北九州市が50万人のインド人を受け入れ? 全国規模の双方向交流【ファクトチェック】

北九州市が50万人のインド人を受け入れ? 全国規模の双方向交流【ファクトチェック】

「北九州市で 50万人のインド人受け入れが進められてる」という言説が拡散しましたが、誤りです。5年間かけて日本とインドが進める全国規模の双方向交流と混同したものです。北九州市にも交流プログラムはありますが「具体的に何人という話ではない」と説明しています。

検証対象

拡散した言説

「北九州市がインド人50万人を受け入れる」という情報は、遅くとも2025年9月ごろから何度も拡散している(例1例2例3)。

2025年11月29日の動画付き投稿では「北九州市で50万人のインド人受け入れが進められている」「インド政府と懇談して交流促進を確認した」「10兆円投資する」などと語られている。

検証する理由

2025年12月1日現在、この投稿だけでも3800件以上リポストされ、表示回数は25万回を超える。同様の投稿は遅くとも9月頃から複数のプラットフォームで何度も拡散している。

投稿について「マズい話が進められてますよ」「インド人が50万人も受け入れたらヤバいことに」というコメントの一方で「国の相互交流として50万人」という指摘もある。

検証過程

インドと日本の交流事業

インドと日本の交流について検索すると、外務省のサイトに「日印人材交流イニシアティブ」というページが公開されている。外務省は「日印人材交流イニシアティブ」について次のように説明している。

本イニシアティブでは、高度人材を始めとするインド人材の力を日本経済の成長・地方創生に活かすとともに、高度・専門的技術を学んだインド人が自国に戻り、インドの発展に寄与するなど、日印間の相互補完的な人材の育成・交流・還流を促すため、インドから日本への専門人材5万人を含め、日印双方向で5年間で50万人以上(注)の人材交流を目指す。このイニシアティブを通じて、日印両国が抱える社会・経済課題の解決に向け、経済成長や技術革新の起爆剤となる、産官学が連携した人材育成・交流を一層強化していく。

(注)日印の架け橋となる人材や経済発展に資する人材等を対象。インドに進出した日本企業による現地雇用、研修、留学を含む(外務省.”日印人材交流イニシアティブ”)。

つまり、目標の「5年間で50万人以上」とは、日本全国とインドの間で、双方向かつインドに進出した日本企業による現地雇用なども含めた数だ。特定の自治体が一方的に50万人を受け入れるという意味ではない。

拡散動画の「10兆円投資」発言について

拡散した動画では「日本がインドに10兆円投資する」との説明も見られるが、これは2025年8月の日印首脳会談で公表された声明に含まれる「対印民間投資10兆円(今後10年)」という目標を指すとみられる(毎日新聞.”日印首脳会談「共同ビジョン」人材交流50万人、対印投資10兆円”)。

この合意は、日本企業による対インド民間投資を今後10年間で10兆円規模に拡大するという新目標を設定したというものだ。日本側はインドの規制改革を要請し、インド側も投資を受けやすくするための改革を続ける姿勢を示している。

工業団地支援や物流・農業・自動車など幅広い分野での協力強化に加え、貿易を拡大するため包括的経済連携協定(CEPA)の改善に向けた検討を進める(外務省.”日印首脳共同声明~次世代の安全と繁栄のためのパートナーシップ~”)。

拡散した動画では「これ(交流促進)に対して10兆円国投資してますよ」と話しているが、今後10年間でインドに対する民間の投資を10兆円規模に拡大するというものだ。50万人のインド人を北九州市に受け入れる取り組みに10兆円投資するというものではない。

北九州市の交流事業

北九州市は6月にインド・テランガナ州と友好協力協定を結んでいる(北九州市.”インド・テランガナ州と友好協力協定締結”)。9月には、日印人材交流イニシアティブとテランガナ州の友好協力協定を結びつけるような投稿も拡散した。

人材連携として高度人材の導入を促進するとは書かれている。日本ファクトチェックセンター(JFC)が北九州市に問い合わせたところ「具体的に何人とか決まったことではない」と説明し、50万人受け入れ説については否定した。

そもそも、2025年9月現在の北九州市の人口は約90万人だ。50万人は、市の人口の半数以上で、非現実的な数字だ(北九州市.”北九州市推計人口(令和7年9月1日現在)”)。

判定

インドと日本双方で5年間かけた50万人以上の人材交流は外務省が進めているが、北九州市でインド人を50万人受け入れるといったような取り組みはない。よって誤りと判定した。

出典・参考

外務省.日印人材交流イニシアティブ.https://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sw/in/pagew_000001_01912.html ,(閲覧日2025年12月2日).

毎日新聞.”日印首脳会談「共同ビジョン」人材交流50万人、対印投資10兆円”.https://mainichi.jp/articles/20250829/k00/00m/030/383000c ,(閲覧日2025年12月2日).

外務省.”日印首脳共同声明~次世代の安全と繁栄のためのパートナーシップ~”.https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100897541.pdf?utm_source=chatgpt.com ,(閲覧日2025年12月2日).

北九州市.”インド・テランガナ州と友好協力協定締結”.https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/01300112_00003.html ,(閲覧日2025年12月2日).

北九州市.”北九州市推計人口(令和7年9月1日現在)”.https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/001162933.pdf ,(閲覧日2025年12月2日).

