上海総領事が「日系企業が中国撤退」と文書を出した?蘇州日本人学校バス襲撃事件をめぐって【ファクトチェック】

上海総領事が「日系企業が中国撤退」と文書を出した?蘇州日本人学校バス襲撃事件をめぐって【ファクトチェック】

2024年6月24日に中国・蘇州で日本人学校の送迎バスが襲われた事件について、上海の日本総領事館の赤松秀一総領事が日本企業に「日系企業は中国からの撤退を決めた」という文書を通達したとする言説がX(旧Twitter)で拡散しましたが、誤りです。外務省や赤松総領事はそのような文書を出しておらず、総領事館も否定しています。

検証対象

2024年6月30日、「【拡散希望】朗報 日本国駐上海領事館 赤松秀一大使より 日本人を守った中国人女性にご冥福をお祈りします。このような事件が二度と起こさないように 蘇州の日本人学校母子襲撃事件を受け、蘇州日本商業協会が中国撤退を決め、段階的に実施します という公文書を全ての日本企業に通達したようです」という言説が拡散した。

ポストには画像が添付され、「日本国驻上海总领事  赤松秀一」という署名や、中国語の投稿が写っている。

このポストは漫画家の東雲くによし氏によるものだ。東雲氏は「孫向文」名義で文筆家としても活動しており、7月19日時点で3500件以上のリポストと42万回以上のインプレッションを獲得している。

「中国撤退で安心しました」などの反応がある一方で、「蘇州日本商業協会って検索しても出てこないけど大丈夫?」「赤松氏の文章には撤退の話はありませんが、ソースはこの誰かもわからない人の話ですか?」といった指摘もある。

検証過程

赤松総領事の声明

2024年6月24日、中国東部・江蘇省にある蘇州で、日本人学校の送迎バスが刃物を持った男に襲われた。案内係の中国人女性・胡友平さんが死亡し、日本人の親子が怪我をした(NHK)。

事件後の6月28日、赤松秀一総領事は総領事館公式サイトでお悔やみの声明を発表した。声明は次の通り。

「闻悉胡友平女士不幸离世,不胜沉痛。我谨代表我馆全体馆员向胡友平女士致以沉痛哀悼,并向其家属致以深切慰问。我对胡友平女士为保护无辜民众免遭袭击而奋不顾身的勇气、善意与责任感表示敬意与感谢。十分遗憾胡女士经送医抢救无效离世,愿胡女士安息。我们永远不会忘记她崇高的献身精神。日本国驻上海总领事  赤松秀一」

これは対象言説添付の画像内に写っている「日本国驻上海总领事  赤松秀一」などと書かれた部分の文章と一致している。

総領事館公式サイトでは日本語での声明も記載されている。

「このたび胡友平さんのご逝去の報に接し、当館一同を代表し、衷心より哀悼の意を表しますとともに、ご遺族の皆様に心からのお悔やみを申し上げます。身を挺して襲撃者から無辜の人々を守り通された胡友平さんの勇気と善意と責任感ある行動に深い敬意と感謝を申し上げます。治療の甲斐もなく亡くなられてしまい、残念でなりません。どうぞ安らかにお眠りください。私たちは貴女の崇高な献身的な行為を決して忘れることはありません。日本国駐上海総領事 赤松秀一」

赤松総領事の声明は、日本企業の撤退について触れていない。

総領事館は「日本企業が撤退」と通達したのか?

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ポストの「蘇州日本商業協会が中国撤退を決め、段階的に実施します という公文書を全ての日本企業に通達したようです」という言説について、上海の日本総領事館へ取材した。

「蘇州日本商業協会が中国撤退を決め、段階的に実施します」などという文書や、「日本企業が中国から撤退する」といった情報や通達を、日本政府が日系企業や邦人に発した事実はあるかとの質問に対し、総領事館の担当者は「かかる通知を発出した事実はございません」と回答した。

また、総領事館は「蘇州日本商業協会」という団体を「承知しておりません」と回答。今回の事件を受けて中国から撤退を決めた企業についても「承知しておりません」と回答した。

事件について、総領事館は「現地当局に対し再発防止を含めた申し入れを行いました。また、領事メールを発出し、在留邦人に対し注意喚起を行いました。引き続き、在留邦人の安全確保のために全力を尽くしていく所存です」ともコメントした。

判定

上海総領事が「日系企業が中国撤退を決めた」との文書を通達したとの言説は誤り。根拠として添付されている声明にそのような内容はなく、総領事館も否定している。

検証:リサーチチーム
編集:宮本聖二、藤森かもめ


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

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