ファクトチェック:「熊本はTSMCの為外国人参政権付与」は不正確

ファクトチェック:「熊本はTSMCの為外国人参政権付与」は不正確

「熊本はTSMCの為外国人参政権付与」という趣旨のツイートが拡散していますが、不正確です。話題となっている条例の改正案は、外国籍の住民に選挙権などを新たに付与するものではありません。

検証対象

熊本市に隣接する菊陽町で世界的な半導体メーカーの台湾積体電路製造(TSMC)の新工場建設が進む中、「熊本はTSMCの為外国人参政権付与」というツイートが拡散している。2023年1月4日、YouTube配信もするITビジネスアナリストの深田萌絵氏が投稿した。

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深田氏は前日に「熊本市がTSMC誘致で市民の定義に『外国人』を加えることを発表」というツイートもしており、YouTubeでもこの件に関して「【緊急会議】TSMCの為に熊本は外国人に政治参画権付与?」と題して配信をしている。

動画内で、深田氏は「参政権ではないが」「TSMCとは書かれていないが」と前置きしつつ、熊本市自治基本条例が「最近やってきた外国企業のために改正される」「熊本の中国化の第一歩」と主張している。

検証過程

参政権とは、直接・間接に政治に参加する権利で、選挙権・被選挙権、また、公務員になる権利や罷免する権利などを意味する。

今回、話題になっているのは熊本市自治基本条例の改正案。検証対象のツイートに添付されている画像にもあるように、条例で定める「市民」の定義に「外国の国籍を有するものを含む」という一文を追加している。

この変更について、深田氏は「TSMCの為外国人参政権付与」と発言し、同様の主張がネット上で拡散した。日本ファクトチェックセンター(JFC)は、今回の条例改正案が「外国人参政権付与」や「TSMC誘致のため」のものか、熊本市に問い合わせた。

熊本市地域政策課によると、市民の定義の変更は「市民の定義が拡大した訳では無い。あくまで本市で増加している外国人住民の方々に熊本市民の一員として意識を持っていただくために、条例の中で『外国籍を有するものを含む』と明文化しただけ」だという。

つまり、参政権として選挙権や被選挙権など新たな権利が与えられるわけではない。

明文化の意図については「外国籍の人々であろうと地域住民であり、市民だから、市民としての役割を果たして欲しいということ」と説明する。

ネット上では、台湾大手のTSMC誘致のためだという主張が拡散しているが、これも否定する。自治基本条例の見直しは4年ごとに実施されており、外部審議会である市自治推進委員会での議論が明文化の背景にあるという。

「市民の1パーセント程度が外国籍の人々だという現状から、外国人住民の方々に熊本市民の一員として意識を持っていただくために『外国籍を有する方も含む』と規定したらどうかと話し合いになった」

そもそも、TSMCが設立されるのは熊本県内だが熊本市ではなく別の自治体である菊陽町だ。ただ、議論の中では「TSMCなどの海外企業が来ることによって、今後も外国人の方々が増えていくため、それらの方々にも市民としての責任を果たして貰いたいという経緯はあった」と説明する。

参政権については「いわゆる参政権を付与するものではない」と否定。市政への参加の例としては「市に対する意見要望の電話や住民説明会等への参加、パブリックコメントへの意見提出が例として挙げられる。もともとこのような権利が認められていなかった訳ではなく、実際に上記のことは改正前から認められていて、あくまでも明確に規定しただけ。あらたに、新しい権利を付与するものではない」という。

選挙権についても「外国人の選挙権に関しては公職選挙法第9条にのっとり、熊本市自治基本条例の第5条にも書かれている通り『法令上保有できないものを除く』とあり、権利を認める訳ではない」と述べている。

この点については、2023年1月18日まで同市のサイトに掲載されていた「『熊本市自治基本条例の一部改正(素案)』に関するパブリックコメント(意見公募)について」(現在は閉鎖)にも明記していた。

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赤線部筆者

判定

条例の改正案は新しい権利を付与するものではなく、ネットで拡散している「熊本はTSMCの為外国人参政権付与」という言説は不正確。

あとがき

熊本市では、今回の改正案について昨年12月から1カ月間、意見を公募したところ、約2400人から意見が寄せられて、9割超が反対意見でした。市の担当者は「9割超が反対意見だった。誤解や誤解に基づく不安の声をもらい、これをどう払拭していくか考えている。まずは1カ月を目処にパブリックコメントの結果や市の考えを公開する。それ以外のスケジュールは未定」と話しています。

検証:杉江隼
編集:藤森かもめ、古田大輔

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