「遺族厚生年金が廃止」は誤り 制度改正を議論しているが廃止の検討ではない【ファクトチェック】

「遺族厚生年金が廃止」は誤り 制度改正を議論しているが廃止の検討ではない【ファクトチェック】

「遺族年金廃止とか馬鹿じゃないの?」という言説が拡散し、Xのトレンドにも入りましたが誤りです。引用されたNHKの記事は2023年7月のもので、遺族厚生年金受給の男女差について2025年に向けて議論を始めるという内容です。

検証対象

2024年4月23日、「遺族年金廃止とか馬鹿じゃないの?」という言説が拡散した。その後、遺族年金を巡って様々な投稿が拡散し、Xで「遺族年金」がトレンド入りした(例1例2)。

投稿には、2023年7月のNHKの記事「遺族厚生年金』再来年の制度改正に向け議論へ 厚労省審議会」のリンクがついている。

拡散したポストは4月30日現在で5500件以上リポストされ、表示回数は55万回を超える。遺族年金について「頭おかしい」「なんでこんなことになるんだ」というコメントの一方で「選挙前の不安煽り」という投稿もある。

検証過程

遺族年金とは

遺族年金とは、一家の生計の中心者である被保険者が死亡した時、その人によって生計を維持していた遺族に支給される年金だ。「遺族基礎年金」と「遺族厚生年金」があり、亡くなった人の年金加入状況や、受けとる人の年齢などによって、片方または両方の年金が支給される(日本年金機構)。

厚生労働省の審議会は、この遺族年金の男女差の解消について、2022年10月から議論を始めた。

現在の制度は「子のない30歳未満の妻は5年間のみ受給、子のない夫は55歳以上であれば受給できる(受給開始は60歳から)」と、男女で条件が異なっているためだ(日本年金機構・遺族厚生年金)。

厚労省「廃止についての議論はない」

NHKの2023年7月の記事には、男女差を見直すことも含めて制度改正に向けた議論をしていくとは書かれているが、「廃止」とは書かれていない。

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、厚労省年金局年金課に取材した。同課は、「遺族年金の廃止が議論されているのか」という質問に対して、「2025年の年金制度の改正に向けた社会保障審議会年金部会において『遺族年金の廃止についての提案や議論はない』」と回答した。

社会保障審議会年金部会は2024年4月16日までに計14回開かれている。議事録によると、2023年7月28日の第6回で遺族年金が議題の中心になった。

第6回の議論について、厚労省の資料は「現行の制度は、男性が主たる家計の担い手であるという考え方の設計になっている。男女がともに就労することが一般化していくことが想定される中、社会の変化に合わせて制度を見直していくことが必要」だと論点を上げている(第6回社会保障審議会年金部会・資料1、25ページ)。

この時の議論を整理した資料が2024年3月の第13回社会保障審議会年金部会に提出されている。ここには「男性のみに設けられた年齢制限の撤廃を検討すべき」「十分な経過措置をとった上で、妻にも年齢要件を課す方向で夫に揃えるべき」「一定年齢以上のものを無期給付として、段階的に男女差を解消」という委員の主な意見を上げているが、遺族年金そのものを廃止するという提案や意見はない(第6回社会保障審議会年金部会 議事録)。

判定

「遺族年金廃止」は誤り。遺族年金の受給について男女差の解消に向けた議論が進んでおり、廃止の議論はない。

検証:リサーチチーム、宮本聖二
編集:藤森かもめ、古田大輔、野上英文

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