「国籍」を検証する難しさ【ファクトチェックの舞台裏】

「国籍」を検証する難しさ【ファクトチェックの舞台裏】

日本ファクトチェックセンター(JFC)が様々な話題について検証する中で、毎回手こずるのが「決定的な証拠は本人しか出せない」という事例です。本人に聞くしかないけれど、本当のことを言うとは限らない。第3回は、当事者にしかわからない「国籍」について、検証できた例と、掲載を見送った例を紹介します。

国籍に関わる偽・誤情報

検証対象としてよく挙がるテーマの一つに、「国籍」に関する偽情報や誤情報があります。

たとえば、著名人について「〇〇人だ」とする投稿や、「〇〇の土地が△△人に買い占められた」「事件の犯人は〇〇人だった」といったものです。こうした投稿の中には、外国人への偏見や差別をあおるような内容も少なくありません。

こうした情報を検証するのは簡単ではありません。一般人の国籍を確認するには、極端に言えば、本人から戸籍謄本などの公式な書類を見せてもらわない限り、はっきりとわからないからです。また、「〇〇を買い占めた」というような情報も、信頼性の高いデータの入手が困難です。

ビザの画像が裏付けに 有田氏“北朝鮮籍”説の真偽を検証

まずは検証できた事例です。2024年12月、「立憲民主党の有田芳生衆院議員が北朝鮮国籍である」という情報が、ハングル文字で書かれた身分証のような画像と共に拡散しました。

JFC” 北朝鮮が有田芳生氏の身分証明書を発行? 画像は渡航用のビザで日本国籍と明記【ファクトチェック】”

日本国籍で無ければ国会議員になれないと公職選挙法が定めているため、本来、有田氏の国籍は調べるまでもありません。ただ、こうしたデマを信じる人は後を絶たないため、さらに納得してもらえるような証拠を見つけたいと考えました。

そこで、拡散した画像を「Googleレンズ」で検索したところ、有田氏自身が過去に公開していた渡航ビザの画像を発見。そのビザは拡散した画像と完全に一致し、ビザには有田氏が日本国籍であることも書かれていました。有田氏が北朝鮮国籍でないことは、拡散した画像自体によって証明されたため、投稿が「誤り」だという検証記事を公開しました。

「歴代首相のほとんどが朝鮮人」デマ 法と記録で検証

「歴代の内閣総理大臣のほとんどが朝鮮人だ」という主張とともに、複数の歴代首相の名前を挙げたリストが拡散したことがありました。このときは、リストに挙がっていた首相たちについて事実関係の裏付けが取れたため、検証記事として掲載しました。

JFC” 総理になれるのはほぼ朝鮮人!官報でも確認できる事実?【ファクトチェック】”

この時も、公職選挙法が国会議員になるためには「日本国民」が条件だと決めていることが、「誤り」だと判定する根拠の一つとなりました。また、法務大臣が帰化を許可した人は官報に掲載されるはずですが、官報に帰化の記録が無いことも根拠となりました。

ただし、2025年4月から官報が電子化されたことに関連して、帰化などのプライバシーに関わる情報は、内閣府のウェブサイトに掲載してから90日間を過ぎると閲覧できなくなりました。一方で、国立国会図書館など一部の図書館では、引き続き閲覧することができます。

このように、法律や公的なデータによって、本人に取材する以外の手段でも検証できるケースがあります。

北海道の土地買収、全所有者を追えずに断念

次は、掲載に至らなかったケースです。「北海道の7万ヘクタールが中国に買収されている」という投稿を検証しようとしたことがありました。このような情報は過去に繰り返し拡散しています。

スタッフが、北海道庁のウェブサイトで「海外資本等による森林取得状況」というデータを見つけました。ここまでは良い手がかりだったのですが、説明をよく読むと「海外資本等(居住地が海外にある外国法人又は外国人と思われる者並びに国内の外資系企業と思われる者)」と、断定を避けた書き方になっています。また、北海道には森林のほかにも農地や住宅地など、さまざまな種類の土地があります。

それらも含めて調べようと、情報を持っていそうな国の機関や自治体の窓口に取材しましたが、土地の所有者の国籍情報を一括して把握しているところは見つかりませんでした。また、すべての土地所有者に当たって国籍を確認するのは現実的ではなく、検証を進めるのは難しいと判断。最終的に、この原稿は掲載を見送りました。

法務省「一般市民に国籍を問うこと自体が問題」

政治家やタレントなど著名人の国籍について、JFCが所属事務所に取材をすることもあります。けれども、「JFCの記事が出ることで、さらに炎上する可能性がある」という理由で、取材を断られる場合も少なくありません。

また、国籍に関わる投稿の真偽を確かめるために法務省へ取材したところ、「国が一般市民に軽々しく国籍を尋ねること自体が問題であり、把握していません」と断られたケースもありました。

このように、政治家など一部のケースでは、公的資料や報道を通じて裏付けが取れることがあります。一方で、多くの場合は国籍を調べることは困難です。

国籍はセンシティブな情報で、答えたくない、あるいはリスクを恐れて事実と異なることを語る可能性もあります。そのため、確かな根拠が得られないまま掲載すれば、かえって誤解や偏見を広げるおそれもあります。JFCでは、検証可能な範囲でのみ記事を出すことを重視しています。

次回コラムは

当事者の説明にはバイアスが含まれている可能性がある、という視点から、ボツになったケースを振り返ります。

出典・参考

“北朝鮮が有田芳生氏の身分証明書を発行? 画像は渡航用のビザで日本国籍と明記【ファクトチェック】”.日本ファクトチェックセンター. 2024年12月3日

https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/politics/false-north-korea-id-arita/ .閲覧日2025年7月9日

法務省.”帰化許可者の官報告示について”

https://www.moj.go.jp/MINJI/minji163_00004.html, 2025年4月1日. (閲覧日2025年7月7日).

内閣府.”官報の電子化について”

https://www.cao.go.jp/others/soumu/kanpo/about/kanpo_about.html, .閲覧日2025年7月11日

“総理になれるのはほぼ朝鮮人!官報でも確認できる事実?【ファクトチェック】”.日本ファクトチェックセンター. 2023年8月23日

https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/politics/korean-become-prime-minister-official-gazette-false/ .閲覧日2025年7月9日

北海道庁森林計画課.”海外資本等による森林取得状況”

https://www.pref.hokkaido.lg.jp/sr/srk/80704.html, 2024年7月19日. (閲覧日2025年7月7日).

編集:根津綾子、古田大輔


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

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