ファクトチェックと調査報道 共通する手法と異なる方法論【JFC講座 実践編8】

ファクトチェックと調査報道 共通する手法と異なる方法論【JFC講座 実践編8】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。

実践編第7回は、ファクトチェックに役立つサイトやツールについてでした。第8回はよく質問されるファクトチェックと調査報道や裏取りとの違いを解説します。

(本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています)

ファクトチェックと調査報道の違い

「ファクトチェックは事実を確かめることだから、報道機関は当然どこでもやっているのではないか」とよく聞かれます。

半分正解で半分間違いと言えます。何が共通していて、何が異なるのかを解説していきます。

ファクトチェックとオンライン調査

検証の根拠を公開し、可能な限りユーザーにもアクセス可能にすることが原則のファクトチェックでは、オンライン調査の手法を活用します。

誰でもアクセスできるオープンソースを使うOSINTの重要性は実践編6でも説明した通りです。

OSINTでファクトチェック 公開データを使い真偽を判別する【JFC講座 実践編6】
日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第5回は、生成AIで作られる画像や動画の検証についてでした。第6回は公開されている情報に基づいた調査=OSINTについて解説します。 (本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています) OSINTとは オープンソースインテリジェンス(Open Source Inteligence=OSINT)とは、一般に公開されている情報を収集し分析する手法のことです。 近年、調査報道やファクトチェックに活用されており、オンライン調査とも呼ばれます。日本ファクトチェックセンター(JFC)でもこの手法を活用しています。 現実の画像かどうかOSINTで確認する 実例で見ていきます。 実践編第5回でも紹介したように、2022年9月の静岡県の水害では、生成AIによる偽画像が拡散しました。 ドローンで撮影された静岡県の災害画像? AIディープフェイクの見分け方【ファクトチェック】台風15号による記録的な大雨に見舞われた静岡県をドローンで撮影したとする画像がTwitter上で拡散しています

OSINTは調査報道でも活用されており、こういった手法にはファクトチェックと調査報道で共通する点が多数あります。異なるのは他の部分です。

公開の原則に基づいたファクトチェックの方法論

繰り返し説明してきたように、ファクトチェックは情報源の公開が重要です。JFCの記事を見てみましょう。記事中に情報源のURLを可能な限りつけています。

ユーザーはリンク先で検証の根拠を自分自身で確認することができます。これが欧州ファクトチェック規範ネットワーク(EFCSN)が定める方法論「読者が検証過程を再現できるよう、証拠をできるだけアクセス可能にする」の実践です。

報道機関の記事の多くは根拠を辿れない

一方、新聞やテレビや雑誌などの報道機関の記事では、関連する資料のリンクや資料の正式名称が書かれていないことが多いです。そのため、読者は自力で関係資料を探す必要があります。

これは新聞やテレビの記事が伝統的にネットではなく、紙媒体やテレビでの放送を前提としてきた影響もあるでしょう。

また、「関係者によると」「政府高官によると」などと匿名の情報源を使うことも多く、情報の真偽を読者自身が確認することが困難です。

ファクトチェックの厳格な方法論

ファクトチェックは拡散している偽・誤情報に対して「誤り」「不正確」などの判定をします。その際、偽・誤情報よりもファクトチェック記事の方が正しいことがユーザーに明確に伝わる必要があります。

「ファクトチェック記事だから正しい」のではなく、厳格な方法論に基づいて、透明性高く、ユーザー自身が自ら確認できる形で根拠を示しているから信頼性が高い、と納得してもらわなければならない。

JFCではファクトチェックの方法論について、解説記事「ファクトチェックとは 定義・ルール・手法を解説」とJFC自身の指針「JFCファクトチェック指針」をそれぞれ公開しています。

