(動画)アメリカの人気モデルがイスラエル支持を表明?【ファクトチェック】

(動画)アメリカの人気モデルがイスラエル支持を表明?【ファクトチェック】

イスラエル・パレスチナでの武力衝突に関連し、アメリカのファッションモデルのベラ・ハディッドさんが「イスラエルを支持します」と語る動画付き言説が拡散しましたが、誤りです。この動画は2016年のスピーチ映像を改変したものです。

検証対象

2023年10月29日、X(旧Twitter)上でアメリカのファッションモデルであるベラ・ハディッドさんが「イスラエルを支持します」と語る動画が拡散した。このポストは9000回以上リポストされ、表示回数は3034万件を超える。

画像

投稿について「とても嫌だ」とショックを受けるコメントの一方で、「AIによるフェイクだ」という指摘もある。

検証過程

拡散した動画の背景

父がパレスチナ出身のベラ・ハディッドさんはモデルとして活躍するとともに、姉で同じくモデルのジジ・ハディッドさんとともに、パレスチナの平和を訴える発言でも知られる。

今回の武力衝突が始まった後、ジジさんが「イスラエル政府を非難することは反ユダヤ主義ではないし、パレスチナ人を支持することはハマスを支持することでもない」などとInstagramストーリーに投稿。イスラエルを支持する人たちからの批判が報じられ、ベラさんは「殺害予告が殺到している」とInstagramに投稿していた。

動画の発言内容は

拡散した動画は、ベラ・ハディッドさんが「過去の発言についてお詫び申し上げます」と述べて、以下のように話しているものだ。

「こんにちは、ベラ・ハディッドです。2023年10月7日、イスラエルはハマスによる悲劇的な攻撃に直面しました。黙っていられません。過去の発言についてお詫び申し上げます。この悲劇により、私はここにある耐え難い苦痛に目を開かされました。私はテロに対してイスラエルを支持します。私は時間をかけて歴史的背景を真摯に学びました。より確かな理解のうえで、建設的な対話ができることを願っています。ありがとう」

オリジナル動画は2016年のスピーチ

このスピーチはいつのものなのか、ベラさんは本当にこのような発言をしたのかを確認するため、動画の一部を画像として切り抜き、Google画像検索をした。すると、2016年に同じ服装、同じ背景で彼女がスピーチする動画が見つかった。

画像

このオリジナル動画は、ライム病などの患者を支援する非営利団体「Global Lyme Alliance」の2016年のイベントでのベラさんのスピーチだ。2018年にYouTubeに投稿され、自身のライム病との闘病経験を語っている。

拡散した動画にAIによる改変の形跡

オリジナルの動画を1:08ごろから再生すると、口元を除く彼女の身振りや顔の動きが、拡散した動画と一致していることが分かる。

画像

左手が外側に来るタイミングでキャプチャし比較したところ、目線、マイクの影、立ち方は同じだが、拡散した動画の方は口が開いたままだった。

彼女の声と語り口調をAIに学習させて生成した音声を被せて、口の部分を加工してリップシンクロ(口を発話に合わせる)させたものと見られる。

他にも、今回拡散した動画と2018年にYouTubeに投稿された動画の同じ箇所のスクショで比較してみる。前提として、画質は今回拡散した動画の方が荒い。

画像

右のオリジナル動画では、ベラさんの唇が照明を反射して白く輝いて見えるところがある。しかし、左の今回拡散した動画では、ベラさんの唇は赤をベースに反射が少なく平板に見える。これは、AIが唇を「赤」と認識して学習し発話に合わせて唇の動きを再現したことによると考えられる。

音声は、本人の声を取り込んで、声を似せて発言させるツールが各種あり、それを使ったものとみられる。

また、オリジナル動画はYouTubeに2018年に投稿されているのにもかかわらず、拡散した動画は「2023年10月7日、イスラエルはハマスによる悲劇的な攻撃に直面しました」と最近の日付を口にしており、ここからも明らかに改変されていることがわかる。

AFP通信も11月4日、「ベラ・ハディッドのディープフェイクがイスラエルについての彼女の発言を誤って伝える」という題のファクトチェック記事を配信し、動画は改変されたものと指摘している。

