日本がウクライナに10年間で58兆円を支払う?【ファクトチェック】

日本がウクライナに10年間で58兆円を支払う?【ファクトチェック】

「日本政府が10年間でウクライナに58兆円を支払い、それを年金に充てる」という言説が拡散していますが、誤りです。58兆円は、ウクライナの復興に必要な総額の試算として世界銀行や国連が2023年3月に出したもので、日本が全額を負担するわけではありません。

検証対象

ロシアに侵略されているウクライナを支援するために「日本が58兆円を支払う」という言説が繰り返し拡散している(例1,2)。

「10年間で58兆円をウクライナ人の年金に充てるそうです」というX(旧Twitter)上の投稿は6月20日現在20万以上の閲覧数があり、TikTokなどでも繰り返し、拡散している。

検証過程

映像は2023年3月の岸田首相のウクライナ訪問

拡散したX につけられたTikTok動画のスクリーンショットを画像検索すると、2023年3月に岸田首相がウクライナを訪問して首脳会談をした際の映像だとわかる。

この会談で、岸田首相は「総額71億ドルの支援を着実に実施していく」と表明している(外務省「日・ウクライナ首脳会談」)。

2024年6月の首脳会談では

2024年6月13日、岸田首相はゼレンスキー大統領と首脳会談を開き、「日本国政府とウクライナとの間のウクライナへの支援及び協力に関するアコード(2国間の合意に関する文書)」に署名した。この中に「日本は、2022年3月以降、2024年の45億ドルを含む総額120億ドルを超える支援にコミットし、提供している」と記されている(3ページ目)。

120億ドルは約1兆9000億円(1ドル158円で計算)だ。58兆円とは大きな開きがある。

世界銀行や国連による必要額の試算

2023年3月に世界銀行や国連などが、ウクライナ戦後復興に必要な金額を4110億ドルと試算した(世界銀行、Updated Ukraine Recovery and Reconstruction Needs Assessment)。これが、日本では「58兆円にのぼる」と報じられた(朝日新聞)。

2023年6月20日 朝日新聞より

日本がウクライナに58兆円を支払うという言説が大量に拡散したのは、この報道以降だった。

判定

「日本政府が、ウクライナ支援に10年間で58兆円を支払う」は誤り。58兆円は、ウクライナの復興に必要な総額で、日本が全てを負担するわけではない。

あとがき

ウクライナの支援の継続については国内外で、否定したり、やめるよう主張したりする言説が拡散しています。それらは誤っていることが少なくありません。

日本ファクトチェックセンターでは、2024年3月1日にも、検証しています。参考にしてください。

「日本のウクライナ支援は54兆円」「日本に来たウクライナ人の99%が帰国拒否」?【ファクトチェック】
「日本のウクライナ支援は総額54兆円にのぼる」「日本に来たウクライナ人、99%が帰国拒否、日本国籍を要求」という投稿が拡散しましたが、誤りです。日本の2024年1月15日までの支援額は、およそ1兆2000億円です。また日本財団のアンケート調査で99%が帰国を拒否したという結果は出ていません。 検証対象 ロシアのウクライナ侵攻が始まって2年になる2024年2月、「日本のウクライナ支援の総額は54兆円にのぼるらしい」「もう不要だろう」などという内容の投稿が拡散した。 その投稿には、「日本に来たウクライナ人、99%が帰国拒否。日本に永住させろと日本国籍を要求中」とも書かれている。この投稿は2月28日時点で、180万の閲覧数を獲得している。 検証過程 ウクライナ支援に日本から総額54兆円? ドイツのシンクタンク「キール世界経済研究所」は、ロシアのウクライナ侵攻以後の42の国・機関によるウクライナへの財政、人道、軍事分野での支援に関する統計を公開している。 そのうち2024年1月15日までの日本のウクライナへの累計支援額は75億ユーロ(約1兆2000億円)

検証:宮本聖二
編集:古田大輔、藤森かもめ、野上英文


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

プレジデントが「コロナワクチンで50万人死んでいる」と掲載? 記事の内容は正反対【ファクトチェック】

プレジデントが「コロナワクチンで50万人死んでいる」と掲載? 記事の内容は正反対【ファクトチェック】

プレジデント社が「コロナワクチンで50万人死んだ」と報じたと主張する投稿がXで拡散しましたが、誤りです。記事は、SNSで拡散したワクチン反対派の意見を検証し、専門家の「論理の飛躍がある」「科学的根拠が不十分」などの意見を元に、拡散した投稿と正反対の内容です。 検証対象 8月25日、「プレジデントによるとコロナワクチンで50万人死んでる!すごい猛毒を日本政府が勧めた!」という投稿がXで拡散した。 8月27日現在、投稿は3300回以上リポストされ、表示は38.4万件を超える。投稿には「毒殺が普通に行われるのか 普段食べてるものも怪しい」「ワクチン2回打ちましたが、3回目打ったら死ぬんじゃないかと思い辞めました」や「文章読めます?内容真逆ですけど」という指摘もある。 検証過程 拡散した投稿のリンクはPRESIDENT Onlineが2025年1月18日に公開した記事だ(PRESIDENT Online”『コロナワクチンで50万人が死亡』『日本で人体実験している』…反ワク派の主張を専門家と徹底検証した結果”)。 SNSで拡散した「超過死亡数の大半はワクチンが

