生成AIをファクトチェック 進化する技術に対抗する方法【JFC講座 実践編5】

生成AIをファクトチェック 進化する技術に対抗する方法【JFC講座 実践編5】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。

実践編第4回は、増加傾向にある偽動画の検証についてでした。第5回は公開されている生成AIで作られる画像や動画の検証について解説します。

(本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています)

生成AIによる「ディープフェイク」

生成AIで作られた偽情報は「ディープフェイク」と呼ばれます。

例えば、アメリカのトランプ前大統領が「岸田首相はグローバリストの操り人形」と話している動画が拡散しました。これは発言内容を自由に捏造できるツールで作られたディープフェイクです。

一方で、AIを使わずに作られた偽の画像や動画などをディープ(深い)に対応して「シャロー(浅い)フェイク」や「チープ(安い)フェイク」と呼びます。

例として、台湾の地震時に東日本大震災の映像が使われた事例があります。現状では、チープフェイクの方が圧倒的に多いですが、ディープフェイクも増えつつあります。

日本のディープフェイク事例

日本で最初に有名になったディープフェイク事例は、2022年9月の静岡県での事例です。「ドローンで撮影された静岡県の水害」という画像は生成AIで作ったものでした。

ドローンで撮影された静岡県の災害画像? AIディープフェイクの見分け方【ファクトチェック】
台風15号による記録的な大雨に見舞われた静岡県をドローンで撮影したとする画像がTwitter上で拡散しています。しかし、これはAIで作られた画像で、後から投稿者も偽画像だと認めています。AI作成の画像を見抜くポイントの解説とともに検証します。 検証対象 2022年9月26日、Twitterアカウント「くろん」(@kuron_nano)が静岡県の台風15号による被害について、多くの建物が水没している3枚の画像と共に、「ドローンで撮影された静岡県の水害。マジで悲惨すぎる…」と投稿した。 引用リツイートには「こんなに酷いんだ」「これスルーて、国葬の為にしてるとしか思えないじゃん!」などと本物の写真だと受け止めるコメントがついたが、同日夕方、投稿者自身が「AIで作った偽の画像だ」と認めた。 その後は「偽情報流すな」「ふつーに騙されてしまった!」「ぱっと見わからん」などのコメントもついた。BuzzFeedJapanのファクトチェック記事も「虚偽画像が拡散」と報じている。 検証過程 画像を検索してみる Googleレンズで1枚目を検索すると、洪水の写真は出て


また、2023年11月には岸田文雄首相が自身の性的な事柄を独白するという動画が拡散しました。日本テレビのロゴもありましたが、日テレとも岸田首相とも関係のない、生成AIによるディープフェイク動画でした。

これらの技術は専門知識なしで誰でも使えます。

岸田首相に関する偽の画像や動画が相次ぎ拡散
岸田文雄首相が映る画像や動画を使った偽情報がSNSなどで数多く広がっています。加工や発言の切り抜きによる悪用で、注意が必要です。 加工された画像 2024年2月12日、岸田首相がアメリカ政府の高官と対談しているかのような画像が投稿され拡散した。13万以上の閲覧数となっている。 この投稿には、「この写真初めて見た ヌーランド(米国務次官)と岸田」とコメントがつき、引用リポストには「この一枚が、すべてを語っています」といった書き込みもある。 この画像は加工されたものだ。元の画像は2022年4月のビクトリア・ヌーランド米国務次官(右から二人目)とブラジルのカルロス・フランサ外務大臣が面会した際の写真で、米国務次官の公式アカウントが投稿している。偽の画像は、右のフランサ氏を岸田首相に加工している。 偽の画像は、二人の間に電話らしきものがなく、岸田首相とヌーランド国務次官の間に、奇妙な線のようなものが写っている。岸田首相の指も不自然だ。 この画像は、NHK も検証し、同様のポイントで偽画像と結論づけている。 加工された動画 2023年11月、岸田首相が正