検証:木山竣策
編集:古田大輔


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

フィルターバブルとは【JFC用語解説】

フィルターバブルとは【JFC用語解説】

フィルターバブルとは、フィルター(膜)がバブル(泡)のように周りをつつみ、そのフィルターを通ってきたコンテンツ(記事や動画など)ばかりを目にする状態を意味します。 ここでフィルターとなっているのが、YouTubeやXなどインターネットの情報プラットフォームのアルゴリズムです。 例えば、あなたが料理動画、それも日本の食べ歩きが好きで、YouTubeでそういった動画をよく見ているとします。 そうすると、YouTubeのアルゴリズムは、あなたがそういった動画チャンネルを登録し、何度も長い時間見ているデータを分析し、同じような食べ歩き動画をどんどん届けるようになります。結果、あなたはそれ以外の動画を見る時間が減る。これがフィルターバブルです。 アルゴリズムとはコンピューターが効率よく仕事を処理するための手順書のようなもので、別途、「アルゴリズム」の用語解説を御覧ください。

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
情報の検証スキル競う「ユースファクトチェック選手権」に昨年上回る194人参加 5チームが世界大会へ

情報の検証スキル競う「ユースファクトチェック選手権」に昨年上回る194人参加 5チームが世界大会へ

中高生から大学生らを対象に、情報検証スキルを競うオンラインイベント「ユースファクトチェック選手権(英語名:GenAisa Challenge Challenge)2025」の国内大会が11月29日、開催されました。 日本ファクトチェックセンター(JFC)と学生スタートアップClassroom Adventureが共催し、全国から昨年を上回る75チーム194人が参加しました。 情報検証のスキルを実践的に学ぶ国際的イベント 選手権は日本、台湾、タイ、モンゴル、インドのファクトチェック団体が共同で企画した国際的な取り組みで、2024年に続き2回目。参加者はネット上の情報を効率的かつ正確に検証する技術を学び、それを実践する課題に挑戦しました。 日本では、まず11月22日にキックオフイベントとして、Classroom Adventureが提供する謎解きゲーム「レイのブログ」を通じて情報の検証スキルを学習。JFC編集長の古田大輔がファクトチェックにとどまらないクリティカルシンキングの重要性を解説しました。 検索やジオロケーションなど駆使して解答 11月29日に国

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
中国からの食料輸入がなくなったら日本の食卓はイモだらけ? 中国からの輸入は一部【ファクトチェック】

中国からの食料輸入がなくなったら日本の食卓はイモだらけ? 中国からの輸入は一部【ファクトチェック】

中国からの食料輸入が途絶えたら、日本の食卓はイモだらけになると示唆した画像が拡散しましたが、ミスリードで不正確です。拡散した画像は、日本が食料を輸入せずに100%自給した場合の食卓です。中国からの食料輸入が途絶えただけで、拡散した画像のような食卓になるわけではありません。 検証対象 拡散した言説 2025年11月17日、「中国が日本への食料を止めたら、日本の食卓はこうなります。」という文言付きの画像がXで拡散した。 検証する理由 12月1日現在、投稿は3300回以上リポストされ、表示は442万件を超える。 投稿には「根拠を教えて下さい」「これは、農林水産省が示した『もし日本が輸入に一切頼らず国内だけでカロリー計算するとどうなるか』という極端なシミュレーションだ」などの指摘もあるが、「ご飯と梅干しに味噌汁があれば十分」「中国が止めてくれたら、その手間が省けていいわ」など、拡散した情報をうのみにしたコメントも多い。 検証過程 元画像は「食料自給率を100%にした場合の日本の食事」 添付画像をGoogleレンズで検索すると、朝日新聞の2022年

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
京都のホテル代が暴落? 首相の台湾有事発言後も微増【ファクトチェック】

京都のホテル代が暴落? 首相の台湾有事発言後も微増【ファクトチェック】

高市早苗首相の台湾有事発言後、中国からの観光客のキャンセルが相次いでいると話題になる中で、「京都市内のホテル代が暴落している」という投稿が拡散しましたが、ミスリードで不正確です。京都市観光協会のデータによれば、高市首相発言前の7・8月の平均客室単価は前年同月比で約4~6%下回りましたが、9,10月は増加。発言後に中国政府が日本への渡航自粛を呼び掛けた11月14日以後も、京都市内の年内のホテルの予約販売料金は前年同期比でやや高くなっています。観光客の動向は流動的なため、今後、大きく変わった場合は追記します。 検証対象 拡散した言説 2025年11月23日、「京都のホテルの宿泊代、暴落です。」という画像付きの投稿がXで拡散した。 検証する理由 12月1日現在、投稿は3700回以上リポストされ、表示は339万件を超える。 投稿には「どーせ検索条件を1万円以下にしてんだろ」「11月後半からは例年こんなもんですよ」などの指摘もあるが、「京都の有名どころのホテルが軒並み民宿並みの低料金に。貧乏人応援の物凄い経済効果が高市政権で成し遂げられたね」「良かったじゃね

By 根津 綾子(Ayako Nezu)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は12月20日(土)午後2時~3時30分で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei1220.peatix.com 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にどのような知

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験

JFCファクトチェッカー認定試験

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)