判定

パレスチナ系アメリカ人の父を持つモデルのベラ・ハディットさんが「自らの過去の発言を謝罪し、イスラエルを支持するとスピーチした」は、誤り。2016年のスピーチの映像を加工した偽の動画である。

あとがき

動画による誤情報 / 偽情報が急激に増えています。過去の映像や関係のない場所、出来事の映像を使って全く異なる文脈やナレーション、字幕がつけられて拡散するものが今も主流ですが、近年はAIによって生成・加工された映像も増えています。

AIによって生成された映像は、徐々に精巧になりつつあり見極めるのは容易ではありません。現時点では、人物の表情や指、髪など細部に不自然な点はないかで確認できることもあります。オリジナル動画がないか、出典はどこか。当事者や公的機関などの発信はないかを調べることも重要です。

また今回のように、声を真似て、発言を捏造できるツールもあり、一層の注意が必要です。

検証:木山竣策、堀口野明
編集:宮本聖二、藤森かもめ、古田大輔、野上英文

イスラエル・パレスチナをめぐる検証まとめ

イスラエル・パレスチナ情勢をめぐり大量の誤情報/偽情報 検証方法を解説【ファクトチェックまとめ】
イスラエル・パレスチナの武力衝突に関連し、大量の誤情報/偽情報が世界的に拡散しています。互いの憎悪を煽るような投稿もあり、混乱に拍車をかけています。日本ファクトチェックセンター(JFC)がこれまでに検証した事例とともに、対応策をまとめました。 ※新たな検証があれば記事を更新します(最終更新2023年11月17日)。 対立煽る誤情報/偽情報 間違った情報に関して、一般的には「フェイクニュース」や「デマ」という言葉が使われることが多いですが、その内実は複雑です。 真偽が不確かな情報で社会が混乱する「情報汚染」を情報の意図と正誤で3つに分類すると、図のようになります。「誤情報:意図的ではないが誤っている」「悪意ある情報:意図的だが誤っていない」「偽情報:意図的に誤っている」の3つです。 ロシアとウクライナの戦争がそうであるように、イスラエル・パレスチナをめぐっても、大量の誤情報/偽情報/悪意ある情報が拡散しています。情報汚染は対立を煽り、混乱を悪化させます。発信元の確認や他の情報源との比較をするようにしましょう。 誤情報/偽情報の検証方法 大量に流れる情

判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

東京都議選、偽誤情報の影響は/検証5本・関連18本【今週のファクトチェック】

東京都議選、偽誤情報の影響は/検証5本・関連18本【今週のファクトチェック】

東京都議選が始まりました。2024年の兵庫県知事選をきっかけにネット上の真偽が不確かな情報が投票に大きな影響を与えることが日本でもようやく認識されるようになり、新聞社やテレビ局などもファクトチェックを始める動きが出ています。ただ、一人を選ぶ大統領選型の知事選と異なり、都議選のように候補者も当選者も多い選挙では、対決型の構図が作りにくく、偽・誤情報も何か1つの大きなナラティブ(物語の語り口)を形成するというよりは、様々なテーマが同時多発的に広がり、検証対象を選びにくくなりがちです。選挙結果だけではなく、そのような選挙の信頼性・正当性を貶めるような情報にどのように対応していくかも注目されます。(古田大輔) ※今週から冒頭にミニコラムをつけるようにしました。ご意見・ご感想などはこちら。 ✉️日本ファクトチェックセンター(JFC)がこの1週間に出した記事を中心に、その他のメディアも含めて、ファクトチェックや偽情報関連の情報をまとめました。同じ内容をニュースレターでも配信しています。登録はこちら。 JFCからのお知らせ JFCファクトチェック講師養成講座はこちら

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
アメリカ産のミニマムアクセス米は除草剤などで健康に影響? 輸入時に安全検査

