ワクチンで自閉症の発生率が増加?トランプ氏が過去の誤情報を再び拡散【ファクトチェック】

ワクチンで自閉症の発生率が増加?トランプ氏が過去の誤情報を再び拡散【ファクトチェック】

トランプ氏が子どもへのワクチン接種に関連して「自閉症(Autism)は25年前にはほとんど存在しなかった。当時は10万人に1人程度の発生率だったが、今では100人に1人に近い状況だ」などと発言しましたが、誤りです。トランプ氏はワクチン接種により自閉症が増えたと示唆していますが、ワクチンと自閉症との関連性を示す根拠はなく、これまでに何度も検証されてきた誤情報です。

検証対象

2024年12月8日、トランプ氏が米NBC報道番組「Meet the Press」で子どもへのワクチン接種に関して、以下のように発言した(YouTube)。

「If you take a look at autism, go back 25 years, autism was almost nonexistent. It was, you know, 1 out of 100,000 and now it’s close to 1 out of 100(自閉症は25年前にはほとんど存在しないような状態だった。当時は10万人に1人程度の発生率だったが、今では100人に1人に近い状況だ)」

この発言を受け、日本でもワクチンと自閉症発症を関連付ける主張が複数拡散した(例1例2)。

検証過程

増加とワクチンを結びつけるのは誤り

トランプ氏の発言を放送したNBCは、12月9日にトランプ氏の発言に関するファクトチェック記事を公開している。5項目で検証し、「ワクチン」については「2000年時点では8歳までに自閉症と診断された子どもが150人に1人の割合だったが、現在では36人に1人だ」と説明した。トランプ氏の主張する数値とは異なるが、約20年間で自閉症と診断された人の割合が増えていることは事実だ。

ただし、増えた理由については「多くの研究者によればスクリーニングの増加と自閉症に対する認識の高まりが大きく、自閉症と遺伝的要因との関連も指摘される」と説明している。また、「何百もの研究が小児用ワクチンが安全であるとの結論を出しており、ワクチンと自閉症との関連性を示す根拠はない」と解説。自閉症の増加と、ワクチンを関連付けることは誤りだと指摘している。

なお、トランプ氏は同日の「Meet the Press」の番組内で、「私は全てのワクチンに反対しているわけではない、ポリオワクチンは最も素晴らしいもののひとつだ」などと述べており、ワクチン接種そのものに反対しているわけではない。

信州大学本田秀夫教授インタビュー

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、日本の自閉症・アスペルガー症候群など「自閉スペクトラム症(ASD)」を取り巻く状況について、信州大学医学部の本田秀夫教授に取材した。

本田教授は、信州大学医学部で「子どものこころの発達医学教室」教授や、医学部附属病院「子どものこころ診療部」部長を務める他、長野県発達障がい情報・支援センター「といろ」のセンター長にも就いている。

「昔と今の数を単純に比べるわけにはいかない」

本田教授は、過去と比べて自閉スペクトラム症と診断される子の数が増えているという主張について、診断例は増えているが、いくつか要因があると解説する。

最も大きな要因が、NBCも言及しているように、以前に比べて自閉スペクトラム症の概念が広くなったというものだ。本田教授は診断例が増えているからといって、自閉スペクトラム症の患者の実数が増えているとは必ずしも言えないと話す。

以前は自閉スペクトラム症と診断されるのは症状が顕著で、知的障がいを伴うような患者が主だったという。現在もそのような患者の数は増えていない。近年多く診断されるのは、表出する症状が少なく、知的障がいを伴わないケースだ。「昔なら診断されないであろう人が診断されているというのが実情なのではないか。だから、昔の数と今の数を単純に比べるわけにはいかない」と本田教授は指摘する。

また、診断例が増えるにつれて「あの人が診断されたから自分もそうなのではないか」と思い受診に繋がるケースもあるという。

ワクチン接種との関係は「認めにくいのではないか」

JFCはワクチン接種と自閉スペクトラム症発症との関係についても質問した。本田教授によると、麻疹・おたふく風邪・風しんの3種混合ワクチン「MMRワクチン」や水銀化合物を含んだワクチンについては疫学調査で自閉スペクトラム症の発症とほぼ無関係であると結論付けられているという。

新型コロナワクチンについては、接種開始からまだ日が浅く、データに基づいた考察はできないものの、新型コロナウイルスの流行以前から自閉スペクトラム症の診断例は多くあるため「ワクチンと関係は認めにくいのではないか」と話した。

ワクチン接種と自閉症を巡る主張はこれまでも拡散

自閉症の発生率増加と、ワクチン接種を関連付ける主張は過去にも拡散している。JFCはこれまで麻疹の流行に際して拡散した「ワクチンで自閉症になる」という主張を「誤り」と判定した。

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ワクチンと自閉症を関連付ける偽情報の拡散は1998年2月に医学雑誌「ランセット」に掲載された論文がきっかけだと言われている。この論文は、MMRワクチンと、炎症性腸疾患や自閉症を関連付けているが、多くの誤りや不正があるとして2010年2月に撤回された。

医療や健康に関わる問題で偽・誤情報が拡散すると、助かるはずの命を守れなくなるおそれがある。実際に「ランセット」に論文が掲載されて以降、英国では2歳児のMMRワクチン接種率が低下したと報告された(国立感染症研究所)。

判定

自閉症が増加したのはワクチン接種が原因だという主張は誤り。ワクチンの安全性は数多くの研究で確立しており、自閉症との関連性を示す根拠はない。専門家は、自閉症やアスペルガー症候群と診断される子どもが増えていることについて、昔は自閉スペクトラム症と診断されなかったような症状でも診断が下るようになったことが主な原因だとしている。

検証:リサーチチーム
編集:宮本聖二、古田大輔、藤森かもめ


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

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