ディープフェイクは細部を確認する

生成AIで作られた画像や動画は、細部に不自然な点があります。

例えば、静岡の水害の写真では、水面の影と地上の構造物が一致していなかったり、がれきの描写が不明瞭だったり、水面が不自然だったりします。


また、岸田首相の動画では口の部分だけが動き、顔の表情が全く変わりません。スマホの小さな画面だと気がつかなくても、大きめの画面で見ればその不自然さは一目瞭然です。

生成AIの技術は数ヶ月、数週間レベルで向上しており、自然な描写の写真や動画も増えてきています。それでも、拡大して見てみるとおかしな点に気がつきます。

例えば、「ガザで男性が瓦礫から子供達を救出する画像」。プロが撮影した報道写真のようにも見えます。

(画像)男性が子どもたちを瓦礫から救出する画像?【ファクトチェック】
イスラエル・パレスチナでの武力衝突に関連し、「今日のベスト画像」として男性が子どもたちを救出する様子として画像付き言説が拡散しましたが、誤りです。この画像はAIで生成されたものです。 検証対象 10月27日、「今日のベスト画像 2023年10月27日」というキャプションとともに画像が拡散した。この画像は「#Gaza_under_attack」「#Free Palestine」というハッシュタグと共にFacebook上で8万回以上共有され、在フランス中国大使館のX(旧Twitter)アカウントも発信した。 検証過程 画像の詳細をよく見ていく。子どもの足の指の形(オレンジ丸)、男性の方からぶら下がる子どもの腕の形(赤丸)、男性の脇の形(矢印)など、AIが生成する画像に特有な細部の不自然な描写が多数確認できる。 この画像を元にGoogleで検索をしたが、InstagramやTikTokなど複数のSNSで拡散されている一方、現地で紛争を取材するメディアによる撮影画像とは一致しなかった。 AFPの記事も、偽画像解析の専門家の分析を引用して「AIの兆候が見られる

しかし、拡大して見てみると、手や足の描写に違和感を持ちます。

技術の進化と検証の限界

生成AIの開発で世界をリードするOpenAIの新しい技術「Sora」は、「夜の東京を歩くおしゃれな女性」などの簡単なテキスト入力だけで驚くほど精巧な動画が作れます。

スマホの小さな画面で見たときに、すぐにディープフェイクだと見抜くことは困難でしょう。

背景の看板の文字が意味不明であるなど、細部の描写にはまだ生成AI特有の限界があります。

しかし、人間の目による検証が不可能なディープフェイクは今後、増えていくでしょう。

精巧なディープフェイクへの対応方法

では、人間の目で検証できないレベルのディープフェイクにどう対応するべきか。

クリティカル・シンキングで吟味する

まず、画像や動画や音声が本物とは限らないと認識することが重要です。常に吟味する。その人物がそういう発言をするのか。

例えば、岸田首相がテレビで突然性的な発言をするはずはありません。人気モデルのベラ・ハディッドさんがイスラエルを支持する発言をしたというディープフェイクもありましたが、これも彼女がパレスチナの平和を訴える活動をしていたことを知っていれば、不自然さに気づくはずです。

主要メディアを確認する

もう一つ有効な方法は、主要なメディアがそのニュースを報じているかを確認することです。著名人の言動や大災害であれば、NHKやCNNやBBCなど世界の主要メディアが報じているはずです。

匿名のSNSや無名のニュースサイトだけが取り上げている情報は、これまでも多数の誤りがありましたし、信頼性は低いです。

技術やルールによる対策

技術には技術で対抗する方法もあります。AIで生成されたコンテンツをAIで判定する技術の開発が進んでおり、その精度は向上しています。また、AIで生成したコンテンツにラベルを貼るなどのルール設定の議論も進んでいます。

しかし、これらの対策だけではすべての被害を防ぐことはできません。泥棒を取り締まる法律があっても家に鍵をかけるように、自分を守るノウハウを身につけることが重要です。

