シンガポールでワクチン接種拒否が犯罪に? 法律の変更はなく当局も否定【ファクトチェック】

シンガポールでワクチン接種を拒むと犯罪として処罰される法案が通ったという趣旨の情報が拡散しましたが、誤りです。シンガポールには、1977年から、感染症の流行が差し迫った状況に限ってワクチン接種を義務づけることができる法律がありますが、法律が新たに変更されたわけではなく、当局も否定しています。
検証対象
2025年5月13日、「シンガポール『ワクチン接種拒否』を犯罪化/国が義務付けた接種を拒否すると、懲役6ヶ月、さらに常習犯の場合は懲役1年の刑」という投稿が拡散した。

この投稿は、2025年5月12日の別の人物による英語の投稿を引用リポストする形で、日本語で要約したものだ。英語の投稿にはSlay Newsという、アメリカに拠点を置く独立系メディアで、2025年5月7日付の記事リンクがついている。
記事は「シンガポール国民、ワクチン拒否で投獄の可能性――政府が『反ワクチン派』を犯罪者扱いするよう法律を改正」というタイトルで、マイクロソフト共同創業者でワクチン普及を推進しているビル・ゲイツ氏の訪問が法改正に影響したと示唆している。
2025年6月5日現在、拡散した投稿は41万回以上の閲覧回数と1400件以上のリポストを獲得している。
検証過程
ワクチン接種の義務化は1976年、ただし緊急時に限定
拡散した投稿は「国が義務付けた接種を拒否すると、懲役6ヶ月、さらに常習犯の場合は懲役1年の刑」と述べている。シンガポールでは、ワクチン接種を拒否すると罪に問われるのか。日本ファクトチェックセンター(JFC)は、シンガポールの法令サイトを確認した。
感染症の予防と管理、公衆衛生上の脅威や緊急事態への対処について定めた「1976年感染症法(Infectious Disease Act 1976)」の47条は「シンガポール国内のある地域で感染症の流行が差し迫っている」「公共の安全を確保するために、その措置が必要または適切である」と状況を限定したうえで、「ワクチン接種またはその他の予防措置を受けるよう命じることができる」と定めている。
つまり、シンガポール当局は、公衆衛生上、非常に差し迫った状況においてのみ、ワクチン接種を命じることができる。
違反した場合の罰則は
1976年感染症法は公衆衛生上の差し迫った状況に期間を限定したうえで「初犯は1万シンガポールドル以下の罰金、6か月以下の懲役、またはその両方。再犯以降は、2万シンガポールドル(約111万円)以下の罰金、12か月以下の懲役、またはその両方に処される」と定めている(シンガポール法令オンライン“1976年感染症法(Infectious Disease Act 1976)”)。
つまり、命令に違反した場合は罰金や懲役があるが、政府が感染症などによる深刻な公衆衛生上のリスクがあると判断し、特別な措置を講じる必要があると宣言している期間中に限った罰則だ。
当局が法改正を否定
ゲイツ氏はワクチンの普及活動をしていることから、ワクチンに関わる偽情報や陰謀論の標的にされやすい。過去にも、JFCや世界のファクトチェック団体が繰り返し検証し、「誤り」「根拠不明」などと判定している(JFC、BBC)。
ゲイツ氏は、2025年5月上旬にシンガポールで開かれたフィランソロピー・アジア・サミットに参加するためシンガポールを訪問した(Forbes、Straits Times)。
この訪問を受け、「ゲイツ氏の訪問により、ワクチンの接種拒否が犯罪化された」という趣旨の情報が複数拡散したが、当局は否定している。
シンガポール保健省は2025年6月3日、「シンガポールは、ビル・ゲイツ氏の最近の訪問後にワクチン接種に関するいかなる法律も制定していない」と否定するプレスリリースを出している(シンガポール保健省「CLARIFICATIONS ON FALSE CLAIMS: COVID-19 AUTOPSY AND VACCINATION LAWS IN SINGAPORE」)。
AFP通信は「誤り」と判定
拡散した言説はAFP通信もファクトチェックして、「誤り」と判定している(AFP “Bill Gates' trip to Singapore falsely linked to 'vaccine mandate' claims” )。
判定の根拠の一つとして、AFPは、シンガポール経営大学の法学准教授ユージーン・タン氏のコメントを紹介している。
「ワクチンを義務化するためには、当局は、2つの条件を満たしていることを証明しなくてはならない。(中略)実際にワクチン接種が命令される可能性は非常に低い」(AFP “Bill Gates' trip to Singapore falsely linked to 'vaccine mandate' claims”)
判定
シンガポールの「1976年感染症法」には、ワクチン接種を義務づけ、違反者には罰金刑や懲役刑を科す条文がある。ただし、この条文が適用されるのは、感染症の流行が差し迫っているなどの場合に限られる。また、この法律の施行は2025年5月のゲイツ氏のシンガポール訪問とは無関係だ。よって、ゲイツ氏の訪問をきっかけに拡散した「シンガポールでワクチン接種拒否が犯罪になる」という言説は誤りと判定する。
出典・参考
Chin Hui Shan. “Gates Foundation to open office in Singapore”. 6 May, 2025. https://www.straitstimes.com/singapore/gates-foundation-to-open-office-in-singapore, (閲覧日2025年6月5日).
Dene Chen & AFP Australia. “Bill Gates' trip to Singapore falsely linked to 'vaccine mandate' claims”. AFP Fact Check. June 4, 2025. https://factcheck.afp.com/doc.afp.com.48HB6WD, (閲覧日2025年6月5日).
Jonathan Burgos. “Gates Foundation Opening Singapore Office To Deepen Southeast Asia Partnerships”. 5 May, 2025. https://www.forbes.com/sites/jonathanburgos/2025/05/05/gates-foundation-opening-singapore-office-to-deepen-southeast-asia-partnerships/, (閲覧日2025年6月5日).
Ministry of Health Singapore. “CLARIFICATIONS ON FALSE CLAIMS: COVID-19 AUTOPSY AND VACCINATION LAWS IN SINGAPORE”. June 3, 2025. https://www.moh.gov.sg/newsroom/clarifications-on-false-claims--covid-19-autopsy-and-vaccination-laws-in-singapore/, (閲覧日2025年6月5日).
Singapore Statutes Online. “Infectious Diseases Act 1976”. https://sso.agc.gov.sg/Act/IDA1976?WholeDoc=1, (閲覧日2025年6月5日).
Philanthropy Asia Alliance. “Philanthropy Asia Summit 2025”. Philanthropy Asia Alliance. https://philanthropyasiaalliance.org/events/info/philanthropy-asia-summit-2025#-pas-2025--priming-asia-for-good, (閲覧日2025年6月6日).
BBC News. “Bill Gates: The billionaire philanthropist who is a target for conspiracy theories”. 2020年5月30日. https://www.bbc.com/news/52847648, (閲覧日2025年6月6日).
ウォール・ストリート・ジャーナル. “ビル・ゲイツ氏、ワクチン特許の解放に反対”. The Wall Street Journal. 2020年4月18日. https://jp.wsj.com/articles/SB10894208827136204308604586330300244492740, (閲覧日2025年6月6日).
検証:リサーチチーム
編集:藤森かもめ、古田大輔
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