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
殺人事件の谷本容疑者は元中国籍? 投稿者は様々な事件事故に「関係者」としてコメント【ファクトチェック】

殺人事件の谷本容疑者は元中国籍? 投稿者は様々な事件事故に「関係者」としてコメント【ファクトチェック】

神戸市のマンションで24歳の女性が刺殺された事件で、逮捕された谷本将志容疑者が元は中国籍だったという投稿がXで拡散しましたが、根拠不明です。谷本容疑者の国籍に関する情報は報道や公式発表などでは確認できません。また、拡散したアカウントはこれまで別の事件事故などでも関係者を名乗って根拠不明の情報を投稿し続けています。 検証対象 8月23日、「私は彼(谷本容疑者)と同じ会社で働いています」「もともと中国籍で谷将(コクショウ)と名乗ってました 10年ほど前に日本に帰化し現在の名前となってます」などと主張する投稿がXで拡散した。 8月26日現在、投稿は6100回以上リポストされ、表示は538.7万件を超える。投稿には「中国籍、韓国籍犯罪率高すぎ。要らん」「簡単に帰化出来るのも問題だけど やはり通名制度は狂っている!」や、「この人の他のポスト見たけど嘘っぽい気がする。疑った方が良いと思う」などの指摘もある。 検証過程 谷本容疑者が元中国籍という情報はない 神戸市のマンションで24歳の女性が刃物で刺されて殺害された事件で、8月22日、35歳の会社員・谷本将志容疑

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
日本の4市がアフリカ諸国のものになり、移民が流入? 「ホームタウン」制度への誤解 【ファクトチェック】(追記あり)

日本の4市がアフリカ諸国のものになり、移民が流入? 「ホームタウン」制度への誤解 【ファクトチェック】(追記あり)

山形県長井市など日本の4市がアフリカ諸国の「ホームタウン」に認定され、海外でも報道されたことをきっかけに「日本は山形県長井市をタンザニアに与える」「アフリカからの移民を日本に定住させるための特別ビザ制度を創設」などの情報が拡散しましたが、誤りです。「ホームタウン」認定は、交流強化を目指すものですが、特別にビザを発行したり、日本の土地や権利を譲渡したりするものではありません。 検証対象 8月24日、「日本は、山形県長井市をタンザニアに与える」「外務省は、長井市ほか3つの市をアフリカ人に与えることを提案」という投稿が拡散した。 投稿には「THE TANZANIA TIMES」「Japan Dedicates Nagai City To Tanzania」と書かれたスクリーンショットが添付されている。 8月25日現在、この投稿は2万件以上リポストされ、表示回数は403万回を超える。投稿について「外国人に譲らないで頂きたい」「本当にふざけている」というコメントの一方で「長井市がタンザニアになるわけないでしょ」という指摘もある。 千葉県木更津市についても、BBCの

By 木山竣策
人手不足のファクトチェック業界におけるAI活用/JFC検証5本、動画など【今週のファクトチェック】

人手不足のファクトチェック業界におけるAI活用/JFC検証5本、動画など【今週のファクトチェック】

ファクトチェックに限らずジャーナリズム業界全体が苦しんでいるのが、収入の低下です。購読収入も広告収入も寄付も伸びず、人員削減が世界中で止まりません。情報消費の中心が動画に移っていく中で、テキスト主体だったメディアも対応を迫られますが、人的なリソースが不足しています。 対策の一つとして注目されるのがAIです。自分たちの記事を読み込ませ、そこから音声や動画をAIに作成させる。ウェブサイトの信頼性格付けサービスNewsGuardが作るポッドキャストはGoogleのAI「NotebookLM」で、台本作りからAI音声による読み上げまで自動化しています(NewsGuard"Commentary: AI Made This Podcast — But We Made Sure it Got it Right")。 日本ファクトチェックセンター(JFC)が始めたポッドキャストも、同じ手法です。NotebookLMにJFCの1週間分のファクトチェック記事とJFCに関する基本的な情報をアップロードし、2人のAIパーソナリティが1週間の誤情報とその検証について対話する内容になっています。

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は9月20日(土)午後2時~3時15分で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei0920.peatix.com/view 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にどの

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験  教材と申し込みはこちら

JFCファクトチェッカー認定試験  教材と申し込みはこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)