麻疹流行「ワクチンは危険、自分で罹って免疫獲得」 「ワクチンで自閉症」?【ファクトチェック】

麻疹流行「ワクチンは危険、自分で罹って免疫獲得」 「ワクチンで自閉症」?【ファクトチェック】

麻疹(はしか)が流行しています。予防にはワクチンが有効ですが、ソーシャルメディア上ではワクチンの有効性を否定し、麻疹の危険性を低く見て「自分で罹って免疫獲得すれば良い」などという投稿が多数拡散していますが、いずれも誤りです。専門家が麻疹の危険性とワクチンの有効性について解説します。

検証対象

麻疹の流行に伴い、X(旧Twitter)などで予防策としてのワクチンを否定するような投稿が広がった。「ワクチンは危険」「ワクチンで自閉症になる」「自分で罹って免疫を獲得すれば良い」など、内容は様々だ(例1,例2,例3)。

NHKは2024年3月14日に「はしかの症状軽視も… ワクチン予防否定するSNSの誤情報に注意」という記事で、ワクチン予防を否定する誤情報が13日午後8時の時点で合計100万回近く閲覧されていると指摘している。そういったワクチンに否定的な情報の拡散はその後も、止まっていない。

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、拡散している情報を確認したところ、主なポイントは4つ挙げられる。

・麻疹の危険性
・ワクチンの有効性
・自分で罹って免疫を得るという言説について
・ワクチンで自閉症になるという言説について

検証過程

JFCは、国際医療福祉大学医学部 救急医学 教授(代表)で同大学成田病院救急科部長の志賀隆医師に話を聞いた。以下が、その回答だ。

感染力が高く、死の危険性も

麻疹は非常に危険性が高い病気です。まず、感染力の高さを示す基本再生産数が他のウイルスに比べて極めて大きい。風疹5~7、インフルエンザ (スペイン風邪)2~3に対して、麻疹は12~18です(麻疹に関する基礎知識)。麻疹の主な感染経路は「空気感染」で、結核菌でも認められるものです。ほかのウイルスと違って、より小さな飛沫が空気中を長時間漂います。

※基本再生産数(Basic Reproduction Number) 感染者一人が誰も免疫を持たない集団に加わったとき、直接感染させる人数の確率的な平均値。

感染すれば、死に至ることもあります。先進国でも発症すれば約1000人に1人の割合で死亡する可能性があると考えられます(麻しんが死因となった死亡者数)。中でも、肺炎や脳炎の合併による死亡が多いです。私自身が担当した事例でも、中学生がICUに入るほど危険な例がありました。

参考
厚労省が注意喚起―麻疹は死にもつながる危険な病気、そのリスクと対処法を知る | メディカルノート
麻しんに関する基礎知識(厚生労働省)
麻しん(はしか)が死因となった死亡者数(厚生労働省)

ワクチンは非常に有効

麻疹に対するワクチンの効果は非常に高いです。1回接種による免疫獲得率は93~95%以上、2回接種による免疫獲得率は97~99%以上と報告されています。ワクチン接種2週間後から麻疹の抗体が体内でみられます。通常のワクチン接種による予防に加えて、緊急でできることもあります。麻疹患者と接触後72時間以内に麻疹含有ワクチンの接種を受けることです。

日本が地域に定着した病原体が消滅したことを意味する「排除状態」になったのは、厚生労働省や市民の大変な努力でワクチン接種が浸透したことも大きいでしょう。ワクチンに否定的な言説が拡散し、接種率が下がれば、日本も再び恒常的に感染拡大する国になり得ます。発症すれば1000人に1人が亡くなることを考えれば、ワクチンは費用対効果が非常に高いことがわかります。

参考
麻しんについて ファクトシート(厚生労働省検疫所)

「自分から感染して免疫を獲得」の問題点

麻疹は死に至ることもある危険な感染症です。自分から感染することはおすすめできません。1000人に1人が死亡する可能性というのは、医師から見れば非常に高い確率です。

新型コロナウイルスでもそうでしたが「自分の周りには亡くなった人はいないから大丈夫」と考える人もいるかもしれません。しかし、不運にもご自身の愛する方や友人が犠牲者になった際には、科学的に危険な行為をしたことを後悔することになるでしょう。 

「麻疹ワクチンで自閉症になる」の誤り

これも繰り返し拡散している偽情報です。きっかけとなったのは有名な医学雑誌ランセットに1998年に掲載された論文だと言われています。麻疹・おたふくかぜ・風疹(MMR)ワクチンと自閉症、炎症性腸疾患とを関連付けた論文でしたが、基本的な間違いを含むなど問題が多かったことからすでに撤回されています(ランセット)。

フィンランドでは、MMRワクチンを接種した小児180万人を14年間追跡調査し、接種関連の自閉症や炎症性腸疾患は一人も認められなかったという論文も出ています。

参考
英国におけるMMRワクチン論争の最新状況

判定

麻疹に関して「ワクチンは必要ない」「自分で罹って免疫を獲得すれば良い」「ワクチンで自閉症になる」などの言説は誤りと判定する。麻疹は、極めて感染力が強い上に発症すれば約1000人に一人が死亡する危険な感染症。ワクチン接種の予防効果は高い。また、接種と自閉症を結びつける論文は撤回されている。

検証:古田大輔
編集:宮本聖二

検証協力

志賀隆医師(国際医療福祉大学医学部 救急医学 教授(代表)、国際医療福祉大学成田病院 救急科部長)

