国連アジェンダ2030は「新世界秩序」への布石? 繰り返し拡散する根拠のない陰謀論【ファクトチェック】

国連アジェンダ2030は「新世界秩序」への布石? 繰り返し拡散する根拠のない陰謀論【ファクトチェック】

国連が2015年に採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」は「世界統一政府」や「国家の終焉」などのいわゆる「新世界秩序」を目指すものだと示唆する投稿が拡散しましたが、誤りです。「新世界秩序」はSNSで繰り返し拡散している根拠のない陰謀論です。

検証対象

拡散した言説

2025年11月8日、「今起こっていることすべて、本当にすべてがこれにつながっています。新世界秩序」という文言付きの画像がXで拡散した。

添付された画像には国連の旗とともに「国連アジェンダ2030ミッション目標」として、「世界統一政府」「国家の終焉」「世界統一軍」など25項目が列挙してある。

検証する理由

11月10日現在、投稿は2600回以上リポストされ、表示は30.8万件を超える。

投稿には「ここに書かれている 新世界秩序というのは本当に国連が発表したものですか?」と疑問を呈するものもあるが、多くは「陰謀論と言われてたのが真実だったと」や「グレートリセットですか?」など、同調するコメントだ。

このいわゆる「新世界秩序」論は、これまでにも繰り返し拡散している。

検証過程

「国連アジェンダ2030は『新世界秩序』への布石」?

拡散した投稿は、英文の画像付き投稿をリポストし、英文を日本語にしたものだ。

内容は「世界統一政府」や「国家の終焉」など、ほぼそのままだが、一部、日本語訳が英文と一致しない項目もある。例えば、第12項目は、英語版では「普遍的緊縮収入(UNIVERSAL AUSTERITY INCOME)」だが、日本語版だと「国民皆保険」と書いてある。

「新世界秩序」とは

「新世界秩序(the new world order)」とは、国際政治学の分野では次のような内容を指す。

「世界の国々が、アメリカまたはソ連のいずれかを支持することで分断されることなく、代わりに国際的な問題を協力して解決しようとする政治的状況」(Cambridge Dictionary”the new world order”)。

また、「新世界秩序」は陰謀論の文脈でも頻繁に登場する。過激主義や偽情報の拡散を防ぎ、民主主義と人権を守る活動をしている戦略対話研究所(ISD)によると、陰謀論における「新世界秩序」とは次のような内容を指す。

「闇のエリート勢力が全体主義的な世界政府を樹立しようとしていると主張する陰謀論。この陰謀論の支持者たちは、強大な政治的・経済的権力を持つ少数のエリート集団が、全体主義的な『一つの世界政府』を実現するために共謀していると信じている」(ISD Explainers The ‘New World Order’

実際の「国連アジェンダ2030」は

実際の「国連アジェンダ2030」は、2015年9月の国連サミットで全会一致で採択された17の目標のことだ。2030年を目処に、「誰一人取り残さない」持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現のために定められた(外務省”持続可能な開発のための2030アジェンダ”)。

詳細は、国連のウェブサイトで見ることができる(United Nations”Transforming our world:the 2030 Agenda for Sustainable Development”)。

17の目標とは、以下のとおりだ。

目標1:貧困 あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる。

目標2:飢餓 飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する。

目標3:保健 あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する。

目標4:教育 すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する。

目標5:ジェンダー ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児のエンパワーメントを行う。

目標6:水・衛生 すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する。

目標7:エネルギー すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する。

目標8:経済成長と雇用 包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する。

目標9:インフラ、産業化、イノベーション 強靱(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る。

目標10:不平等 各国内及び各国間の不平等を是正する。

目標11:持続可能な都市 包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する。

目標12:持続可能な生産と消費 持続可能な生産消費形態を確保する。

目標13:気候変動 気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる。

目標14:海洋資源 持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する。

目標15:陸上資源 陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する。

目標16:平和 持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する。

目標17:実施手段 持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する。

「世界統一政府」「国家の終焉」「世界統一軍」など、拡散した画像の25項目に直接該当するものはない。多少なりとも本文に関連しそうな記載があるものは、次の通りだ。

拡散した投稿の第9項目の「出生率の抑制」については、国連の2030アジェンダのサイトの中に次の記述がある。「家族計画、情報提供、教育を含む性と生殖に関する医療サービスへの普遍的なアクセスを確保することに取り組む」。しかし、出生率の抑制が直接的な目標ではない。

