衆院憲法審査会が緊急事態条項を3月27日に採決? 採決の予定は無い【ファクトチェック】

衆院憲法審査会が緊急事態条項を3月27日に採決? 採決の予定は無い【ファクトチェック】

緊急時に政府の権限を一時的に強める憲法改正案「緊急事態条項」について、2025年3月27日の衆院憲法審査会で採決されるという情報が拡散しましたが、誤りです。同日の衆院憲法審査会では参議院の「緊急集会」をめぐる各党の討議が予定されており、緊急事態条項に関する採決の予定はありません。

検証対象

2025年3月21日、「緊急事態条項を3月27日の憲法審査会で採決する」という投稿が拡散した。

投稿は1万件以上のリポストを獲得するなど広く拡散している。

検証過程

緊急事態条項と衆院憲法審査会

「緊急事態条項」とは、戦争やテロ、大規模災害などの非常事態に対処するために、一時的に政府の権限を強化する規定で、現在の憲法には規定されていない(衆議院憲法審査会事務局「『緊急事態』に関する資料)。

衆院憲法審査会は2000年に設置された憲法調査会を前身とする衆議院の常設機関で、2007年に設置された(衆議院憲法審査会)。参議院にも設置されている(参議院憲法審査会)。

憲法審査会の任務は、憲法および憲法にかかわる基本法制についての調査や、憲法改正原案、憲法に関する改正発議や国民投票に関する法案などの審査だ(国会法102条の6)。憲法審査会は、審査した憲法改正原案や関連する法案を国会に提出することもできる(国会法102条の7)。

ただし、憲法審査会が単体で憲法改正原案や関連法案を成立させることはできない。憲法改正は、衆参各院の総議員3分の2以上の賛成で改正を発議し、国民投票を通じて国民の承認を得なければならないからだ(憲法96条)。

今国会の憲法審査会が「緊急事態条項」を討議したのは3月13日

今国会(第217回国会)の衆院憲法審査会が「緊急事態条項」について討議したのは2025年3月13日。衆院解散中に国政選挙の実施が困難となる大規模災害が発生した場合を想定して、衆院議員の任期延長を盛り込んだ緊急事態条項として憲法改正で加えるべきかなどを議論するにとどまった。

自民党は、災害で国政選挙が実施できなければ、被災地の民意を反映できないとして憲法改正による緊急事態条項創設を主張した。一方、立憲民主党は、議員任期の延長によって被災地域以外の選挙権も制限することになると反対し、インターネット投票などの議論を加速させるべきと主張した(以上、衆院憲法審査会「会議日誌・会議資料」日テレNEWS日本経済新聞)。

3月27日は「参院緊急集会」を討議予定

3月27日に開かれる衆院憲法審査会では、「参議院の緊急集会」について各党・各会派が意見を述べる予定だ(時事通信日本経済新聞)。

参議院の緊急集会とは、衆院解散による両院閉会中に国会の議決を必要とする緊急事態が発生した場合、参議院が一時的に国会の権能を代行する制度だ(憲法54条2項但書参議院「参議院のあらまし」)。

日本ファクトチェックセンター(JFC)は衆院憲法審査会のサイトを確認した。3月27日に憲法審査会で扱われるテーマは「『参議院の緊急集会』の射程」と書かれている。「射程」とは「範囲」という意味だ。

つまり、3月27日の憲法審査会は参院緊急集会について各党が意見を述べる予定で、「緊急事態条項」について討議・採決をする予定ではない。

衆院憲法審査会会長で立憲民主党の枝野幸男氏も、自身のXで以下のように否定している

「まったく事実無根です。改憲発議案は提出されておらず、審議もされておらず、ましてや採決など俎上にすらのぼっていません。3月27日は自由討議をすることが、幹事懇談会で内定しています。これは私個人の認識ではなく、憲法審査会の客観的な状況です」

憲法審査会が「参院緊急集会」を討議する理由

これまでの憲法審査会における緊急事態条項をめぐる議論の前提は、衆議院が解散されて国会が機能しない間に国政選挙が困難となる大規模災害が発生した場合に備えるとされてきた。しかし、現行憲法ではそのような緊急時には、参院緊急集会(憲法54条2項・3項)で対応することが想定されている。衆院議員の任期延長などの緊急事態条項創設をめぐる議論では、参院緊急集会の活動期間や活動範囲が明らかにされる必要があるという(衆院憲法審査会事務局「「参議院の緊急集会」に関する資料」)。

判定

2025年3月27日の衆院憲法審査会で緊急事態条項を採決しようとしているとの主張は誤り。3月27日は参議院の緊急集会について討議する予定だ。

検証:リサーチチーム
編集:宮本聖二、古田大輔、藤森かもめ


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