学生時代より総合診療・救急を志し、米国メイヨー・クリニックでの救急研修を経てハーバード大学マサチューセッツ総合病院で指導医を務めた。東京ベイ・浦安市川医療センターを経て国際医療福祉大学医学部救急医学講座教授に着任。X(旧Twitter、@TakSugar)で医療に関する情報発信をしており、麻疹についてもメディカルノートで解説している。

検証手法や判定基準については、JFCファクトチェック指針をご参照ください。検証記事を広げるため、SNSでの拡散にご協力ください。XFacebookYouTubeInstagramのフォローもお願いします。毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録はこちらからどうぞ。また、こちらのQRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、真偽が気になる情報について質問すると、AIが関連性の高い過去のJFC記事をお届けします。詳しくはこちらの記事を

もっと見る

ファクトチェックと「プリバンキング」 “情報の空白”を埋める注目の手法【JFC講座 実践編9】

ファクトチェックと「プリバンキング」 “情報の空白”を埋める注目の手法【JFC講座 実践編9】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第8回は、よく質問されるファクトチェックと調査報道や裏取りとの違いについてでした。第9回は世界のファクトチェック事例や新手法を解説します。 (本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています) ファクトチェックの多様な事例 ファクトチェックには原則がありますが、同時に、検証対象の選び方や組織のあり方などは多様です。国内外の事例を紹介します。 Factchek.org ファクトチェック団体としては老舗のFactchek.orgはアメリカ政治に関する偽情報に対応するために、「有権者のための消費者保護センター」を目指して2003年に設立されました。 そのため、主なトピックに並ぶのは「バイデン大統領」「トランプ前大統領」、そして「その他の大統領候補」などアメリカ政治中心です(2024年7月27日現在)。 例えば、「バイデンが不法移民に家賃を支払っているという根拠のない主張」という記事には、見出しに検証対象と検証結果=根拠なしが記され、記事内では検証過程が詳細に記述されていま

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
日本での農地取得、外国人が3分の2? 新聞記事の誤読が拡散【ファクトチェック】

日本での農地取得、外国人が3分の2? 新聞記事の誤読が拡散【ファクトチェック】

「外国人による農地取得が全体の3分の2」という言説が拡散しましたが、誤りです。新聞記事を誤読した投稿が拡散しました。 検証対象 2024年7月20日、日本農業新聞の記事を引用して「これやばいだろ?なんで国は規制しない? 外国人による農地取得が全体の3分の2を占めたらしい」という言説が拡散した。 この投稿は43万以上の閲覧と6900のリポストがある。「農地って簡単に買えるの?」「自国の国民のために農地を開拓しているのかもしれない」というコメントのほか、「記事をちゃんと読みましたか」「日本であっても規制はありますよー」といった指摘もある。 「外国人による農地取得が3分の2を占めた」という言説を検証する。 検証過程 言説に添付されたのは、日本農業新聞が2024年7月20日に配信した記事だ。拡散したスクショは「外国人の農地取得 23年は90ヘクタールに 3分の2が国内在住」という見出しで、7月26日朝の時点では「3分の2」が「国内在住の個人・法人中心」に変わっている。 外国資本が「全体の3分の2」ではない 記事の内容は「外国人もしくはその関係法人が2

By 宮本聖二
最新の複数世論調査でトランプ前大統領がハリス副大統領を大幅リード? 拡散したのは予想サイトの数字【ファクトチェック】

最新の複数世論調査でトランプ前大統領がハリス副大統領を大幅リード? 拡散したのは予想サイトの数字【ファクトチェック】

「最新の複数世論調査でトランプ大統領がカマラ・ハリスを大幅リード」という言説が拡散しましたが誤りです。言説に表示された数字は世論調査の数字ではありません。2024年7月26日現在、最新の世論調査では、両氏の支持率は拮抗しています。 検証対象 2024年7月23日、「最新の複数世論調査でトランプ大統領がカマラ・ハリスを大幅リード/NHKは『僅差』と報道」という言説が拡散した。言説にはまとめサイト「トータルニュースワールド」のリンクが添付されている。 2024年7月26日現在、投稿は1700件以上リポストされ、表示回数は31万件を超える。投稿について「当たり前」「妥当」というコメントがある。 検証過程 数字は予測市場プラットフォームの数字 拡散した言説にはまとめサイト「トータルニュース」のリンクが添付され、「64% Trump」「36% Kamala」と書かれたサムネイルが表示されている。リンク先を確認すると、根拠として「PolyMarket」の数字を集計した一般ユーザーのX投稿を複数取り上げている。 Polymarket(ポリマーケット)は、仮想通

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
ファクトチェックと調査報道 共通する手法と異なる方法論【JFC講座 実践編8】

ファクトチェックと調査報道 共通する手法と異なる方法論【JFC講座 実践編8】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第7回は、ファクトチェックに役立つサイトやツールについてでした。第8回はよく質問されるファクトチェックと調査報道や裏取りとの違いを解説します。 (本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています) ファクトチェックと調査報道の違い 「ファクトチェックは事実を確かめることだから、報道機関は当然どこでもやっているのではないか」とよく聞かれます。 半分正解で半分間違いと言えます。何が共通していて、何が異なるのかを解説していきます。 ファクトチェックとオンライン調査 検証の根拠を公開し、可能な限りユーザーにもアクセス可能にすることが原則のファクトチェックでは、オンライン調査の手法を活用します。 誰でもアクセスできるオープンソースを使うOSINTの重要性は実践編6でも説明した通りです。 OSINTでファクトチェック 公開データを使い真偽を判別する【JFC講座 実践編6】日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第5回は、生成AIで作られる画像

By 古田大輔(Daisuke Furuta)