「USAIDが日本メディアを操作」 デマ拡散の背景にある報道不信

「USAIDが日本メディアを操作」 デマ拡散の背景にある報道不信

「USAIDは世界中のメディアに資金提供」「言論操作している」などの情報が世界中に拡散しました。その多くはすでに検証されていますが「日本メディアも関係している」というリストまで出回りました。何が事実で何が誤りか。デマが拡散する背景も含めて解説します。

きっかけはトランプ政権によるUSAID批判

発端は1月に就任したトランプ大統領がアメリカ政府の対外援助を管轄するUSAID(アメリカ国際開発庁)を通じた対外援助を90日間停止する大統領令に署名したことです。トランプ政権が掲げる「アメリカ・ファースト」に沿った動きでした。

2月に入り、トランプ大統領や政府効率化省トップについたイーロン・マスク氏は、USAIDを批判する発言を繰り返しました。

トランプ氏の発言

「急進的な狂人たちによって運営されている」(CNN, 2月3日)
「USAIDやその他の機関で何十億ドルもの資金が盗まれ、その多くが民主党に有利な報道をするための『報酬』としてフェイクニュースメディアに支払われているようだ」(CBS, 2月13日)

マスク氏の発言

「USAIDは犯罪組織だ」(CNN, 2月2日)
「USAIDはアメリカを憎む急進的左翼マルクス主義者の巣窟だ」(X, 2月3日)
「あなたの税金を使ってUSAIDが数百万人の命を奪ったCOVID-19を含む生物兵器研究に資金を提供したことを知っていたか?」(X, 2月3日)

USAIDの対外支援とは

USAIDは冷戦期の1961年、ケネディ政権下で発足。外国への援助を通じて、ソ連の影響力に対抗する狙いがあったと指摘されています(USAIDNBC)。

USAIDによる支援は、設立当初の技術援助や資本援助から70年代には食料、人口計画、保険、教育、人材開発などに変化し、80年代は経済成長や農業の活性化、90年代は持続的な開発と民主化の促進、2000年代はイラクやアフガニスタンなど戦争からの復興などへと活動を広げました(USAID)。

USAIDの2023会計年度のプログラム資金の資料を見ると、総額434億ドルについて多い順に、統治168億、人道支援105億、健康70億、行政35億、その他16億、農業13億などが続きます(単位USドル)。

地域別では、2023会計年度において約130か国に支援を提供。受給額が多い順で、ウクライナ、エチオピア、ヨルダン、コンゴ民主共和国、ソマリア、イエメン、アフガニスタン、ナイジェリア、南スーダン、シリアとなっています(以上、U.S. Agency for International Development: An Overview)。

筆者(古田)は2010-12年にかけてタイに駐在し、ミャンマーとの国境の街メソトで難民の取材をしたことがあります。ミャンマーの軍事政権から避難してきたけが人を救助する支援団体はUSAIDからの資金援助を受けていました。

地元メディアなどは、トランプ政権によるUSAID対外援助凍結で、国境の難民キャンプで運営されていた5つの病院が閉鎖を余儀なくされたと報じています。キャンプで生活する10万人規模の難民に影響が及びます(CNNThe Irrawaddy)。

日本でもその活動が知られ、2024年にも来日したメータオクリニックのシンシア・マウン医師はThe Irrawaddyの取材に「アメリカ以外からの支援もあるのでまだ運営できているが、何を優先するか考えないといけない」と状況の厳しさを語っています(The Irrawaddy)。

トランプ政権のUSAID批判へのファクトチェック

トランプ、マスク両氏の発言や、その後に拡散したUSAIDに関する批判について、様々な検証記事がすでに公開され、「誤り」「根拠不明」などと判定されています。

各国のファクトチェック機関による検証記事のデータベース「Fact Check Explore」で「USAID」と検索すると2025年2月5日から17日までに、105の記事が見つかります。メディアに関係する例をいくつか挙げます。

「USAIDは米メディア『ポリティコ』に800万ドル払った:誤り」(Lead Stories,2月5日)

USAIDはポリティコに課金登録をしており、これまでの支払の合計額が44000ドル。800万ドルはすべての政府機関の全合計の金額。

「米政府がNYタイムズに数千万ドルを支払っていた:誤り」(Newsweek,2月7日)

「NYタイムズ」で政府の会計資料を検索すると、NYタイムズと関係のないニューヨーク大学など、他の機関への支払額もまとめて出てくる。拡散した「数千万ドルを支払っている」というのはそれらを合計した誤った数字だった。

USAIDは「イーロンを排除しよう」という広告をワシントンの街頭に出した:誤り」(Lead Stories, 2月12日)

そのようなポスターは実際に街頭に掲示されていたが、広告ではなく、USAIDによるものでもない。

USAIDがウクライナのファクトチェック団体への資金援助を止めると偽情報が12分の1に減った:誤り」(Stop Fake, 2月16日)

