ゼレンスキー大統領は、ウクライナにいない?ウクライナ人ではない?【ファクトチェック】

ゼレンスキー大統領は、ウクライナにいない?ウクライナ人ではない?【ファクトチェック】

ゼレンスキー大統領に関する10の言説を載せた「ゼレンスキークイズ アナタはいくつ知ってる?」という画像が拡散しましたが、多くの誤りや根拠不明の情報が含まれています。過去にファクトチェックで「誤り」「根拠不明」と判定されていても再び拡散しているものもありました。

検証対象

「ゼレンスキークイズ アナタはいくつ知ってる?」という画像が拡散(例1例2)した。

例1のツイートには6000件以上のいいねがつき、2500回以上リツイートされている(6月14日現在)。「募金は絶対にしない」などのリプライがある一方で、「根拠は?」「証拠出せない時点でデマ」といった指摘もされている。また、「ゼレンスキークイズ」と称する画像は「募金をする前によく考えてみろよ!」という文言とともにツイートされており、ツイート主がウクライナ支援に否定的であると分かる。

この画像はInstagramのストーリーなどでも拡散した。「ゼレンスキーって、どんな人か知ってますか?素晴らしい人です」と皮肉る文面とともに投稿されているものもあった。

拡散した言説の多くは、すでに海外メディアやファクトチェック機関のAFP、USA TODAY、POLITIFACTなどがそれぞれファクトチェックを行っており、いずれも「誤り」だと判定した(記事123)。

検証過程

拡散した画像には、それぞれ内容の異なる10の言説が含まれている。日本ファクトチェックセンター(JFC)は検証可能性の高いいくつかの言説に注目し、検証した。

ゼレンスキーはウクライナ人ではなくユダヤ人なのか

この言説について、ウクライナ人・ユダヤ人を国籍として考えるか、民族として考えるか両面から検証する。

 国籍で考える場合
BBCやNHKの報道(記事12)によると、ゼレンスキー大統領はウクライナ東部ドニプロペトロウシク州・クリヴィーリフ市出身。ドニプロペトロウシク州(薄い赤の部分)とクリヴィーリフ市(赤い点)の位置は以下の地図の通り。

“Dnipropetrovsk geographical position” by Skluesener is licensed under CC BY-SA 3.0

ウクライナ憲法は第4条で単一国籍を原則とし、国籍については国籍法(Law of Ukraine “On Citizenship of Ukraine”)で詳しく規定している。同法第1条によると、ウクライナ国民(citizen of Ukraine)とは、同法の規定に従ってウクライナ国籍を取得した者、あるいはウクライナとの条約に基づいて取得した者を指す。

ウクライナ大統領府のホームページによると、ゼレンスキー大統領は1978年1月25日生まれ。その生い立ちは、仏ル・モンドの記事が詳しく報じている。記事からは、両親とともにモンゴルで5年間暮らしたことを除いて、ゼレンスキー大統領がウクライナで育ってきたことがわかる。

国籍法3条はウクライナ国籍を保持できる者の条件を定める。ウクライナ独立宣言(1991年8月24日)以前に居住していた者というのも条件の一つだ。独立宣言以前にウクライナに居住していたゼレンスキー大統領は、ウクライナ国籍を保持する条件を満たしている。

また、憲法103条は「35歳に達し、選挙権を有し、選挙日以前の過去10年間ウクライナに居住し、ウクライナ語を操るウクライナ国民は、ウクライナの大統領に選出されることができる」と定めている。ゼレンスキー氏は現在も大統領を続けており、ウクライナ国内でゼレンスキー大統領はウクライナ国民であると認識されていると言える。

民族で考える場合

さきほどのル・モンドの記事やイスラエルのTIMES OF ISRAELの記事によると、ゼレンスキー大統領の両親はユダヤ人であるという。

また、ゼレンスキー大統領は、イスラエルでのアウシュヴィッツ解放75周年記念式典で「ソビエト連邦の普通のユダヤ人家庭」で育ったと述べたとワシントンポストが伝えている。この式典では自身の家族について触れ、祖父が兄弟全員をホロコーストで亡くしていると語った。また、ハフポストの記事にも彼がユダヤ人であるとの記載がある。

