ファクトチェックの限界とAI汚染の加速 「確かめる気はない」が最多の現状での対策は【情報インテグリティ】

ファクトチェックの限界とAI汚染の加速 「確かめる気はない」が最多の現状での対策は【情報インテグリティ】

ファクトチェックの記事数は2025年に激増したが、伸びしろは限定的。一方で情報環境はAIの影響もあり悪化が加速している。4月2日に開かれた情報インテグリティシンポジウムで、日本ファクトチェックセンター(JFC)編集長の古田大輔が報告した日本の偽・誤情報の現状と今後について、文字起こしをしました。

読みやすさのために一部編集しています。動画は最後に埋め込んでいます。

日本ファクトチェックセンターの検証記事は2年で倍増

日本ファクトチェックセンター(JFC)編集長の古田大輔です。今日は「広がり始めたファクトチェックと悪化する情報環境」というテーマでお話しします。

まず、JFCのファクトチェックの数です。2022年の10月にローンチして、2023年から見ていくと、昨年は2倍以上に増えています。1年目が173本、2年目が330本、3年目が365本。これは、偽情報が増えたという意味ではありません。

ファクトチェック記事が増えたのは、我々の能力が増したということです。

ただ、2024年から2025年は10.6%しか伸びていません。我々の組織の規模感で言うと、月に30本ちょっとくらいが限界だと言えます。

日本全体におけるファクトチェックの急増と停滞

この3年間を日本全体で見たときには、日本ファクトチェックセンターの成長とともに、様々な機関がファクトチェックに取り組み始めたことが大きな変化です。

2024年の衆院選で、日本ファクトチェックセンターや新聞社、テレビ局、他のファクトチェック機関の記事が全部合わせて47本でした。これが、2025年の参院選になると237本に急増しています。

2026年の衆院選は112本に減っています。新聞社やテレビ局の人たちの話を聞くと、一つは超短期決戦、歴史に残るような短い準備期間な上に、衆院選は参院選より期日も短いためにファクトチェックが減っています。

私たちもそうでしたけど、ファクトチェックしようにも時間がなかった。政党の発信の仕方にも変化が見られて、簡単に検証できない発信も多かったように感じています。

2025年の急増の背景に兵庫県知事選

なぜ、2025年はあんなに増えたのか。2024年の兵庫県知事選が非常に大きな衝撃を与えたからです。

あれから、私は全国の新聞社やテレビ局の方から「勉強会を開いてくれ」と頼まれ、ファクトチェックのやり方などについて全国を回りましたし、その後にこの解説記事を書きました。

「ファクトチェック後進国」日本に変化の兆し 兵庫県知事選きっかけに全国の新聞社が始めた試み【解説】
「日本はファクトチェックの取り組みが遅れている」と何年も言われてきたし、私自身も記事やセミナーで、そう言い続けてきました。しかし、その状況が変わろうとしています。きっかけは2024年の兵庫県知事選。新聞社やテレビ局などの伝統メディアによる検証記事が出てくるようになりました。具体例を挙げながら解説します。 神戸新聞が始めた兵庫県政をめぐる「ファクトチェック」 神戸新聞は2025年4月3日に「斎藤知事が1兆円の道路ルート変更し費用圧縮」は誤り SNS拡散情報、兵庫県『事実無根の陰謀論』」という記事を公開しました。斎藤元彦知事をめぐる「陰謀論」を検証し、事実無根だと判定する「ファクトチェック」形式の記事でした。 拡散した陰謀論とは「整備に1兆円かかる播磨臨海地域道路のルートを変更して5000億円に圧縮した斎藤知事に対して、既得権益を持つ議員たちが『斎藤おろし』を画策した」というものです。 神戸新聞は道路整備の経緯を説明し、県道路企画課への取材から、この「陰謀論」を3点に分けて判定しています。以下の通りです。 ・斎藤知事が1兆円から5000億円になるようにルート

神戸新聞と河北新報がファクトチェック的な試みを始めた、という内容です。こういう形で、全国紙だけでなく地方紙が各地でファクトチェックに取り組むようになりました。

2025年参院選での地方紙のファクトチェック

次は2025年の参院選と2026年の衆院選で、一体どういうところがファクトチェック記事を出していたのかをまとめた資料です。

ファクトチェック・イニシアティブが取りまとめているデータなどを参考に作っているんですけれども、いずれも一番多く出したのはファクトチェック専門機関であるJFCです。

