検証か見送りか、あいまいな投稿の判断【ファクトチェックの舞台裏】

検証か見送りか、あいまいな投稿の判断【ファクトチェックの舞台裏】

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、これまでに700本を越えるファクトチェック記事を公開してきました。その裏には、公開に至らなかった原稿や出せなかった素材も多くあります。そうした「記事未満」の中にも、私たちの迷いや判断が詰まっています。

このコラムでは、「どう検証したか」「どこで迷ったか」といった舞台裏をわかりやすくお伝えします。情報を見極めるヒントになれば幸いです。

今回は第1回に続き、「あいまいな投稿をどのように検証しているか」をテーマに、掲載を見送った事例も交えてご紹介します。

トランプ氏の「におわせ」発言→「誤り」

2024年12月、トランプ氏が米大統領に就任する前に出演したテレビ番組で、ワクチン接種が自閉症の増加につながったかのような発言をしました。

JFCワクチンで自閉症の発生率が増加?トランプ氏が過去の誤情報を再び拡散【ファクトチェック】”

トランプ氏は番組で、子どもへのワクチン接種に関して「25年前は自閉症の発生率が10万人に1人ほどだったのが、今では100人に1人近くに増えた」と話しました。明確には言い切っていませんが、文脈からワクチン接種と自閉症を結びつけていることは明らかです。この発言をきっかけに、日本でもワクチンと自閉症を関連付ける主張が広まりました。

編集部では、たとえ明言していなくても、ファクトチェックの対象になるかどうかを検討しました。この時は、ワクチンと自閉症の関連を示す主張が過去にも繰り返し拡散しており、根拠とされた医学論文も誤りや不正が指摘され、撤回済みであることから、トランプ氏の発言は、過去に拡散した誤情報と同様のものとして検証し、「誤り」と判定しました。

トランプ氏にインタビューしたテレビ局自体も、トランプ氏の発言を検証した記事を公開しました。

トランプ氏が言及した数字とは異なるものの、自閉症の発生率は、ここ20年ほどで増えていることは間違いないとしつつ、増えた理由を「多くの研究者によればスクリーニングの増加と自閉症に対する認識の高まりが大きく、自閉症と遺伝的要因との関連も指摘される」と説明しています。一方で、数百の研究で小児用ワクチンは安全とされ、ワクチンと自閉症の関連を示す根拠はないとも指摘しています。

政治家の発言には、明確な事実の提示でなく、主張をにおわせる事例やあいまいな表現もあります。JFCでは、そうした発言でも、読者が誤解しやすい内容の場合、「~と示唆する」「~と誤解させる」「~であるかのような」といった表現を用いて、できる限り検証しています。

不自然な表現→ほかのSNSを確認して、見送り

2025年5月、日本の議員が「アメリカでは11州でmRNAワクチン禁止と、チェック体制に懸念がある事から危険なウィルス研究資金停止の大統領令」などとXに投稿しました。内容は「11州でmRNAワクチンが禁止された」と受け取れます。しかしJFCが調べたところ、実際は法案提出の段階で、禁止に至っていない州も含まれていました。

「誤り」という判定を検討しましたが、スタッフから「文章が不自然で、『禁止する動きがある』と読み取れなくもない」との意見がありました。議員の過去の発言や、ほかのSNS投稿を確認すると、「11州で禁止法案が提出されている」と正確に書いていたため、JFCではファクトチェック記事ではなく、背景を説明する解説記事にまとめることにしました。

このように、文章がわかりにくく、複数の解釈ができる投稿については、本人の他の投稿やリプライ欄、ほかのSNSの発言などを調べて総合的に判断しています。

言論の自由を守りつつ、誤情報と向き合う

このように、ファクトチェックの現場では、誤りを指摘するだけでなく、発言の文脈の理解、正確さの程度、社会的影響、検証の可否など、様々な観点からの判断が求められます。

ファクトチェックの目的は、自由な言論を妨げることではありません。ネット上の噂や誤情報から、確かめられる事実を集めて、正しい情報に置き換えることにあります。そのため、どの投稿を検証するかは、編集部で話し合いながら決めています。

それでも、公開後に「言いがかりでは?」「本当に検証すべき内容だったのか?」といった意見が寄せられることもあります。そうした声には真摯に耳を傾け、今後の検証に役立てるように努めています。

次回コラムは

「国籍」を検証する難しさについて、検証できた事例と、掲載を見送った事例を紹介します。

出典・参考

“ワクチンで自閉症の発生率が増加?トランプ氏が過去の誤情報を再び拡散【ファクトチェック】”. 日本ファクトチェックセンター. 2025年2月3日. https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/health/false-vaccines-increase-autism/ .閲覧日2025年7月8日