よって、民族的に考えると、ゼレンスキー氏はユダヤ系とも言える。

後者のユダヤ系であるということからの言説の可能性はあるが、憲法に基づいてウクライナ大統領として在任しており、その経歴からもウクライナ人ではないという言説は誤りと判定する。

ゼレンスキーはウクライナにいないのか

これらの言説がいつの時点を指しているかは不明だが、ゼレンスキー大統領は首都キーウで執務をしており、会見や取材にも応じている。また、東部ドネツク州などの国内各地を頻繁に視察している。

また、ドイツのドイチェ・ヴェレの記事は、ゼレンスキー大統領が、検証可能な形で何度もキーウやその近辺にいることを指摘する。日本の外務省ホームページによると、岸田文雄首相が2023年3月21日にウクライナを訪問し、ゼレンスキー大統領と首脳会談を行った。両首脳のキーウなどでの様子は、首相官邸のホームページから確認できる。最近でも、ゼレンスキー大統領はG7広島サミットへの出席後に帰国し、激戦地東部ドネツク州の前線を訪問した。

また、拡散した画像には「ゼレンスキーはポーランドのアメリカ大使館にいる」という言説もあった。日本貿易振興機構(JETRO)のビジネス短信によると、2023年4月時点で、2022年のロシアの侵攻以降にゼレンスキー大統領は、2022年12月、2023年2月と同年4月にポーランドを訪問している。ゼレンスキー大統領のポーランド訪問の様子は、動画で確認できる(動画12)。

ポーランドに継続的に滞在しているわけではなく、「ウクライナにいない」との言説は誤りと言える。

ゼレンスキーは生物兵器の開発を行っているのか

「ウクライナがアメリカの支援を受けて生物兵器を開発している」というロシアの主張について、BBCがファクトチェックをし、「証拠なし」と判定している。

ロシアは「生物兵器を開発している」という主張に基づいて2022年3月11日に国連安全保障理事会(安保理)の開催を要請。ロイター通信の記事によると、安保理の会合で中満泉・国連事務次長はロシアの主張を「認識していない」とし、他のメンバー国もロシアの主張を否定、非難したという。

ロシアは、アメリカとウクライナが、ウクライナ国内30の研究所で「危険な感染症の病原体」を扱っていると非難した。この場合、「危険な感染症の病原体」とは、病気を引き起こしうる微生物のことを指す。BBCのファクトチェックによると、指摘されている研究所(公衆衛生研究所)の一部は、米国、欧州連合や世界保健機関 (WHO)から支援を受けているが、ウクライナに特有のことではないという。

一方で、旧ソ連崩壊後にウクライナ国内に残された生物兵器のリスクを軽減する目的で、アメリカは「生物兵器脅威削減プログラム(Biological Threat Reduction Program)」を始めている。このプログラムの目的については、2022年1月にアメリカ政府の代表が行った説明を動画から確認できる。また具体的な取り組みとして、アメリカとウクライナは二国間合意を結んでいる。この合意に基づいて、2005年からウクライナ保健省との連携のもと、公衆衛生研究所の改善が進められてきた。

JFCによる検証でこの言説について「誤り」とまで判定することは難しいが、根拠不明だ。

ゼレンスキーは核兵器開発を行っているのか

ロシア情勢を専門とするNHKの石川一洋解説委員の解説記事によると、ウクライナには核兵器の原料となるプルトニウムや高濃縮ウランの生産設備はなく、発電用の軽水炉の製造は可能だとしても、核兵器の製造には向かない作りだという。

ウクライナは、1994年にアメリカ、イギリスとロシアとの間にブダペスト覚書を結び、これらの国々からの安全保障と引き換えに保有していた核兵器を放棄した経緯がある。この覚書に合意したのちにウクライナは、非核兵器国として核不拡散条約(NPT)に加入した。