「マイクロソフトの研究によると」という引用で偽情報が減ったという情報が拡散したが、そもそもそのようなマイクソフトの研究は存在しない。

日本における偽情報の拡散

日本でもUSAIDの資金が流れ込んでいるのではないかという投稿がXを中心にソーシャルメディア上で大量に拡散しました。

「#USAID と直接または間接的に関係がある可能性のある61の日本の組織・団体のリストです」というXの投稿は1.1万回以上リポストされ、169万回以上表示されています。

省庁では、外務省、厚生労働省、経済産業省、環境省。 マスメディアでは、 NHK、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日経新聞、産経新聞、共同通信、時事通信、東京新聞、北海道新聞、日本テレビ、テレビ朝日、TBS、フジテレビ、テレビ東京、文化放送、ニッポン放送、TBSラジオの18社の名前が挙げられています。

投稿は新聞やテレビや公的機関の発表など26件を「情報源」としてリストにしていますが、それらを見ても、これらの省庁・マスメディアにUSAIDから資金が流入していたとは確認ができません。

日本ファクトチェックセンター(JFC)が問い合わせたところ、2月20日までに日本テレビ、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、テレビ朝日、フジテレビから資金提供は受けていないという回答を得ました。

毎日新聞は「『USAIDの指示で報道』を否定 国内新聞、通信、テレビの15社」という記事で、名指しされたマスメディア18社のうち、ラジオを除く15社に問い合わせ、全社が資金提供は「ない」「確認されていない」と答えたと報じました。

朝日新聞やNHKもそれぞれUSAIDについて報じる記事の中で、自分たちが資金提供を受けたという情報を否定しています(朝日新聞NHK)。

米政府によるメディアやジャーナリストへの支援

USAIDだけでなく、アメリカ政府が各国のメディアやジャーナリストを支援する事例があることは事実です。しかし、それらは日本のような民主主義の先進国家ではなく、多くはジャーナリストとしての活動が困難な地域が対象です。

アメリカ政府が2025年に世界の独立系メディアや情報の自由な流通のために計上した予算は2億6800万ドル。国境なき記者団は2023年にUSAIDによって6200人のジャーナリスト、707の非政府系報道機関、279の独立メディアを支援してきたという数字を挙げ、権威主義的な国家で言論の自由のために活動している個人や団体が活動困難になることに懸念を表明しています(国境なき記者団, 2月3日)。

国境なき記者団の記事の中では、政府当局の圧力から逃れて活動する「亡命メディア」のジャーナリストの声が紹介されています。ベラルーシの亡命メディアは「資金凍結によって他に資金源が見つからなければ活動を中止せざるを得ない」と語り、カメルーンやイランの亡命メディアも次々と活動の縮小や停止に追い込まれていると報じています。

筆者(古田)はアメリカ国務省の支援を受けたことがあります。International Visitor Leadership Program(IVLP)というもので、世界各国からジャーナリストを招き、アメリカのジャーナリズムの現状を視察するというプログラムに招待されました。

第一次トランプ政権下だった2018年のプログラムに参加したのは、日本からは当時BuzzFeed Japan創刊編集長だった私、他に香港、タイ、ベトナム、インドネシア、オーストラリアから一人ずつ記者が参加しました。3週間にわたり、アメリカ各地の報道機関や専門家と交流して議論を交わしました。この間の渡航費や滞在費はアメリカ政府が負担しました。

様々な分野での民間交流を強化することが目的であり、参加後にアメリカ政府から報道の仕方などについて指示を受けたことは一度もありません。

また、日本ファクトチェックセンターはUSAIDやアメリカ政府からの資金援助は受けていません。

アメリカで検証済みの情報も時間差で日本で拡散

USAIDの問題はアメリカで話題となり、多数の偽・誤情報が拡散し、その多くはすでに検証で誤りであると指摘されています。

一方で、それらの情報が時間差で日本に輸入され、「日本のメディアも資金援助を受けている」と改変され、拡散しています。

USAIDの成り立ちを考えれば、日本メディアが資金提供を受けるということは、そもそも考えにくいですし、アメリカ政府の公開資料などからもかなりの部分は確認できます。

いまは翻訳ツールを使えば、完璧ではないにしろ、ある程度は英語の資料や記事も読むことが可能になりました。検証記事データベース「Fact Check Explorer」なども活用して、安易に偽・誤情報を信じたり、拡散したりしないように注意しましょう。

メディアの信頼性の低下が根本的な問題

なぜ、このような調べればすぐにわかる誤情報が日本のソーシャルメディアでトレンド入りするほど拡散するのか。そこには兵庫県知事選に通じる背景があります。マスメディアへの不信感です。

兵庫県知事選では「マスメディアは真実を隠し、斎藤知事を貶めようとしている」などという言説が、立花孝志氏の動画とともに拡散しました。マスメディアへの信頼性が高ければ、こういう言説はそもそも広がりません。

今回、USAIDは左派メディアに資金提供しているという情報が、日本に輸入される際に「日本メディアも資金提供を受けて言論操作されている」と変化したのも、メディアの信頼性が低下しているからと言えます。

この根本的な問題に日本メディアが個別の社を超えた形で対応しない限り、同じようなことは何度でも、さらに深刻な形で繰り返すでしょう。


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