編集:古田大輔、根津綾子


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

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7月2日の党首討論会で、参政党・神谷宗幣代表が「彼ら(多国籍企業)はいろんなことをやります。パンデミックを引き起こしたということも噂されています」と発言しました。そういう「噂」はありますが、過去に繰り返し誤りだと検証されています。 検証対象 7月2日、参議院選挙に向けて日本記者クラブ主催の党首討論会が開かれた。討論会の様子はYouTubeでも配信されている。 討論会の中で、参政党の神谷宗幣代表は多国籍企業について触れ、「彼らはいろんなことをやります。パンデミックを引き起こしたということも噂されています」と発言した(JNPC”8党党首討論会 2025.7.2”)。 検証過程 「噂」に触れつつ、根拠の提示はなし 神谷代表は討論会で一番訴えたいこととして「日本人ファースト」を掲げ、多国籍の企業について以下のように発言した(JNPC”8党党首討論会 2025.7.2”)。 (以下、引用) この30年の経済、停滞している背景にはグローバリズム、というものがあると思います。 多国籍の企業が国境を超えて規制を緩和し、自分たちのところにお金を集める、そうすると

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石破茂首相は7月2日の党首討論で、2万円給付にともなう事務経費について「マイナポータルの活用で大幅に減らせる」と発言しましたが、根拠不明です。給付金事業の実施主体である自治体は「負担感は変わらない」と述べています。また、マイナポータルを使うことで、どのぐらい経費が削減できるかという見積もりは、総務省もデジタル庁も出していません。 検証対象 7月2日、参院選を控え、日本記者クラブで党首討論が行われた。与党公約の2万円給付について、国民民主党の玉木雄一郎代表は、自民党の石破茂首相に次のように質問した。 「ばらまき2万円、これはいつ配られるのか。そして配るための事務経費をどれぐらいかかると考えているのか。税収の上振れを使うとおっしゃったが、去年の補正から比べると1.9兆円しか上振れありませんが、2万円全員に配るだけでも2兆円 以上かかる。財源は足りていますか」 これに対し、石破氏は次のように回答した。 「マイナンバーを持っていらっしゃる方が8割、口座と紐づけていらっしゃる方が5割、これ紐づけはマイポータルで簡単にできますから、そうすると経費というのがガタンと減

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参政党の神谷宗幣代表が「給付金を配るのは自治体の負担」「減税が一番スピーディー」などと発言しましたが、不正確です。政府が2020年、全国民を対象に給付した新型コロナウイルス感染症緊急経済対策の特別定額給付金は、早いところで閣議決定から11日後に給付されています。一方、減税には法改正やシステム改修が必要で、少なくとも数ヶ月以上はかかると見られています。 検証対象 TBS「news23」で7月1日に実施された党首討論で、物価高対策は減税と給付どちらによるべきかという質問に、参政党の神谷代表が次のように発言した。 「われわれもですね、集めて配るよりまず『減税』というキャッチコピーでやっています。集めて配ると、それだけで手間も費用もかかるし、自治体の負担がかかったこともありますので、まず『減税』が一番スピーディーで公平だろうと考えている」(TBS NEWS DIG”【選挙の日、そのまえに】news23で党首討論 物価高対策などめぐり論戦 7月3日公示・参議院議員選挙” ) 検証過程 「集めて配ると手間も費用もかかるし自治体の負担」? 給付金事業が自治体にと

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参院選沖縄選挙区に立候補した参政党・和田知久氏が「総理大臣は天皇陛下の臣下の1番トップ」などと発言しましたが、誤りです。日本国憲法では天皇は日本と国民統合の象徴であり、総理大臣を含む国民は臣下ではありません。 検証対象 参政党から参院選沖縄選挙区に立候補している和田氏はテレビ討論会で「総理大臣は天皇陛下の臣下の1番トップ」「陛下が国民の平和を願っているわけですから、安泰を願っているわけですから、そういう気持ちをくんで、思い切って減税対策を政権には打っていただきたい」などと発言した。 琉球新報は、7月5日に和田氏の発言に関するファクトチェック記事を公開し、「首相が『天皇陛下の臣下』というのは誤り」「『陛下が国民の平和を願っているから政権は減税対策を打つべき』は根拠不明」と報じている。 琉球新報”【ファクトチェック】「総理は天皇の臣下」→誤情報 「天皇の気持ちくんで減税を」→根拠不明 天皇に政治的権能なし 沖縄選挙区・参政候補の発言” 検証過程 明治憲法と現在の憲法 明治時代の1889年に発布された大日本帝国憲法では、国民は「臣民」と記され、第1章で

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