また、ウクライナは原加盟国として1957年から国際原子力機関(IAEA)に加盟している。IAEAには、原子力が平和的利用を確保することを目的とした保障措置があるが、ウクライナ政府は、2022年10月にその一環としての査察をIAEAに要請した。これは、ロシア政府によるウクライナ国内にある2つの原子力施設で「汚い爆弾」が製造されているとの声明をを受けての要請だった。IAEAは2023年11月3日、ウクライナ国内の原子力施設3か所の査察を実施し、未申告の原子力活動および核物質の兆候は見つからなかったとする声明を発表した。読売新聞はウクライナが核・生物兵器を開発しているという主張について「真偽不明」と伝えている。

こちらも、JFCでは根拠不明と判定する。

ゼレンスキーはフロリダに3.5億円の豪邸を所有しているのか

フロリダ州内の資産記録を、ゼレンスキーの英語表記である「Volodymyr Zelensky」の名義で登録されているかを検索したが、同名義の記録は見つからなかった。また、同氏の妻であるオレーナ・ゼレンスカ(Olena Zelenska)の名義で検索したが、同様の結果だった。

Forbesの推計(2022年時点)によると、ゼレンスキー大統領が所有する不動産は400万ドル相当。ただ、それらはいずれもキーウ市内やロシアが占領するクリミアにあるという。また、ゼレンスキー大統領は過去にイタリアやジョージアの不動産を所有したことがわかっているが、アメリカ国内の不動産を購入したことがあった事実は見つからなかった。

よって、根拠不明。

ゼレンスキーは1000億円を超える資産を有しているのか

ウクライナの国営ウクルインフォルム通信やインテルファクス通信ウクライナによると、2021年に公開されたゼレンスキー大統領の世帯資産は約2274万フリヴニャ(UAH)だった(記事12)。UAHを日本円に換算すると、2020年時点で1億円を超えることはない。なお、ウクライナのKyiv Postの記事によると、2022年のロシア侵攻以降、資産公開は一時的に中断されているという。

Forbesのビリオネア(保有資産10億ドル、約1240億円以上)番付2023年版には、ウクライナから5人の人物が選ばれているが、ゼレンスキー大統領の名前はない。Forbesの推計(2022年時点)では、ゼレンスキー大統領の総資産は、少なくとも約2000万ドル(Forbes Ukraine)あるいは3000万ドル(Forbes US)だとみられる。いずれにしても、その総資産額は1000億円を上回らない。

隠し資産などをJFCで確認することはできないが、少なくとも根拠不明だ。

判定

検証可能な事項について記録や過去の報道などを確認すると、誤りや根拠不明などと判定できるものが多い。よって、総合的にこの画像を誤りと判定した。

あとがき

根拠を示さずに事実であるかのように情報を羅列し、画像で拡散させる事例は多くあります。TwitterやFacebookなどだけではなく、Instagramのストーリーなどでも拡散するのが特徴です。根拠が書いていない言説については、拡散やいいねなどは避けましょう。

検証:住友千花、堀口野明、高橋篤史
編集:古田大輔、宮本聖二

検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。

「ファクトチェックが役に立った」という方は、シェアやいいねなどで拡散にご協力ください。誤った情報よりも、検証した情報が広がるには、みなさんの力が必要です。

X(Twitter)FacebookYouTubeInstagramなどのフォローもよろしくお願いします。またこちらのQRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、真偽が気になる情報について質問すると、AIが関連性の高い過去のJFC記事をお届けします。詳しくはこちらの記事を

もっと見る

ファクトチェックと「プリバンキング」 “情報の空白”を埋める注目の手法【JFC講座 実践編9】

ファクトチェックと「プリバンキング」 “情報の空白”を埋める注目の手法【JFC講座 実践編9】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第8回は、よく質問されるファクトチェックと調査報道や裏取りとの違いについてでした。第9回は世界のファクトチェック事例や新手法を解説します。 (本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています) ファクトチェックの多様な事例 ファクトチェックには原則がありますが、同時に、検証対象の選び方や組織のあり方などは多様です。国内外の事例を紹介します。 Factchek.org ファクトチェック団体としては老舗のFactchek.orgはアメリカ政治に関する偽情報に対応するために、「有権者のための消費者保護センター」を目指して2003年に設立されました。 そのため、主なトピックに並ぶのは「バイデン大統領」「トランプ前大統領」、そして「その他の大統領候補」などアメリカ政治中心です(2024年7月27日現在)。 例えば、「バイデンが不法移民に家賃を支払っているという根拠のない主張」という記事には、見出しに検証対象と検証結果=根拠なしが記され、記事内では検証過程が詳細に記述されていま