それ以外にも色々な新聞社やテレビ局の名前が並んでいます。

特徴の一つは、昨年の参院選の場合には、地方紙の方々が非常に頑張っていた。今回で言うと、朝日新聞さんとか読売新聞さんなど全国紙の方々も、かなりファクトチェックに力を入れるようになってきているのが変化です。

選挙後のファクトチェック激減の理由

ただ、これが選挙が終わると減るんですよね。全然出ていない。

ファクトチェック・イニシアティブの「ファクトチェック・ナビ」というページでまとめています。

色々な新聞社もテレビ局もネットメディアも含めて、ファクトチェック記事がどれだけ出ているか見てみると、3月のファクトチェック記事は43本でした。全部合わせてです。うち30本はJFCです。

あとは、NHKさん4本、インファクトさんとリトマスさんという他のファクトチェック団体が3本ずつ、毎日新聞さん、ニューズウィークさん、共同通信さん1本ずつ。衆院選時から急減しています。

これは偽情報が減ったということではないんです。ただ単に選挙期間が終わると検証をするメディアや記者が一気に減ります。

これも色々な新聞社の方やテレビ局の方とも話をしていると「人手不足で専従チームを作れない」「紙幅や番組枠を確保できない」「何を検証するかで組織の中でコンセンサスを取れない」と聞きます。

選挙のときは「選挙だからやらないと」とコンセンサスが取れる。選挙が終わると、そうならない。各社ともに人手不足が進んでいるので、プライオリティとしてファクトチェックが通常業務より先に来ない、という話をされる方も多いです。

つまり、分かってくるのは、日本でファクトチェックの数が安定的に増えるとは見込めないということです。偽情報・誤情報対策で、政府の有識者会議とかでも「ファクトチェックももっと頑張っていかないといけない」みたいなことが指摘されます。

しかし、3年間の結果を見てみると「本当にできるのか」というのが率直な感想です。実態は数字に如実に表れていると思います。

選挙期間外に拡散する政治関連の偽情報

選挙や政治に関わる偽情報・誤情報は、選挙期間以外にも拡散しています。当たり前ですけれども。

その間に各政党や候補者、政治家に対する印象は作られていて、それが選挙期間中に新たな偽情報でさらに拡張されていく。選挙期間しかファクトチェックをしないのは、効果が低いです。

イラン戦争に見る生成AI・ディープフェイクの脅威

現状、偽情報・誤情報がどんな感じなのか、一つの事例を持ってきました。

イラン戦争はとんでもないことになっています。今、世界中で色々な解説記事が出ていますが、AIコンテンツや主にショート動画を中心とした「ナラティブ(物事の語り口)」を固定化させていくコンテンツが爆発的に拡散しています。

ニューヨーク・タイムズが、イスラエルとアメリカのイランへの攻撃が始まってからの最初の2週間で検証したディープフェイクの数は110件以上です。検証した数なので、実際に拡散している数はもちろんそれよりも圧倒的に多いわけです。

2週間に110件、ファクトチェックが全く追いつかないレベルでディープフェイクが流れている。私もイランに関するショート動画を見るのは精神的にきつい。ほぼディープフェイクなので。

それを皆さん全然気づかずに拡散させているのを見ます。

ナラティブの定着と認知の歪み

1日平均2件のナラティブというのは、個々の偽情報を言っているわけではありません。10個の偽情報があっても、同じ一つのナラティブを拡散していることがあります。

そういうナラティブが25日間の中で1日平均2件ずつ出てるぞというのを、ニュースガードというアメリカの団体が調べていました。

さらに恐ろしいことには、ホワイトハウスの公式アカウントがAIを活用したプロパガンダ的な情報を流している。そうなってくると、何が真実で、何がAIで作られた情報なのかということを見極めることが非常に難しくなってきています。

