財務省・厚労省解体デモで拡散した検証済みの偽・誤情報 通底する「ナラティブ」と「個人の体験・感覚」【解説】

「財務省や厚生労働省を解体せよ」というデモが東京・霞が関を中心に全国で度々開催されています。両省に対する「国民の害」「反日的な政策」などの主張の中には、多数の偽・誤情報が混じっていますが、その影響力は徐々に増しています。ファクトチェックされてもなお広がる誤った情報。その背景にある「ナラティブ」や「個人の体験・感覚」について解説します。
#財務省・厚労省解体デモ 霞が関に約2000人集結
2025年4月29日、中央省庁の庁舎が集まる東京・霞が関周辺に「財務省解体」「厚労省解体」などのスローガンを掲げる人たちが集結しました。

午後3時半過ぎに開かれた街宣活動では、財務省前の1区画約130メートルの道路の両側の歩道一杯に人が集まり、概算で約2000人。叫んでいる主張や手にしている旗には様々なスローガンが掲げられていました。例えば、こういった内容です。
財務省は解体せよ
厚労省は解体せよ
自民党を解体せよ
財務省や厚労省はディープステイトの手先
財務省・厚労省はグローバリストが支配している
石破内閣打倒
消費税をやめろ
反日政策をやめろ
コロナワクチンは国家的殺人だ
ワクチン超過死亡は戦後最大薬害犯罪だ
WHO脱退せよ
パンデミック条約絶対阻止
人工遺伝子注射の製造中止
ストップmRNAワクチン
積極財政推進
財務省と厚労省の解体デモが同日に実施され、ほぼ半日にわたって続いたため、様々な主張が混在していました。その中には、すでに日本ファクトチェックセンター(JFC)が検証し、誤りと判定したものもありました。
すでに検証され、誤りと判明している偽・誤情報
例えば、「コロナワクチンは国家的殺人だ」「ワクチン超過死亡は戦後最大薬害犯罪だ」「WHOを脱退せよ」などの主張は、「特定ロットの致死率が100%だ」「副反応疑いでの死亡報告件数が増え続けている」「パンデミック条約でワクチンが強制される」などの言説を根拠としています。
JFCは「コロナワクチンの特定ロットで致死率100%? そのようなデータはない」「新型コロナのレプリコンワクチンは死亡率がファイザー製の75倍? 元資料の誤読」「パンデミック条約でワクチン強制接種? 繰り返し否定されている誤情報」などの検証記事で、それらの主張の誤りを公開データなどをもとに指摘しました。



財務省を批判する主張の中には「財務省が13京円をスイスの銀行に隠し持っている。消費税をなくしても本当はやっていける」というあまりにも荒唐無稽な訴えもありました。
13京円というのはスイスの銀行が管理する総資産の100倍、日本の予算の1000倍を超えます(JFC「財務省がスイスの銀行に13京円を隠し持っている? 非現実的な数字」)。

なぜ、このような偽・誤情報が受け入れられるのでしょうか。
偽・誤情報と共鳴する「ナラティブ」「オピニオン」「体験や感覚」
「ナラティブ」という概念があります。直訳すると「物語」ですが「ストーリー」とは意味合いが異なります。「ストーリー」が物語そのものを意味するのに対し、「ナラティブ」は物語をどのように語るかに着目し、「語り口」とも訳されます。「ナレーター」が物語の語り手を意味するように「語られ方」にポイントがあります。
財務省・厚労省に批判的な偽・誤情報の多くには、ある「ナラティブ=語られ方」が通底しています。それは「財務省・厚労省は問題のある組織で信頼できない」というナラティブです。
このようなナラティブは、それを語る人の個人的な体験や感覚に根ざしています。例えば、「ワクチンで体調を崩した(またはそういう話を聞いたことがある)」「生活が苦しい」などの体験や「政府は信用できない」という感覚です。
「個人の体験・感覚」が厚労省や財務省に対する「ナラティブ」に結びつき、「偽・誤情報」を受け入れやすくします。そして、「偽・誤情報」は自ら学んだ「個人の体験・感覚」としてさらに強化されるという相互作用も生み出します。
これらが相まって「財務省・厚労省を解体せよ!」というオピニオン(意見)が表出します。言語化されたオピニオンもまた、「これこそ私が求めていた意見だ」と個人の体験や感覚を裏付け、ナラティブを強化し、新たな偽・誤情報の拡散に繋がります。
図にすると、以下のようになります。「オピニオン」「偽・誤情報」「ナラティブ」「体験・感覚」のすべてが相互に影響して強化されていきます。