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
日本での農地取得、外国人が3分の2? 新聞記事の誤読が拡散【ファクトチェック】

日本での農地取得、外国人が3分の2? 新聞記事の誤読が拡散【ファクトチェック】

「外国人による農地取得が全体の3分の2」という言説が拡散しましたが、誤りです。新聞記事を誤読した投稿が拡散しました。 検証対象 2024年7月20日、日本農業新聞の記事を引用して「これやばいだろ?なんで国は規制しない? 外国人による農地取得が全体の3分の2を占めたらしい」という言説が拡散した。 この投稿は43万以上の閲覧と6900のリポストがある。「農地って簡単に買えるの?」「自国の国民のために農地を開拓しているのかもしれない」というコメントのほか、「記事をちゃんと読みましたか」「日本であっても規制はありますよー」といった指摘もある。 「外国人による農地取得が3分の2を占めた」という言説を検証する。 検証過程 言説に添付されたのは、日本農業新聞が2024年7月20日に配信した記事だ。拡散したスクショは「外国人の農地取得 23年は90ヘクタールに 3分の2が国内在住」という見出しで、7月26日朝の時点では「3分の2」が「国内在住の個人・法人中心」に変わっている。 外国資本が「全体の3分の2」ではない 記事の内容は「外国人もしくはその関係法人が2

By 宮本聖二
最新の複数世論調査でトランプ前大統領がハリス副大統領を大幅リード? 拡散したのは予想サイトの数字【ファクトチェック】

最新の複数世論調査でトランプ前大統領がハリス副大統領を大幅リード? 拡散したのは予想サイトの数字【ファクトチェック】

「最新の複数世論調査でトランプ大統領がカマラ・ハリスを大幅リード」という言説が拡散しましたが誤りです。言説に表示された数字は世論調査の数字ではありません。2024年7月26日現在、最新の世論調査では、両氏の支持率は拮抗しています。 検証対象 2024年7月23日、「最新の複数世論調査でトランプ大統領がカマラ・ハリスを大幅リード/NHKは『僅差』と報道」という言説が拡散した。言説にはまとめサイト「トータルニュースワールド」のリンクが添付されている。 2024年7月26日現在、投稿は1700件以上リポストされ、表示回数は31万件を超える。投稿について「当たり前」「妥当」というコメントがある。 検証過程 数字は予測市場プラットフォームの数字 拡散した言説にはまとめサイト「トータルニュース」のリンクが添付され、「64% Trump」「36% Kamala」と書かれたサムネイルが表示されている。リンク先を確認すると、根拠として「PolyMarket」の数字を集計した一般ユーザーのX投稿を複数取り上げている。 Polymarket(ポリマーケット)は、仮想通

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
ファクトチェックと調査報道 共通する手法と異なる方法論【JFC講座 実践編8】

ファクトチェックと調査報道 共通する手法と異なる方法論【JFC講座 実践編8】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第7回は、ファクトチェックに役立つサイトやツールについてでした。第8回はよく質問されるファクトチェックと調査報道や裏取りとの違いを解説します。 (本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています) ファクトチェックと調査報道の違い 「ファクトチェックは事実を確かめることだから、報道機関は当然どこでもやっているのではないか」とよく聞かれます。 半分正解で半分間違いと言えます。何が共通していて、何が異なるのかを解説していきます。 ファクトチェックとオンライン調査 検証の根拠を公開し、可能な限りユーザーにもアクセス可能にすることが原則のファクトチェックでは、オンライン調査の手法を活用します。 誰でもアクセスできるオープンソースを使うOSINTの重要性は実践編6でも説明した通りです。 OSINTでファクトチェック 公開データを使い真偽を判別する【JFC講座 実践編6】日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第5回は、生成AIで作られる画像

By 古田大輔(Daisuke Furuta)