ファクトチェックとは 定義・ルール・手法を解説
ファクトチェックとは「事実の検証」を意味します。不確かな情報、根拠のないデマ、陰謀論などが広がる中で、客観的・科学的な根拠に基づいて事実を確認し、拡散している言説が正確かどうかを判定します。 「意見は人それぞれ」「何が事実かを誰かが決めて良いのか」などの批判もあります。ここではファクトチェックとは何かについて、国際ファクトチェックネットワーク( International Fact-checking Network, IFCN)などの規定も参考にしつつ解説します。 ファクトチェックの国際的なルール ファクトチェックは世界中で実施されており、国際的に認められた一定のルールが存在します。 世界のファクトチェックをリードするIFCN IFCNは世界最大のファクトチェック団体の連合組織で、米ジャーナリズム研究機関ポインター研究所に本拠を置いています。2024年1月27日現在、IFCNの認証を得ているファクトチェック団体やメディアは世界に172存在します(61団体は認証リニューアル中)。日本ファクトチェックセンター(JFC)もその一つです。 IFCNはファクト
JFCファクトチェック指針
日本ファクトチェックセンター(JFC)は、国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)の原則規定を参考にファクトチェックガイドラインを定めて、公正な事実の検証に努めています。詳細はこちらのリンクから確認できますが、このページではその概要や実際の検証の方法論・判定基準を説明します。 そもそもの「ファクトチェックとは何か」についてはこちらをご覧ください。 ファクトチェックとは何か 定義・ルール・手法を解説ファクトチェックとは「事実の検証」を意味します。不確かな情報、根拠のないデマ、陰謀論などが広がる中で、客観的・科学的な根拠に基づいて事実を確認し、拡散している言説が正確かどうかを判定します。 「意見は人それぞれ」「何が事実かを誰かが決めて良いのか」などの批判もあります。ここではファクトチェックとは何かについて、国際ファクトチェックネットワーク( International Fact-checking Network, IFCN)などの規定も参考にしつつ解説します。 ファクトチェックの国際的なルール ファクトチェックは世界中で実施されており、国際的に認められた一定のルールが存在します。

ファクトチェックとニュースの役割の違い

ファクトチェックは、すでに公開され、拡散しているネット上の投稿や政治家の演説などに関して客観的に検証し、「正確」「誤り」などの判定をくだすものです。

一方、報道機関のニュースは理論編8「ニュースリテラシー」でも解説したように「知らせる」ことが主な役割です。

フェイクニュースとニュースリテラシー 知られていない記事の読み方【JFCファクトチェック講座 理論編8】
日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 理論編第7回は信頼できる情報源についてでした。第8回はニュースの読み方などニュースリテラシーについて説明します。 (本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています) 個人の発信もニュースに 政治、経済、社会、文化、スポーツ、趣味など様々な情報がニュースを通じて提供されています。しかし、その内容を正確に理解するためにはニュースリテラシーが必要です。 そもそもニュースとは何か。ニュース番組や新聞記事、Yahoo!ニュースやLINE Newsを思い浮かべる人もいるでしょう。 辞書を見ると「最近の出来事に関する報告」「以前には知られていなかった情報」「新聞などによって報じるもの」という定義があります。友人同士で「すごいニュースがあるんだけど」みたいな会話をすることもあるでしょう。 SNSの普及により、個人が発信した情報もニュースとして広まることがあります。例えば、2021年のアメリカの警察官による黒人暴行死事件では、スマホでその現場を撮影した17歳の女性が報道分野で世界的に有名なピュリツァーの特別表彰

細かく分類すれば、知られていない情報を素早く伝える「速報」だったり、隠された事実を明らかにする「調査報道」だった、複雑な事象を分かりやすく説明する「解説報道」だったりします。

報道機関がファクトチェック記事を出すこともありますが、普段発信している「ニュース」とファクトチェックとは、このような役割の違いも存在します。

裏取りとファクトチェックの違い

報道機関の方々からは「我々は日常的にファクトチェックをしている」という声をよく聞きます。

ここでいう「ファクトチェック」とは、JFCや国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)が言うファクトチェックとは異なります。日本語でいう「裏取り」のことです。

「裏取り」とは記者が得た情報が事実かどうかを他の情報源などから確認する行為です。これだけ聞くと「ファクトチェック」と同じ作業に思えますが、決定的な違いがあります。

ファクトチェックは確認した上で、その情報が正しければ「正確」、間違っていれば「誤り」などと記事にして公開します。

一方で「裏取り」は、事実でないことがわかれば報じる内容を修正したり、報じなかったりします。つまり、正確なニュースを発信するための作業の一つ、という位置付けです。検証・確認自体が主眼のファクトチェックとは異なります。

次回はファクトチェックの多様性について

もちろん、伝統的な報道機関にもファクトチェックに取り組んでいる事例はあります。ファクトチェック団体も基本的な方法論は共有しつつ、取り組むテーマなどに個性があります。

次回は、世界の様々なファクトチェック団体がどのようなファクトチェックをしているのかを紹介します。

アンケートにご協力を

動画を見た方は、ぜひ簡単なアンケートにご協力ください。 https://forms.gle/QdVa9A5v3RDnfBW59


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

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新型コロナワクチンは人類に対する犯罪? 米トランプ政権がその被害を認めた? 接種の推奨範囲を縮小【ファクトチェック】

