自分の畑で採れた種を蒔くと最大懲役10年の刑罰を課される?【ファクトチェック】

自分の畑で採れた種を蒔くと最大懲役10年の刑罰を課される?【ファクトチェック】

農作物の種や苗に関する法律・種苗法の一部改正によって、「自分の畑で採れた種を蒔くと刑罰を課される」という情報が拡散していますが、これは不正確です。刑罰の対象となるのは、新品種を開発した育成者が生産や増殖、販売を独占する権利を持つ「登録品種」の無断利用に限られます。

検証対象

「自分の畑で採れた種を来年以降に蒔くと最大懲役10年の刑罰を課されるように今年の4月からなっている」などというツイートが拡散している。種苗法の一部改正のうち、2022年4月に施行された「自家増殖(収穫物の一部を次の作付けのための種苗として用いること)の見直し」に関連したものだ。

画像

2022年10月24日時点で2900件以上の「いいね」、1500件以上のリツイートがつき、「この動画を見て知りました」などのコメントがある一方で、「自家増殖は一律禁止にはなりません」との指摘もある。動画は現在、Twitter上では「センシティブな内容が含まれている可能性のあるメディア」と表示され、クリックしなければ再生されない(設定にもよる)。

「自分の畑で採れた種を蒔くと最大懲役10年の刑罰を課される」という言説を検証する。

検証過程

農水省「不正確な情報」

日本ファクトチェックセンター(JFC)が農水省知的財産課に問い合わせたところ、担当者は「不正確な情報です。一律で禁止になるわけではなく、登録品種に限られます」と説明した。

また、テロなどを念頭においた共謀罪の対象となる277のカテゴリーに種苗法が入っていることについては、「共謀罪は違法行為を目的とする組織的犯罪集団に適用されます。自家増殖は自分の範囲内ですることなので、組織的犯罪集団に適用される共謀罪には当たりません」という。

農水省「改正種苗法について〜法改正の概要と留意点〜2021年4月」にも、「法改正によって登録品種については、農業者による増殖は育成者権者の許諾を必要とする(毎年種苗を購入している場合等は除く)」(17ページ)と明記され、個人の故意の行為には刑事罰として「懲役10年以下、罰金1千万円以下 (併科可能)」(5ページ)などと記されている。

種苗法とは

種苗法は「優良な品種を保護し新品種の開発を促進する制度」(5ページ)で、新品種の開発者は種苗法に基づいて品種登録を受けることができる。登録品種の「増殖や栽培には開発者の許諾が必要(改正法では自家増殖にも許諾が必要)」(7ページ)だ。例として、病害に強い梨「ゴールド二十世紀」や、寒さに強く美味しい米「きらら397」を挙げている。一方、登録品種以外の全ての品種である一般品種についての利用条件はない。

改正のポイント

改正種苗法の柱の一つは、優良品種の海外流出を抑制することだ。登録品種が販売された後に海外に持ち出されることは、改正前の種苗法では違法でなかった。一方で、自家増殖された登録品種の種苗を海外に持ち出すことは、改正前から違法だった。

しかし、「①登録品種の増殖実態の把握や疑わしい増殖の差止め、②刑事罰の適用や賠償請求に必要な故意や過失の証明が困難なことから、事実上販売や海外持ち出しの抑止が不可能」(9ページ)だった。

そのため「法改正によって登録品種については、農業者による増殖は育成者権者の許諾を必要とする(毎年種苗を購入している場合等は除く)」(17ページ)とされた。

農水省が改正を説明した「なぜ種苗法を改正するのですか」という資料では「自家増殖が一律禁止とはなりません。現在利用されているほとんどの品種は一般品種であり、今後も自由に自家増殖ができます」(2ページ)とも記されている。

つまり、自家増殖が禁止となるのは一部の場合を除く登録品種に限られ、一般品種は改正後も禁止されない。

判定

以上の取材から、改正種苗法では、毎年種苗を購入している場合等を除き、個人の故意の行為によって登録品種を育成者権者の許諾なく自家増殖した場合、「懲役10年以下、罰金1千万円以下 (併科可能)」の刑事罰が科される可能性はあるが、「自分の畑で採れた種を蒔くと最大懲役10年の刑罰を課される」という言説は不正確。

検証:落合俊
編集:野上英文、藤森かもめ、古田大輔

修正

「センシティブな内容が含まれている可能性のあるメディア」の説明部分をより詳しく修正しました。


検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。

「ファクトチェックが役に立った」という方は、シェアやいいねなどで拡散にご協力ください。誤った情報よりも、検証した情報が広がるには、みなさんの力が必要です。

X(Twitter)FacebookYouTubeInstagramなどのフォローもよろしくお願いします。またこちらのQRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、真偽が気になる情報について質問すると、AIが関連性の高い過去のJFC記事をお届けします。詳しくはこちらの記事を