ファクトチェック対象は「偽・誤情報」だけ
JFCが財務省や厚労省が公開している公式資料などをもとに、偽・誤情報を検証しても、その偽・誤情報を信じている人は、その背景に「個人の体験・感覚」「ナラティブ」があるので「そもそも財務省や厚労省の出すデータ自体が信用できない」と反論しがちです。
もう一つ、ファクトチェックの重要な限界があります。客観的に検証できるのは、具体的に「事実」が提示されている偽・誤情報だけだということです。
「財務省・厚労省を解体せよ」というのはその人のオピニオンであり、思想信条の自由です。ナラティブや個人の体験・感覚も、その人個人に根ざしたものですので検証できません。

JFCのファクトチェック記事は、偽・誤情報を深く信じている人には受け入れてもらえないことがほとんどです。一方で、信じていない人や「よくわからない」と思っている人には、根拠を示して説明することで広く理解され、偽・誤情報のさらなる拡散を防ぎます。
しかし、「個人の体験・感覚」や「ナラティブ」に影響を与えることは残念ながらあまりないと言ってよいでしょう。そこにはファクトチェック以外の解決策が必要になります。
根本的に必要なのは政治や社会への信頼の回復
世界各国で「信頼」がどう変化しているのかを調べる毎年恒例の「エデルマン・トラストバロメーター」という調査があります。2025年版について、JFCで「政府・企業・NGO・メディアへの信頼、日本は最下位に 低所得層で広がる『不満と憤り』が社会を不安定に」という解説記事を出しています。

調査によると、日本は政府、企業、メディア、NGOに対する信頼率を平均化した「信頼指数」が調査28カ国中最下位となっています。

特に目立つのが低所得層からの信頼の低下です。高所得層との信頼の格差は拡大する傾向にあり、2012年はわずか3ポイント差だったのが、2025年は13ポイントに開いています。
財務省に対するデモでは、消費増税への不満や生活苦を訴える主張が目立ちました。この体験・感覚は日本経済の低迷が続けば、さらに大きくなっていくのは間違いありません。

そして、もう一つ注目すべきは「不満と憤り」の高まりです。
「企業・政府は一部の限られた層を優遇している」「企業・政府の行動は自分に悪影響を及ぼしている」「富裕層が優遇されるシステムになっている」「富裕層がさらなる富を得ている」という理由で不満と憤りを感じている人は65%にもなっています(中程度と高程度の合計)。
調査で判明したのは、「不満と憤り」が信頼に大きな影響を与えることです。「不満と憤り」が高い層、中程度の層、低い層で分類すると、高い層ほどあらゆる組織への信頼度が低くなることがわかります。
企業で見ると、高い層は31で低い層は59、政府で見ると高い層は14で低い層は50と大きな差があります。

財務省・厚労省解体デモで「石破政権退陣」「自民党解体」などのスローガンも掲げられていたのは、ここに原因があるのでしょう。
ファクトチェックは偽・誤情報のさらなる拡散を防ぎ、情報生態系を分析していくために不可欠です。ただし、対症療法的で、それだけでは信頼は回復しません。
拡散する偽・誤情報に通底するナラティブは何か。その背景にはどのような個人の体験・感覚が存在するのか。社会全体で地道に分析し、対処していく息の長い取り組みが不可欠です。
判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。
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