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新型コロナウィルスについて、ワクチン接種が「人類に対する犯罪」で、米トランプ政権がその被害を認めたという趣旨の投稿が拡散しましたが、ミスリードで不正確です。米疾病対策センターが、2025年10月6日付でウェブサイトに「接種は個別判断に切り替えた」と掲載したことは事実ですが、米政府がワクチン被害を犯罪だと認めたわけではありません。またトランプ大統領は、10月に新型コロナウィルスワクチンの追加接種を受けています。 検証対象 拡散した言説 2025年11月7日、「コロナワクチン接種は、人類に対する犯罪。米国もトランプ政権がその被害を認めている」などという投稿がXで拡散した。 検証する理由 2025年11月17日現在、投稿は530回リポストされ、表示は30.8万件を超える。 投稿には「つい先日、トランプ大統領はファイザーを讃えて、自身もブースターを接種したばかりですよ」「デマはやめましょう」などの指摘もあるが、「あれだけの甚大な薬害が生じているにも関わらず、それを認めず、未だ接種を中止しないというのは、高市さんが所詮グローバリストだということを如実に表して

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
東京都はムスリム園児の給食に月9000円を支給?対象や用途は限定されず 【ファクトチェック】

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「東京都がムスリムの園児1人につき毎月9000円を給食のために支給している」という趣旨の投稿が多数拡散していますが、ミスリードで不正確です。東京都が外国人児童を受け入れる施設に対して、園児1人につき毎月9000円を助成しているのは確かですが、対象はムスリム(イスラム教信者)に限りません。また、補助は給食に限らず、言語コミュニケーションや宗教、文化などへの配慮に対して交付されます。 検証対象 拡散した言説 「東京都がムスリム園児の給食に毎月9,000円を支給している」という趣旨の投稿がX、YouTube、TikTok、Instagramなど複数のプラットフォームで拡散している(例1、例2、例3、例4)。 例1は2025年9月22日にXへ投稿され、11月14日現在、表示は110万件を超え、1.3万回リポストされている。例2は例1を引用投稿し、表示は25.7万件、リポストは5900回以上。例3、例4の動画では「イスラム教の園児に毎月9000円あげるとは憲法違反」「都民の税金から出すとはありえない」「日本人の家庭は給食費を自分で払っている」などと主張している。

By リサーチ チーム
広がり続けるディープフェイク/JFC検証など5本/ファクトチェック選手権、参加者募集【今週のファクトチェック】

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今週のファクトチェック動画でも紹介していますが、クマの被害が広がるに連れて、生成AIで作ったクマに関する偽動画=ディープフェイクが増えています。 誰でも簡単に動画を作れるようになった上に、質も向上しています。スマホでパッと見ただけだと、本物の映像と区別がつきにくくなっています。クマによる被害が注目を集めている中で、車を壊したり、スーパーに侵入したりする映像には思わず見入ってしまいます。 いまのソーシャルメディアのアルゴリズムだと、シェアやいいねのボタンを押さなかったとしても動画を視聴するだけで、その動画は人気の動画だと判断され、リーチが伸びていきます。 こういったアルゴリズムの特性を知ったうえで、以下を心がけてください。 ・動画や画像や音声が本物とは限らないのですぐに信じない。 ・生成AIで作ったことを知らせるマークが入っていないか確認する。 ・発信源・根拠・関連情報を確認する。 そして、発信する側は、たとえそれが冗談で作ったものだとしても、誤解や混乱を社会に広げる危険性があることを理解しましょう。 今週からは「用語解説」もつけています。こちらも活用してください

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ファクトチェックとは【JFC用語解説】

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ファクトチェックとは「事実の検証」を意味します。政治家や著名人の発言、ソーシャルメディア上で拡散する真偽不明の情報などを対象に、客観的・科学的な根拠に基づいて、事実かどうかを検証します。 詳しくはこちら ファクトチェックとは 定義・ルール・手法を解説ファクトチェックとは「事実の検証」を意味します。不確かな情報、根拠のないデマ、陰謀論などが広がる中で、客観的・科学的な根拠に基づいて事実を確認し、拡散している言説が正確かどうかを判定します。 「意見は人それぞれ」「何が事実かを誰かが決めて良いのか」などの批判もあります。ここではファクトチェックとは何かについて、国際ファクトチェックネットワーク( International Fact-checking Network, IFCN)などの規定も参考にしつつ解説します。 ファクトチェックの国際的なルール ファクトチェックは世界中で実施されており、国際的に認められた一定のルールが存在します。 世界のファクトチェックをリードするIFCN IFCNは世界最大のファクトチェック団体の連合組織で、米ジャーナリズム研究機関ポインター研究所に本拠を置いてい

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JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

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日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は11月28日(土)午後5時~6時30分で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei1128.peatix.com/view 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にど

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