第11項目の「毎年複数のワクチン接種の義務化」については、「安全で有効で高品質で手ごろな医薬品とワクチンへのアクセスを達成」「主に開発途上国で影響の大きい感染症および非感染性疾患に対するワクチンや医薬品の研究開発を支援」などとあるが「義務化」ではない。

第12項目の「国民皆保険」は、「すべての人を財政的リスクから保護し、質の高い基礎的医療サービスへのアクセス、安全・有効・高品質で手頃な必需医薬品とワクチンへのアクセスを含む、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC:すべての人が必要な医療を受けられる体制)を達成すること」とあるが、具体的に「国民皆保険」と定めているわけではない。

第18項目の「不要不急の航空旅行の終了」については、「持続可能な輸送システムを実現」などの記述はあるが、航空旅行の終了ではない。

第25項目の「化石燃料と現代の便利さの終了」は、クリーンエネルギーへの投資などの記述があるが、現代の便利さの終焉ではない。

判定

「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が「世界統一政府」や「国家の終焉」などのいわゆる「新世界秩序」を目指すためのものだと示唆する投稿が拡散した。実際の「2030アジェンダ」にはそうした内容の記述はなく、「新世界秩序」はSNSで過去に繰り返し拡散している根拠のない陰謀論だ。よって、誤りと判定する。

あとがき

以前も指摘しましたが、「陰謀」とは「密かに準備され、実行される計画」を意味します。歴史上、様々な「陰謀」が存在します。国家レベルのものもあれば、企業レベル、個人レベルのものもあります。

1972年にアメリカのニクソン大統領(当時)が民主党本部に盗聴器を仕掛けようとし、さらに隠蔽工作まであったウォーターゲート事件。日本では1582年に明智光秀が織田信長を急襲した本能寺の変も陰謀と言えるでしょう。

一方で、「陰謀論」とは「根拠もなく『これは陰謀だ』と決めつける言説」です。「世界は闇の政府に支配されている」とか「ワクチンで人口削減を狙っている」などが典型的な陰謀論です(JFC"飛行機雲は「ケムトレイル」でワクチン混じり? 世界で繰り返し拡散する陰謀論”)。

陰謀論を繰り返し拡散するアカウントも多数存在します。発信源・根拠・関連情報に注目しましょう。

出典・参考

Cambridge Dictionary.”the new world order”.
https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/new-world-order,(閲覧日2025年11月11日).

ISD. "Explainers" .
The ‘New World Order’.https://www.isdglobal.org/explainers/new-world-order-explainer/,

外務省.”持続可能な開発のための2030アジェンダ”.(閲覧日2025年11月11日).
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/000270935.pdf,(閲覧日2025年11月11日).

United Nations.”Transforming our world:the 2030 Agenda for Sustainable Development”.
https://sdgs.un.org/2030agenda?_gl=1*jv6yjc*_ga*ODI2NzI0MDY1LjE3NjI3MzQxNDU.*_ga_TK9BQL5X7Z*czE3NjI3MzgyMzMkbzIkZzAkdDE3NjI3MzgyMzYkajU3JGwwJGgw,
(閲覧日2025年11月11日).

検証:根津綾子
編集:古田大輔


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

埼玉県川口市で検挙された4人に1人が外国籍? 繰り返し拡散する誤情報【ファクトチェック】

埼玉県川口市で検挙された4人に1人が外国籍? 繰り返し拡散する誤情報【ファクトチェック】

「川口市の検挙人数178人のうち、外国籍135人(約76%)」「検挙された人の約4人に3人が外国籍」という情報が拡散しましたが、誤りです。2024年に川口市内で、刑法犯で検挙された外国人のうち、トルコ・中国・ベトナムの3国籍が7割を占めるというデータを誤って解釈しています。この情報は繰り返し拡散しています。 検証対象 拡散した投稿 2025年12月22日、「【令和6年】川口市の検挙人数178人のうち、外国籍135人(約76%)」「検挙された人の約4人に3人が外国籍。大野知事「治安悪化のファクトない」私「ファクトしかない」という投稿が拡散した。 検証する理由 12月25日現在、この投稿は9100件以上リポストされ、表示回数は63万回を超える。投稿について「これから全国に広がっていきますよ」「めちゃくちゃだわ」というコメントの一方で「検挙人数が国籍無関係で178とは考えにくい」という指摘もある。 検証過程 根拠とされた記事の内容は 拡散した投稿は、産経新聞の2025年6月14日付の記事を引用している。「川口の外国人犯罪『トルコ国籍比率ずば抜けて