次回はOSINT

次回は、オープンソースの情報を使った検証方法=OSINTについて解説します。これにより、さらに深く広く情報の真偽を見極める力を養うことができます。

アンケートにご協力を

動画を見た方は、ぜひ簡単なアンケートにご協力ください。 https://forms.gle/QdVa9A5v3RDnfBW59


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

安倍元首相が日本の年収を下げていた? グラフの読み間違い【ファクトチェック】

安倍元首相が日本の年収を下げていた? グラフの読み間違い【ファクトチェック】

「安倍元首相が日本の年収を下げていた」という文言とともにグラフ付きの画像が拡散しましたが、誤りです。グラフで年収が下がっていると強調されている時期は小泉純一郎政権です。第一次や、第二次安倍政権発足以降の年収はともに上昇傾向にありました。 検証対象 2025年10月27日、「【悲報】安倍晋三、凄まじい勢いで日本人の平均年収を下げていたことが判明wwww」という画像つき投稿が拡散した。 10月30日現在、この投稿は削除されているが、同じ画像を使った投稿が拡散している。 検証過程 画像のグラフは 画像のグラフをGoogleレンズで検索すると、2011年3月2日に「ITmedia ビジネスオンライン」が投稿した「コツコツお金を貯める人が、減っている理由」という記事がみつかる。拡散したグラフは、この記事に添付された内容と同じだ。 記事は「1998年を境に日本の平均年収が減少し、コツコツと貯金する人も減っている」と書いている。拡散したグラフは「ビジネスパーソンの平均年収(横軸は年、出典:年収ラボ)」というタイトルで記事内で紹介され、1998年以降にビジネスパ

By 木山竣策
南アなど10か国の在留資格者を再入国禁止に? 2021年のコロナ禍の映像【ファクトチェック】

南アなど10か国の在留資格者を再入国禁止に? 2021年のコロナ禍の映像【ファクトチェック】

南アフリカなど10か国の在留資格を持つ外国人の再入国を禁止するかのような言説が拡散しましたが、誤りです。拡散した動画は2021年末、松野博一官房長官(当時)が、新型コロナウィルスの水際対策について説明しているものです。 検証対象 拡散した言説 2025年10月27日、「それが当たり前 今までの石破や岩屋のクズぶりが 分かる🤣‼️」という文言付きの動画がXで拡散した。 動画には「10カ国が対象 在留資格持つ外国人 再入国を禁止」とあり、首相官邸で松野官房長官が内容を説明している。 検証する理由 10月29日現在、投稿は3800回以上リポストされ、表示は89.7万件を超える。 投稿には「これ昔の動画ですよね?」「よくこんな数年前の動画持ってきたね」等の指摘もあるが、「今来ている外国人も減らしてください 子を産み選挙権を与えたら日本は終わります」「移民受け入れ反対運動を決行された全国の皆様もきっと喜んでいると思います」など同調のコメントが多数ある。 検証過程 動画は2021年の新型コロナ対策に関するニュース 拡散した動画は52秒で、NNNの

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
大阪は6人に1人が中国人? 府内1.1%、市内1.9%【ファクトチェック】

大阪は6人に1人が中国人? 府内1.1%、市内1.9%【ファクトチェック】

「大阪は6人に1人が中国人」という投稿が拡散しましたが、誤りです。大阪府に就労や勉強などのために訪れ、中長期にわたり滞在する中国人の割合は人口の約1.1%(2025年6月末時点)、大阪市と比べても、市内に住民登録している中国人は市の人口の約1.9%(2024年末時点)で、いずれも6人に1人(約16.7%)からはかけ離れています。観光客の人数を考慮しても「6人に1人」は程遠い数値です。 検証対象 拡散した投稿 2025年10月19日、「大阪は6人に1人が中国人。本当にやばい」という投稿がXで拡散した。 検証する理由 10月29日現在、投稿は2.2万回以上リポストされ、表示は335.4万件を超える。 投稿には「6人に1人は言い過ぎ」「いったいどんな統計ですか?」などの指摘の一方で、「6人に1人⁉️ キショ!大阪の日本人はよくそんな環境を耐えてますね」「この状況を許している維新の大阪府は、公明党とは違った意味で親中派なのであろう」など同調するコメントが多数ある。 検証過程 引用元動画は9月27日の移民政策反対デモと見られる 拡散した投稿は、別ア

By 根津 綾子(Ayako Nezu)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は11月28日(土)午後5時~6時30分で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei1128.peatix.com/view 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にど

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験

JFCファクトチェッカー認定試験

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)