背景には、生成AIの質の飛躍的な向上があります。ウクライナに対するロシアの侵略が始まった際に出ていたディープフェイクは、今から見ると見分けるのが簡単です。

でも今出てきているディープフェイクは、プロの目でも見分けるのが不可能になってきています。

量も圧倒的に増えた。誰でも生成AIを簡単に使えるようになったので、ものすごい量が流れてくる。それが昔からある「チープフェイク(古い動画の再利用、文脈を切り取って流すなど)」と混在となって現れてくるので、全くファクトチェックが追いつかない。

1回見ると「この人はこういう動画が好きなんだな」ということでさらにアルゴリズムがどんどんお勧めしてくる。連続視聴が止まらなくなる。反復的に視聴することによって、どんどん感覚が麻痺してきて、所与の事実として受け止めるようになる。それが戦争の印象になっていく。

こういう大量流通を両陣営がやるわけです。イランを応援する側、アメリカ・イスラエルを応援する側。認知領域での戦争が起こる。「トランプが正しいんだ」「イランが正義なんだ」みたいな対立的なナラティブが形成され、それが分断を強化していきます。

ファクトチェックの限界と「予防的リテラシー」の必要性

ファクトチェックだけでは追いつかないんです。AI情報の大量拡散、アルゴリズムによる増幅、ナラティブの定着。ファクトチェックできるのはその後になってしまう。

印象が定着した後にファクトチェックをしても、効果は限定的です。

ファクトチェックの効果が限定的な理由として、「確証バイアス」「バックファイア効果」「初頭効果」みたいなものが指摘されます。こういった認知科学的な分野から見たときに、ファクトチェックはどこまで効果的なのかという問題が生じてくる。

ファクトチェック団体の皆でもよく議論するのが、ファクトチェックだけでなく「プレバンキング(情報の予防接種)」のような手法も大切だということです。事前に偽情報に関する手口を皆さんに学んでおいてもらって、免疫力をつけてもらう。

それ以外にも、より幅広いメディアリテラシーやAIリテラシー、こういった教育が非常に重要になってきます。

デジタル情報空間の知識不足

ところが、リテラシー教育はどれだけ進んでるかという話で「情報インテグリティ調査」に戻ってくるんですけれども、結果は厳しいです。

私たち2年連続で調査をやっていて、悲しくなってくるのが、例えば「エコーチェンバー」とか「フィルターバブル」みたいな、今の情報環境を知っておく上で必須な知識でも、全然理解が広がっていないことです。

なんだったら、昨年より数値が下がってるんです。これは本当に衝撃的なことです。

日本ファクトチェックセンターも、各新聞社やテレビ局の方々なども、この1年間色々頑張った。こういう知識が広がるように記事や番組をたくさん作りました。

でも、ほとんど効果を発揮していない、という現実があります。

必要性は感じているが行動に移さない現状

先ほど紹介があった情報インテグリティ調査で出てきた印象的な数字を並べてみました。

「情報が正しいか疑うことも必要だ」と答える人が71.5%もいる。必要性は皆わかってる。でも「ファクトチェックしたことありますか?」と聞いたら、わずか26%しかいない。

「わかっちゃいるが、やっていない」わけです。

これも衝撃的な数字ですが「どうやって情報の真偽を確かめますか?」という質問に対して、一番多い答えが「確かめたいと思いません」です。

選択肢を与えて「こうやったら調べますか」と聞いてるのに、それでも「確かめません」と答える人が一番多い。これは最初の71.5%という数字と、明らかな矛盾が生じている。

ここをどうするか、というのが非常に大きな問題となっています。

JFCの両輪の取り組み ファクトチェックとリテラシー

JFCは毎月30〜40本のファクトチェック記事や動画を出すだけでなく、メディア情報リテラシー教育にも取り組んできました。

日々のファクトチェックを基にして「今はこういう偽情報、例えばAIディープフェイクが流れてるから、こうやったら検証できますよ」みたいな実践的なリテラシー教育です。

無料で公開している講座を受講し、「ファクトチェッカー認定試験」に合格された方は今344人います。そこからさらに進んで、教育者向けにやっている講師養成講座で、認証を取られた方は131人います。

そして、ユースファクトチェック選手権を毎年秋から冬にかけて、Classroom Adventureや海外の団体と一緒に開催しています。

それと、連携やエコシステムの構築ですね。私たちが単独でやっても、この問題は解決しないので、今日のような場を通じてより皆の連携を強めて、対策をやっていこうと思っております。