By 木山竣策(Shunsaku Kiyama)
インフルエンザワクチン「フルミスト」は劇薬だから危険? ワクチンは劇薬指定が原則【ファクトチェック】

インフルエンザワクチン「フルミスト」は劇薬だから危険? ワクチンは劇薬指定が原則【ファクトチェック】

鼻から吸い込むタイプのインフルエンザワクチン「フルミスト」の添付文書に「劇薬」と書いてあることなどから、「フルミストは危険」と訴える投稿がXやインスタグラムなどで拡散していますが、誤りです。フルミストに限らず、ワクチンは原則「劇薬」に指定されています。「劇薬」は、用量・用法を誤ると有害なおそれがあり、厳重に管理しなければならない医薬品を指しますが、ワクチンが危険だという意味ではありません。 検証対象 拡散した言説 2025年9月4日、フルミスト点鼻薬の添付文書に「劇薬」や「ミトコンドリア脳筋症症状悪化」などと書いてあることから「子供の命が危険」と主張する投稿がXで拡散した。 検証する理由 インスタグラムやTikTokでもフルミストの危険性を訴える投稿が多数拡散し、中には100万回以上再生されている動画もある(例1、2)。 検証過程 フルミストとは フルミストは、2024年10月に国内で接種が始まった鼻から吸い込むタイプのインフルエンザワクチンだ。ウィルスを弱めて使う生ワクチンで、2歳以上19歳未満を対象とし、接種回数は1回で済む。 米国で

By 根津 綾子(Ayako Nezu), リサーチ チーム
犬がエレベーターの落下を予見して乗ろうとした子どもを助けた? 動画はAI生成【ファクトチェック】

犬がエレベーターの落下を予見して乗ろうとした子どもを助けた? 動画はAI生成【ファクトチェック】

「子どもが犬とエレベーターに乗ろうとしたところ、犬が騒いだので見送った。するとエレベーターは落下して命が助かった」というストーリーの動画が拡散しましたが、現実の映像ではなく、誤りです。動画は不自然な日付表示や映像の乱れなど、AIで生成した特徴があります。 検証対象 拡散した投稿 2025年12月15日、「犬の察する能力ってすごいね!」という動画付き投稿が拡散した。 動画には、エレベーターに乗ろうとする少年を犬が阻止し、その後、エレベーターが落下する様子が写っている。 検証する理由 12月22日現在、この投稿は1400件以上リポストされ、表示回数は797万回を超える。投稿について「そんなタワテラの最初みたいなことある?」「本物の映像かと思った」というコメントの一方で「フェイクばかりでイヤになる。AI規制すべき」という指摘もある。 検証過程 拡散した動画は21秒間。2025年12月14日に英語でXに投稿され、15日に日本語で引用されて拡散した。 動画右上(赤線)には2025-12-21と書かれ、拡散した時点で未来の日付だ。 また、エレベーター

By 木山竣策(Shunsaku Kiyama)
新型コロナのmRNAワクチンで死亡リスクが74%上昇? 根拠とされた論文の結論は正反対【ファクトチェック】

新型コロナのmRNAワクチンで死亡リスクが74%上昇? 根拠とされた論文の結論は正反対【ファクトチェック】

フランスでの新型コロナウィルスワクチンに関する大規模な研究で「mRNAワクチンを接種した人の4年間の『全死因死亡リスク』が25%増加」「重症COVID-19ワクチン関連の死亡リスクは74%上昇」などと判明したという主張がXで拡散しましたが、誤りです。根拠と見られる論文は「COVID-19のmRNAワクチンを接種したフランスの18-59歳を対象とした調査で、4年間の全死因死亡率の上昇は見られなかった。mRNAワクチンの安全性をさらに裏付けた」と、正反対の結論を出しています。 検証対象 拡散した言説 2025年12月17日、「フランスから、成人2,800万人を対象に行われた大規模研究で、mRNAワクチンを接種した人の4年間の『全死因死亡リスク』が25%も増加していたことが判明したという衝撃の報告があった」「重症COVID-19ワクチン関連の死亡リスクはなんと74%も上昇」などと主張する動画付きの投稿がXで拡散した。 検証する理由 12月22日現在、投稿は1100回以上リポストされ、表示は4.4万件を超える。 投稿には「ちょっと翻訳にかければ真逆だと分か

By 根津 綾子(Ayako Nezu)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は1月24日(土)午後2時~3時30分で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei0124.peatix.com 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にどのような知識

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験

JFCファクトチェッカー認定試験

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)