飛行機雲は「ケムトレイル」でワクチン混じり? 世界で繰り返し拡散する陰謀論【ファクトチェック】

飛行機雲は「ケムトレイル」でワクチン混じり? 世界で繰り返し拡散する陰謀論【ファクトチェック】

飛行機雲は実は雲ではなく、闇の勢力が危険な化学物質を散布する「ケムトレイル」だという陰謀論が存在します。最近ではワクチン成分が含まれているという情報が拡散しましたが、誤りです。「ケムトレイル」は存在せず、飛行機雲は航空機の飛行で生じる水蒸気や二酸化炭素などによる線状の雲です。各国の公的機関やファクトチェック機関などが「根拠のない主張」として、度々、否定しています。

検証対象

拡散した言説

2025年10月18日、「最近ではワクチン成分が撒かれているらしい」という文言付きの動画がXで拡散した。動画は飛行機雲は、実は危険な化学物質の「ケムトレイル」だという陰謀論に基づいている。

検証する理由

10月22日現在、投稿は860回以上リポストされ、表示は6万件を超える。

投稿には「なんでここの人達はこんな陰謀論を信じ込むんだよ」などの指摘がある一方、「ケムトレイルの恐怖😰」「岸田が コロナワクチンが大量に余って 捨てた と言ってたから 捨てるって空しかないでしょ」など同調するコメントも多数ある。

ケムトレイルは根拠のない陰謀論として、何度も繰り返し拡散しており、日本ファクトチェックセンター(JFC)でも2022年9月に検証している(JFC”ケムトレイル:政府が飛行機雲で有害物質を空から散布している?”)。改めて検証する。

検証過程

拡散したのは陰謀論アカウントの動画

拡散した動画は33秒。航空機から白い煙が大量に出ている映像や、機内と見られる場所に薬品の容器のようなものがたくさん並んだ映像に、「あなたとあなたの子供が虫のように殺虫剤を浴びせられている証拠」というテロップがついている。

動画にはインスタグラムの「inbo_ga_tokihanata_reru」というアカウント名のテロップがある。

このアカウントのプロフィール欄には「唯一の真実を知る」という本の紹介サイトのURLが記載されており、「9.11はアメリカによる演出だった?!」「フリーメイソン衝撃の人物3選」など、典型的な陰謀論の動画を多数公開している。

ケムトレイルとは

米環境保護局(EPA)は公式サイトにケムトレイルに関する見解をまとめている。概要は次の通りだ。

「『ケムトレイル』(Chemtrails)は『ケミカルトレイル』(Chemical trails)を短縮した用語で、日常的な航空交通によって生じる飛行機雲(contrails)が、危険な化学物質や生物学的薬剤を人口管理・マインドコントロール・地球工学、または気象改変といった悪意ある目的のために高高度で意図的に放出しているという不正確な主張をする際に一部の人々が使用する用語」。

つまり、EPAはケムトレイルを根拠のない不正確なものと位置づけており、実際には水蒸気や二酸化炭素、硫黄酸化物(SOx)、炭化水素(HC)、すすなどの粒子からなる飛行機雲(contrails)だと説明している。また、EPAは、航空機から人為的に撒かれるのは「農業用の殺虫剤や肥料、消防活動用の難燃剤や水などで、高高度飛行のジェット機ではなく、低高度飛行のプロペラ機により散布される」と説明している(以上、EPA”Information on Contrails from Aircraft”、2025年7月22日最終更新)。

英国でも、王立航空協会(RAeS)が、公式サイトのQ&Aに「ケムトレイルが散布されているという信頼できる証拠は存在しない」と書いている(RAeS”Guidance Aircraft contrails Effects on climate and health”)。

ワクチンの効果を維持して散布は困難

ワクチンの成分は不安定で、管理が非常に難しいとされている。

一般社団法人・日本ワクチン産業協会がまとめたワクチンの輸送・保管に関する注意事項には、ワクチン類が生物由来の原料を使用している極めて不安定な製剤であり、保管及び輸送に当たっては、遮光や温度管理を徹底しないと有効性が保てなくなる可能性があると書いてある(日本ワクチン産業協会”ワクチン類の取り扱いについて 輸送・保管における注意点”p1)。

つまり、空中散布すれば温度管理も遮光もままならず、ワクチンは効果を失う可能性が高い。

誤情報の再拡散

日本ファクトチェックセンター(JFC)は過去にもたびたびケムトレイルに関する情報を検証し、「誤り」と判定している(”今年の花粉は2011年の約10万倍?急増していないし、ケムトレイルの影響でもない【ファクトチェック】”)。

