話題の書『フェイクニュースの免疫学』から学ぶ情報のワクチンの重要性 ファクトチェックだけではなぜ足りないのか
ファクトチェックは、偽・誤情報がすでに広がった後の「治療」です。流れた情報を検証し、誤りを指摘する。日本ファクトチェックセンター(JFC)が3年余りにわたって続けてきた仕事の中心も、ここにあります。しかし、誤情報の量と拡散速度はファクトチェックを遥かに上回ります。JFCに限らず、ファクトチェックは偽・誤情報に比べて常に遅すぎ、少なすぎます。
サンダー・ヴァン・ダー・リンデン著『フェイクニュースの免疫学--信じたくなる心理と虚偽の構造』(みすず書房)は、2023年に出版されて話題となった『Foolproof』の翻訳書。偽・誤情報が拡散する理由と、効果的な対策について解説しています。
人は事実と誤情報を見分けられない
まず、人はどれだけ騙されてしまうのか。以下のような事例が紹介されています。
・6本のニュース見出し(真偽が半分ずつ)を約1500人に提示し、すべての真偽を見分けられた人は4%。
・数百人の中学生に「広告記事」を見せたら80%以上が「ニュース記事」と誤認、70%が石油企業の広告記事が世界の温暖化に関する科学的ニュース記事より「信頼できる」と回答。
人は自分たちが思っている以上に、情報を正しく理解していません。JFCが国際大学グロコムと実施した2024年の調査では15本の偽情報を見て「正しい」と答える人が平均で51.5%に達しました。
そもそも、ニュースと広告の違いも、真偽の見分け方も、学ぶ機会がほぼないことがこの散々な結果に影響しているのでしょう。
なぜ、ファクトチェックでは不十分なのか
ファクトチェックは世の中に拡散している情報の真偽を検証することです。間違った情報が流布した後で検証して訂正することを「デバンキング(debunking)」とも言いますが、本書では、これは偽・誤情報に対抗するには、不十分だと指摘しています。
ファクトチェックは、間違った情報が拡散してからの対症療法であり、そもそもが後追いの行為です。しかも、派手で注意を引くデマに比べて、事実は得てして単調なものです。拡散力に差があります。
また本書では、誤情報には頭の中に残りやすい「持続効果」があり、それが自分の価値観に近い誤情報である場合、そちらの方が記憶に定着してしまうと指摘しています。
「対症療法」から「予防接種」へ
本書が推奨するのは、ファクトチェックという「対症療法」ではなく「予防接種」です。間違った情報が流布する前に「弱毒化された誤情報」に触れさせ、人々に事前(プリ)に免疫をつけてもらう「プリバンキング(prebunking)」が必要だと訴えています。
著者はゲーム開発という手法で、この理論を実践しました。オンラインゲーム「Bad News」はプレイヤー自らがフェイクニュースの作り手となり、感情に訴える煽り、偽の専門家、陰謀論的フレーミングといった「情報操作の6つの手口(DEPICT操作)」を駆使してフォロワーを集めるという内容です。
偽・誤情報の作り手を体験することは、実際にSNSで同じ手口に遭遇したときにこれは怪しいと気づきやすくなる効果が確認されたといいます。
「事実ベース」と「手法ベース」の使い分け
プリバンキングには、二つの型があります。「事実ベース」と「手法ベース」です。
事実ベースとは、気候変動やワクチンの安全性など特定のテーマについて、よくある偽・誤情報を事前に共有しておくことです。例えば、「インフルエンザワクチンで逆にインフルエンザにかかる」というよくある誤情報に関して、流行時期の前に注意喚起する方法です。
これは特定のテーマの個別の偽・誤情報には高い効果を発揮しますが、一般論化や応用が効かないという欠点があります。
手法ベースとは、情報の中身ではなく、偽・誤情報を作る側の手口に着目することです。実は偽・誤情報の作り方には一定のパターンがあります。Bad Newsで用いられたDEPICT操作がそうです。
DEPICT操作とは
情報操作でよくある手法の頭文字をとったのがDEPICTです。
Discrediting(信用を貶める行為)
Emotion(感情の操作)
Polarization(二極化)
Impersonation(なりすまし)
Conspiracy(陰謀思考)
Trolling(荒らし行為)
これらの手法を使えば、偽・誤情報を事実よりも派手で魅力的に見せることができます。逆にこれらの手法を知っておけば、その手法に引っかかりにくくなります。まさに、情報の予防接種です。
古田の視点:ファクトチェックの意義づけは
私(古田)はファクトチェックをはじめて10年が経ちます。ファクトチェックの欠陥やプレバンキングの重要性は本書が指摘する通りです。では、ファクトチェックに意味がないのかというと、そうではありません。
ファクトチェックがなければ、偽・誤情報はなんの歯止めもなく拡散し続けます。また、プレバンキングをするためには、事実ベースであれ、手法ベースであれ、事前に大量の偽・誤情報を検証し、分析しておく必要があります。その基礎となるのがファクトチェックです。
実際に、JFCのファクトチェック記事は、様々な研究に活用されていますし、JFC自身もファクトチェック記事をもとにしたプレバンキング記事を配信しています。
京都・南丹市の男児遺体遺棄事件で拡散した偽・誤情報:無関係な人の容疑者扱いや根拠のない国籍情報など、ビュー集めや詐欺に注意を
イラン戦争の偽・誤情報まとめ:知っておけば対策できる典型的な6つの手口と確認のポイント
結局のところ、誰かがファクトチェックをしなければ、対策は広がりません。

本書は理論の話にとどまらず、プレバンキングをどう実践するか、その過程も含めたドキュメンタリーとしても優れています。どのような対策でも結局はユーザーに届かなければ意味がありません。Bad NewsはGoogleの協力で広がりました。
偽・誤情報対策の鍵となるのは、やはり、拡散源となっている情報プラットフォームを運営し、強大な権限と予算を持つ大手テック企業です。
判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。
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