アメリカ産のミニマムアクセス米は除草剤などで健康に影響? 輸入時に安全検査

「アメリカ産のミニマムアクセス米には、除草剤・殺虫剤等が頻繁に使われていて健康に影響がある」という趣旨の投稿がXで拡散しましたが、誤りです。アメリカ産に限らず、政府が輸入するコメは、農林水産省と厚生労働省が安全検査をしており、基準に満たないコメは輸出国に送り返したり、廃棄したりしています。 検証対象 2025年6月6日、「アメリカ産のミニマムアクセス米には、除草剤・殺虫剤等が頻繁に使われている」という趣旨の投稿がXで拡散した。 投稿には、ニュース番組のような動画が添付され、小泉進次郎農水相が「備蓄米を使い終わったら、ミニマムアクセス米も含め、あらゆる選択肢を考えてコメ価格の高騰を落ち着かせる」などと話している。 また、動画には「ミニマムアクセス米という、除草剤、殺虫剤等の農薬が頻繁に使われていて、発がん性、内分泌かく乱作用、生殖能力への影響などの懸念があり、生態系への影響も指摘されているアメリカ産米」という文言も添えられている。 コメントには、「日本人の身体どうなってしまうんだろう?」や「米国の生産者は残留農薬のことなんてアタマにありませんから」などの意

By 根津 綾子
シンガポールでワクチン接種拒否が犯罪に?  法律の変更はなく当局も否定【ファクトチェック】

シンガポールでワクチン接種拒否が犯罪に? 法律の変更はなく当局も否定【ファクトチェック】

シンガポールでワクチン接種を拒むと犯罪として処罰される法案が通ったという趣旨の情報が拡散しましたが、誤りです。シンガポールには、1977年から、感染症の流行が差し迫った状況に限ってワクチン接種を義務づけることができる法律がありますが、法律が新たに変更されたわけではなく、当局も否定しています。 検証対象 2025年5月13日、「シンガポール『ワクチン接種拒否』を犯罪化/国が義務付けた接種を拒否すると、懲役6ヶ月、さらに常習犯の場合は懲役1年の刑」という投稿が拡散した。 この投稿は、2025年5月12日の別の人物による英語の投稿を引用リポストする形で、日本語で要約したものだ。英語の投稿にはSlay Newsという、アメリカに拠点を置く独立系メディアで、2025年5月7日付の記事リンクがついている。 記事は「シンガポール国民、ワクチン拒否で投獄の可能性――政府が『反ワクチン派』を犯罪者扱いするよう法律を改正」というタイトルで、マイクロソフト共同創業者でワクチン普及を推進しているビル・ゲイツ氏の訪問が法改正に影響したと示唆している。 2025年6月5日現在、拡散

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
石破首相が海外から研究者を呼ぶために10兆円使う? 大学ファンドの一部 【ファクトチェック】

石破首相が海外から研究者を呼ぶために10兆円使う? 大学ファンドの一部 【ファクトチェック】

石破茂首相が海外から研究者を呼ぶために10兆円使うと宣言したという投稿が拡散しましたが、誤りです。もともと準備されている「10兆円規模の大学ファンド」の一部を活用する考えを示しただけです。 検証対象 2025年6月7日、「石破総理、海外から研究者を呼ぶために10兆円使うと宣言。なお、日本政府が日本人の子どもに使う教育予算は4兆円です」という投稿が拡散した。 2025年6月10日現在、この投稿は1.7万件以上リポストされ、表示回数は320万回を超える。投稿について「ほら、財源あるんじゃん」「狂ってる」というコメントの一方で「流石にミスリーディング」という指摘もある。 検証過程 リンクの記事が言及しているのは「10兆円ファンド」 拡散した投稿にはTBS NEWS DIGが2025年6月4日にYahoo!ニュースに配信した「【速報】トランプ政権が大学への圧力を強める中 日本政府10兆円ファンド活用し海外研究者を招へいへ 石破総理が表明」という記事が添付されている。 記事では、トランプ政権がアメリカの大学への圧力を強める中で「石破総理は10兆円ファンドも

By 木山竣策

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は6月21日(土)午後2時~3時半で、お申し込みはこちら。 https://jfckousiyousei0621.peatix.com 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にどのよう

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験  教材と申し込みはこちら

JFCファクトチェッカー認定試験  教材と申し込みはこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)