日本の8年の遅れと「情報インテグリティ」への転換点

振り返ってみると日本は対策を取るのが世界と比べて8年遅れています。

世界が偽情報問題に強力に取り組み始めたのは2016年。アメリカの大統領選でトランプさんが1回目の当選、イギリスがブレグジットでEUから離脱する国民投票の結果に世界が驚きました。

そして、偽・誤情報の拡散の実態や影響を調べ始め、ファクトチェックやメディアリテラシー教育や法規制の議論を始めた。

日本はそうなりませんでした。「あれはアメリカとかイギリスの問題」という空気感が非常に強かった。その後、危機感は徐々に徐々に広がり、2024年が日本の転換点でした。

東京都知事選、衆院選、兵庫県知事選で、選挙におけるソーシャルメディアでの偽情報の拡散が社会問題化して、2025年に多くのメディアがファクトチェックに本格参入するという、冒頭のスライドのようなことが起こった。

構造的な課題への対応

この流れをどうやって強化していけばいいのか。

我々の取り組みは広がっているにも関わらず、情報環境はさらに悪化しています。「構造的な課題」にどう対応するのかが、議論すべきことだと思います。

ファクトチェックは「後追い」になってしまう。どうやってリテラシー教育で一人一人に自分を守る「盾」を持ってもらうのか。しかし、普及は難しい。

そして、プラットフォームの構造的問題。「アテンション・エコノミー」の中で、煽情的、感情的なコンテンツがどんどん拡散していく。ユーザーが実はそれを見たいと思ってるからこそ、拡散していくわけです。ここに非常に大きな問題がある。

多くの人の視聴によって収益が高まるプラットフォーム側には、これを自ら規制しようというインセンティブは働かない。どうやって社会全体として、ルール作りが必要という議論をしていくのか。

最後に、非常に本質的な問題ですけれども「権威への信頼の低下」。偽・誤情報が受け入れられる背景にあるのは、あらゆる権威への信頼の低下です。

世界中で政府やメディア、企業、NPOへの信頼度が落ちている。その結果として「あいつら偉そうにしてるけど嘘ついてるっぽいぞ」ということで「オルタナティブ・ファクト」が広がっていく。

https://www.factcheckcenter.jp/explainer/others/edelman-trust-barometer-2025/

ここをどう考えるのかが、最も本質的な問いになるのかなと思います。

社会的合意の形成と今後の議論に向けて

そうした中で、どうやって今の状況をより良い方向に持っていくのか、誰が安心な情報空間を作るのか、情報インテグリティを実現していくのか。

これに関して、社会的合意は未形成ということが、今回の情報インテグリティ調査の結果から分かってきています。「わからない」という人が一番多いわけです。

だからこそ、今日のパネルのように、様々な分野の方に参加していただいています。新聞社の方々、テクノロジーの方面からこの問題に取り組んでいる方であったり、教育からこの問題に取り組んでいる方々、みんなで様々な方向性から議論をしていければいいなと思っております。

それでもファクトチェックをする理由

最後に、ここまで私が話すと「ファクトチェックって役に立たないじゃん」と思った方もいらっしゃると思います。最後に「ファクトチェックも必要なんだよ」ということを強調しておきます。

誰かがファクトチェックをやらないといけない。誰もやらなかったら、偽情報・誤情報の拡散に歯止めがかからない。だから、誰かがやらないといけない。

しかも、一回やっておくと、それが再拡散の予防になる。SEOで常に回り続けます。偽情報は必ず数ヶ月単位で復刻版で出てくる。そのときに「これもうJFCがチェックしてるよ」という風に誰かがツイートしてくれます。情報の空白を埋めることができる。

メディアリテラシー教育にも活用ができますし、事例として取り上げることもできる。法的な規制を議論するにしても、やっぱり実例が必要になってくる。

なので、必ず誰かがやらないといけない。

ファクトチェックを起点に、昨年もお示しした図ですけれども、あらゆるステークホルダーがあらゆる対策を協調的にやっていく。

こういう重層的な対策の構造を作っていく必要があると思っています。

情報インテグリティシンポ「基調講演2」動画


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

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