AFP通信や英FullFactなどもケムトレイルに関する情報をファクトチェックし、「陰謀論」「誤り」などと判定している(AFP”Doctored TV programme revives widely-debunked 'chemtrails' conspiracy”、Full Fact”Video of pilot ‘fired for refusing to spray chemtrails’ is German satirical skit”

判定

繰り返し拡散してきたケムトレイルの「陰謀論」について、今回はワクチン成分が含まれているらしいという情報が拡散した。ケムトレイルは、各国の公的機関やファクトチェック機関などが否定している陰謀論だ。また、ワクチンは温度や光の影響を受けやすいため、空中散布は現実的ではない。よって、誤りと判定する。

あとがき

「陰謀」とは「密かに準備され、実行される計画」を意味します。歴史上、様々な「陰謀」が存在します。国家レベルのものもあれば、企業レベル、個人レベルのものもあります。

1972年にアメリカのニクソン大統領(当時)が民主党本部に盗聴器を仕掛けようとし、さらに隠蔽工作まであったウォーターゲート事件。日本では1582年に明智光秀が織田信長を急襲した本能寺の変も陰謀と言えるでしょう。

一方で、「陰謀論」とは「根拠もなく『これは陰謀だ』と決めつける言説」です。「世界は闇の政府に支配されている」とか「ワクチンで人口削減を狙っている」などが典型的な陰謀論です。

陰謀論の特徴は、何度も繰り返して拡散することです。ケムトレイルも最初に拡散したのは1990年代。ソーシャルメディアに繰り返し投稿されるため、日本でも月数千人はGoogleで「ケムトレイル」と検索しています。

客観的・科学的根拠に基づいた記事を書いて検索結果の上位に表示されなければ、検索結果から陰謀論にたどり着き、新たな陰謀論者を生む危険性があります。JFCが繰り返し検証記事を出す理由もそこにあります。

出典・参考

JFC.”ケムトレイル:政府が飛行機雲で有害物質を空から散布している?”.https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/environment/chemtrail-government-airborne-dispersion-harmful-substances-false/,(閲覧日2025年10月22日).

EPA.”Information on Contrails from Aircraft What is intentionally sprayed from airplanes?”.2025年7月22日最終更新,https://www.epa.gov/regulations-emissions-vehicles-and-engines/Contrails#sprayed-airplane,(閲覧日2025年10月22日).

RAeS.”Guidance Aircraft contrails Effects on climate and health”.https://www.gov.uk/government/publications/contrails-and-chemtrails-frequently-asked-questions/contrails,(閲覧日2025年10月22日).日本ワクチン産業協会.”ワクチン類の取り扱いについて 輸送・保管における注意点”.http://www.wakutin.or.jp/medical/pdf/toriatsukai_2024.pdf,(閲覧日2025年10月22日).

JFC.”今年の花粉は2011年の約10万倍?急増していないし、ケムトレイルの影響でもない【ファクトチェック】”.https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/environment/this-years-pollen-2011-levels-100000-times-increase-false-no-chemtrail-impact/,(閲覧日2025年10月22日).

AFP.”Doctored TV programme revives widely-debunked 'chemtrails' conspiracy”.https://factcheck.afp.com/doc.afp.com.36ZH8NR,(閲覧日2025年10月22日).

Full Fact.”Video of pilot ‘fired for refusing to spray chemtrails’ is German satirical skit”.https://fullfact.org/environment/pilot-fired-refused-spray-chemtrails-satire/,(閲覧日2025年10月22日).

検証:根津綾子
編集:藤森かもめ、古田大輔


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

中国人留学生は学費がほぼ無料?  政府奨学金は各国からの留学生の2.8%【ファクトチェック】(修正あり)

中国人留学生は学費がほぼ無料? 政府奨学金は各国からの留学生の2.8%【ファクトチェック】(修正あり)

「日本人が奨学金を借りると、就職後に借金を返さなければならないが、中国人留学生は学費がほぼ無料」という趣旨の投稿が多数拡散していますが、ミスリードで不正確です。日本政府の奨学金をもらって入学金や授業料が免除される国費留学生は留学生全体の2.8%、中国人はそのうち1割弱です。ほとんどの留学生は学費を負担しています。 検証対象 拡散した言説 日本へ来た中国人留学生は学費が免除されて不公平だという趣旨の投稿が多数拡散している(例1,2,3,4)。 例1は2025年9月25日にTikTokへ投稿され、閲覧回数は3.5万回を超えている。42秒間の動画では、若い男女が登場し、「中国人留学生爆増!」「日本に移住すれば大学までほぼ学費が無料」「教育無償化の政策と移民受け入れとの政策とのコンボで合法的に無料にできる」「在留外国人の人数が 400 万人を超えています」などと訴えている。 例2,3,4は「中国人留学生は、生活困窮をでっち上げるだけで学費免除」「中国人留学生に毎月17万円の現金を渡し 学費は免除」「自民党による中国人留学生への援助 凄いことになってる」などと主

