の連携強化、より強力な環境規制などを訴えているが、各国政府に「農業を違法化しよう」とは呼びかけていない。7月17日現在、そのような報道もない。

ジョージアのファクトチェック組織Myth Detectorも、テドロス氏が農業を違法化するという発言をしていないこと、そのような公式情報もないことを理由に「誤り」と判定している(Myth Detector ”Disinformation Claiming WHO Urges Governments to Ban Agriculture”2026年7月3日)。

判定

WHOテドロス事務局長が各国政府に対して農業を違法化するように呼びかけていると主張する投稿がXで拡散した。テドロス氏もWHOもそのような発言・発表をしておらず、報道もない。よって誤りと判定する。

あとがき

拡散した投稿は、テドロス氏が「食料システムが温室効果ガスの3割以上を排出している、さらには世界の疾病負担の3分の1の原因になっている」「より植物中心の健康的な食事への移行を強く推奨していて、そうすれば年間800万人の命を救えると主張している」などと述べたことにも触れており、この部分は正確です。

しかし、「WHOのテドロスが各国政府に対して農業を違法化するように呼びかけている」という部分は誤りで、リプライにも「WHOが農業を違法化」を真に受けた反応が多かったことから、判定を「不正確」ではなく「誤り」としました。

出典・参考

WHO.”Our food systems are harming the health of people and planet”.https://youtu.be/kHXJ5O5EDIc?si=dYNeIXeSY1Znzl0N,(閲覧日2026年7月23日).

JIRCAS.”480. 地球環境と100億人の健康のための食料システム”.https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20220217,(閲覧日2026年7月23日).

WHO. Xアカウント. 2026年6月5日.https://x.com/WHO/status/2062552905702371651?s=20,(閲覧日2026年7月23日).

WHO.”Unsafe food causes 866 million illnesses and 1.5 million deaths annually, young children at highest risk”.2026年6月4日.https://www.who.int/news/item/04-06-2026-unsafe-food-causes-866-million-illnesses-and-1.5-million-deaths-annually--young-children-at-highest-risk,(閲覧日2026年7月23日).

Myth Detector. ”Disinformation Claiming WHO Urges Governments to Ban Agriculture”.2026年7月3日.https://mythdetector.com/en/who-urges-governments/,(閲覧日2026年7月23日).

検証:根津綾子
編集:古田大輔、藤森かもめ


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

何度も拡散する偽・誤情報/JFC記事・動画や関連記事【今週のファクトチェック】

何度も拡散する偽・誤情報/JFC記事・動画や関連記事【今週のファクトチェック】

偽・誤情報は同じような内容が何度も拡散します。小泉進次郎防衛相が「年金支給は80歳から」と発言したというのもその一つ。繰り返し拡散するからこそ、ファクトチェックをしておくことが、次の拡散への予防的な対策ともなります。 ✉️日本ファクトチェックセンター(JFC)がこの1週間に出した記事を中心に、その他のメディアも含めて、ファクトチェックや偽情報関連の情報をまとめました。同じ内容をニュースレターでも配信しています。登録はこちら。 今週のお知らせ JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら 日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は8月23日(日)午後4時~5時30分で、お申し込みはこちら。 日本ファクトチェックセンター(JFC) ファクトチェック講師養成講座 8月23日(日)開催分日本ファクトチェックセンター(JFC)による講師養成講座です。 講師養成講座(

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
小泉進次郎防衛相が「年金支給は80歳から」と発言? 誤情報の再拡散【ファクトチェック】

小泉進次郎防衛相が「年金支給は80歳から」と発言? 誤情報の再拡散【ファクトチェック】

小泉防衛相が、年金の受給開始年齢は80歳からと発言したかのような投稿が拡散しましたが、不正確です。現在の制度では受給開始を60~75歳までの間で繰り上げ・繰り下げることが可能です。小泉氏は「80歳まで選択肢を広げる」という考えを述べただけで、80歳からの支給を義務づける趣旨の発言ではありません。過去にも拡散した誤情報です。 検証対象 拡散した言説 2026年7月12日、小泉防衛相が「年金支給は80歳から」と発言したかのように主張する投稿がXで拡散した。 検証する理由 7月22日現在、投稿は8400回以上リポストされ、表示は44万件を超える。 同様の投稿は、他にも多数拡散している(例1,2)。 投稿には「年金廃止していいから今まで払ったぶん全部返せ」「80歳支給なら制度として要らない」など、投稿内容を真に受けた反応が多いため検証する。 検証過程 過去の誤情報の再拡散 日本ファクトチェックセンターは以前にも、同様の投稿を検証し、「不正確」と判定している(JFC.”自民党・小泉進次郎氏が80歳からの年金支給を提案? 誤情報の再拡散【ファクトチ

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
米国のイランへの賠償金42兆円中24兆円を日本が肩代わり? 詳細は未発表で複数国の民間投資との報道も【ファクトチェック】

米国のイランへの賠償金42兆円中24兆円を日本が肩代わり? 詳細は未発表で複数国の民間投資との報道も【ファクトチェック】

2026年2月に始まった米国・イスラエルによるイラン攻撃について、「米国のイランへの賠償金42兆円中24兆円を日本が肩代わり」という投稿が拡散しましたが、不正確です。「42兆円」は、4月時点の被害額の推計で、賠償金の額ではありません。また、日本政府がイランに「24兆円」を提供するという発表や報道は日米ともにありません。ロイター通信が、日本を含む複数国による民間投資が「24兆円以上」だと報じましたが、7月22日現在、裏付ける発表などはありません。 検証対象 拡散した言説 2026年6月22日、「高市外交の成果が判明!米国のイランへの賠償金42兆円中24兆円を日本が肩代わり/ふざけんな!高市!」という内容がXに投稿され、1.3万リポスト、158万表示を超えている(7月22日現在)。 ソーシャルリスリングツールのMeltwaterで調べると、米国とイランの停戦交渉をめぐり、「イランに支払われる42兆円のうち24兆円を日本が肩代わりする」という内容の投稿は、これ以外にも多数拡散を続けている(例1,2)。 検証する理由 同様の情報の拡散量を調べるため、金額や

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
GlobalFact:AIにどう対処し、活用するか/JFC記事・動画や関連記事【今週のファクトチェック】

GlobalFact:AIにどう対処し、活用するか/JFC記事・動画や関連記事【今週のファクトチェック】

6月に開催された国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)の年次総会GlobalFact2026について、報告記事の第2,3弾を公開しました。AIは情報環境に取って、毒にも薬にもなります。具体的な活用法や問題について、ご覧ください。 ✉️日本ファクトチェックセンター(JFC)がこの1週間に出した記事を中心に、その他のメディアも含めて、ファクトチェックや偽情報関連の情報をまとめました。同じ内容をニュースレターでも配信しています。登録はこちら。 今週のお知らせ JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら 日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は7月25日(土)午後4時~5時30分で、お申し込みはこちら。 日本ファクトチェックセンター(JFC) ファクトチェック講師養成講座 7月25日(土)開催分日本ファクトチェックセンター(JFC)による講師養成講座です

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は8月23日(日)午後4時~5時30分で、お申し込みはこちら。 日本ファクトチェックセンター(JFC) ファクトチェック講師養成講座 8月23日(日)開催分日本ファクトチェックセンター(JFC)による講師養成講座です。 講師養成講座(オンラインで90分)を受講いただいた後、修了課題を提出された方には、教室や職場などで利用可能な教材の提... powered by Peatix : More than a ticket.Peatix 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験

JFCファクトチェッカー認定試験

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や騙されない人の行動

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)