もっと見る

ファクトチェックと「プリバンキング」 “情報の空白”を埋める注目の手法【JFC講座 実践編9】

ファクトチェックと「プリバンキング」 “情報の空白”を埋める注目の手法【JFC講座 実践編9】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第8回は、よく質問されるファクトチェックと調査報道や裏取りとの違いについてでした。第9回は世界のファクトチェック事例や新手法を解説します。 (本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています) ファクトチェックの多様な事例 ファクトチェックには原則がありますが、同時に、検証対象の選び方や組織のあり方などは多様です。国内外の事例を紹介します。 Factchek.org ファクトチェック団体としては老舗のFactchek.orgはアメリカ政治に関する偽情報に対応するために、「有権者のための消費者保護センター」を目指して2003年に設立されました。 そのため、主なトピックに並ぶのは「バイデン大統領」「トランプ前大統領」、そして「その他の大統領候補」などアメリカ政治中心です(2024年7月27日現在)。 例えば、「バイデンが不法移民に家賃を支払っているという根拠のない主張」という記事には、見出しに検証対象と検証結果=根拠なしが記され、記事内では検証過程が詳細に記述されていま

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
日本での農地取得、外国人が3分の2? 新聞記事の誤読が拡散【ファクトチェック】

日本での農地取得、外国人が3分の2? 新聞記事の誤読が拡散【ファクトチェック】

「外国人による農地取得が全体の3分の2」という言説が拡散しましたが、誤りです。新聞記事を誤読した投稿が拡散しました。 検証対象 2024年7月20日、日本農業新聞の記事を引用して「これやばいだろ?なんで国は規制しない? 外国人による農地取得が全体の3分の2を占めたらしい」という言説が拡散した。 この投稿は43万以上の閲覧と6900のリポストがある。「農地って簡単に買えるの?」「自国の国民のために農地を開拓しているのかもしれない」というコメントのほか、「記事をちゃんと読みましたか」「日本であっても規制はありますよー」といった指摘もある。 「外国人による農地取得が3分の2を占めた」という言説を検証する。 検証過程 言説に添付されたのは、日本農業新聞が2024年7月20日に配信した記事だ。拡散したスクショは「外国人の農地取得 23年は90ヘクタールに 3分の2が国内在住」という見出しで、7月26日朝の時点では「3分の2」が「国内在住の個人・法人中心」に変わっている。 外国資本が「全体の3分の2」ではない 記事の内容は「外国人もしくはその関係法人が2

By 宮本聖二
最新の複数世論調査でトランプ前大統領がハリス副大統領を大幅リード? 拡散したのは予想サイトの数字【ファクトチェック】

最新の複数世論調査でトランプ前大統領がハリス副大統領を大幅リード? 拡散したのは予想サイトの数字【ファクトチェック】

「最新の複数世論調査でトランプ大統領がカマラ・ハリスを大幅リード」という言説が拡散しましたが誤りです。言説に表示された数字は世論調査の数字ではありません。2024年7月26日現在、最新の世論調査では、両氏の支持率は拮抗しています。 検証対象 2024年7月23日、「最新の複数世論調査でトランプ大統領がカマラ・ハリスを大幅リード/NHKは『僅差』と報道」という言説が拡散した。言説にはまとめサイト「トータルニュースワールド」のリンクが添付されている。 2024年7月26日現在、投稿は1700件以上リポストされ、表示回数は31万件を超える。投稿について「当たり前」「妥当」というコメントがある。 検証過程 数字は予測市場プラットフォームの数字 拡散した言説にはまとめサイト「トータルニュース」のリンクが添付され、「64% Trump」「36% Kamala」と書かれたサムネイルが表示されている。リンク先を確認すると、根拠として「PolyMarket」の数字を集計した一般ユーザーのX投稿を複数取り上げている。 Polymarket(ポリマーケット)は、仮想通

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
ファクトチェックと調査報道 共通する手法と異なる方法論【JFC講座 実践編8】

ファクトチェックと調査報道 共通する手法と異なる方法論【JFC講座 実践編8】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第7回は、ファクトチェックに役立つサイトやツールについてでした。第8回はよく質問されるファクトチェックと調査報道や裏取りとの違いを解説します。 (本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています) ファクトチェックと調査報道の違い 「ファクトチェックは事実を確かめることだから、報道機関は当然どこでもやっているのではないか」とよく聞かれます。 半分正解で半分間違いと言えます。何が共通していて、何が異なるのかを解説していきます。 ファクトチェックとオンライン調査 検証の根拠を公開し、可能な限りユーザーにもアクセス可能にすることが原則のファクトチェックでは、オンライン調査の手法を活用します。 誰でもアクセスできるオープンソースを使うOSINTの重要性は実践編6でも説明した通りです。 OSINTでファクトチェック 公開データを使い真偽を判別する【JFC講座 実践編6】日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第5回は、生成AIで作られる画像

By 古田大輔(Daisuke Furuta)