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
これまでの方法論が通用しない動画の偽・誤情報の急増にどう対応するか/JFC検証など6本【今週のファクトチェック】

これまでの方法論が通用しない動画の偽・誤情報の急増にどう対応するか/JFC検証など6本【今週のファクトチェック】

数年前までは偽・誤情報が拡散するソーシャルメディアと言えば、日本ではTwitter(現在のX)が中心でした。しかし、現在はそうではありません。YouTube、TikTokで大量の真偽不明情報が拡散するようになっています。 動画の検証は厄介です。100字程度の文字情報と違い、ショート動画でも1分程度、長いものなら1時間を超える動画は、全体を見るだけでも苦労します。その中でどこが間違っているかを特定し、検証しないといけない。 もう一つ、難点があります。文字情報であれば、そこには間違っているとしても論拠や論理がある程度は存在します。そうしないと文章として読みにくいものになるからです。 一方で動画は、抽象的な話が続いて、論拠をはっきり示さず、論理もあやふやという事例が数多くあります。「意見」なのか「事実の提示」かもはっきりしない。同じような分析は海外のファクトチェッカーからも聞かれます。 これまでのファクトチェックの方法論が通用しない動画の急増にどう対応するか。喫緊の課題です(古田大輔)。 ✉️日本ファクトチェックセンター(JFC)がこの1週間に出した記事を中心に、その他

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
在留外国人の検挙割合は日本人の約2倍? 元資料の注釈を省略【ファクトチェック】

在留外国人の検挙割合は日本人の約2倍? 元資料の注釈を省略【ファクトチェック】

参政党の神谷宗幣代表が「在留外国人の検挙割合は日本人の約2倍だ」とする画像をXに投稿して拡散しましたが、ミスリードで不正確です。画像は警察庁の資料をもとにしていますが、警察庁は日本ファクトチェックセンター(JFC)の取材に「外国人と日本人を正確に比較できる統計の特定は困難」と説明しています。警察庁は神谷氏から求めがあったため、注釈付きで「統計を便宜的に分母・分子に当てはめて算出した数値を提供した」と話しています。拡散した画像は、そういった注釈を省き、単純に比較できないデータを並べています。 検証対象 拡散した言説 2025年9月20日、神谷氏が「大量の移民の受け入れは治安の維持にも影響します。警察や入管の体制ももっと強化せねば、今のやり方は必ず問題を大きくします」という文言とともに、「外国人の検挙割合は、日本人の約2倍」と書かれた画像を投稿した。 検証する理由 政党代表の投稿であり、2025年10月16日現在、この投稿は1.2万回以上リポストされ、表示回数は238万回を超える。投稿について「ほんとこれ」「移民はいったんストップして欲しい」というコメン

By 木山竣策
自民・高市早苗総裁の支持率が80%? 「女性首相誕生」に関する設問【ファクトチェック】

自民・高市早苗総裁の支持率が80%? 「女性首相誕生」に関する設問【ファクトチェック】

自民・高市早苗総裁の支持率が80%であるかのような投稿が拡散しましたが、ミスリードで不正確です。10月4-6日の共同通信による世論調査で、高市氏が首相に就けば史上初となる女性首相の誕生は「望ましい」が「どちらかといえば」を合わせて86.5%でしたが、これは「女性首相の誕生」に関する設問です。公明党連立離脱後の10日に実施された各社の世論調査は、高市氏が首相になった場合の支持率が40-50%ほどでした。 検証対象 拡散した言説 2025年10月14日、「【報道しない自由】高市さん支持率、脅威の80%」という投稿がXで拡散した。 検証する理由 10月16日現在、投稿は1.5万回以上リポストされ、表示は379.6万件を超える。 投稿には「ないない・80もあったら議員会館に引きこもりはしません」「私も高市さん支持してるけど、この数字の妥当性は低そう」などの指摘の一方で、「メディアが叩けば叩くほど、国民は高市さんが国民側の人間だという事の証明となる」「民意が反映されない おかしい日本」など同調するコメントが多数ある。 検証過程 投稿はまとめサイトによ

By 根津 綾子(Ayako Nezu)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は11月28日(土)午後5時~6時30分で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei1128.peatix.com/view 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にど

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験

JFCファクトチェッカー認定試験

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)