3カ月居住で中国人に投票権を付与する条例を武蔵野市が推進?【ファクトチェック】

3カ月居住で中国人に投票権を付与する条例を武蔵野市が推進?【ファクトチェック】

「3カ月居住で中国人に投票権を付与する条例を武蔵野市が推進している」という言説が拡散しましたが、不正確です。武蔵野市は外国人の住民投票資格について議論していますが、中国人に限定しておらず、付与を前提として議論しているわけでもありません。

検証対象

「3ヶ月居住で中国人に投票権を付与する条例を武蔵野市が推進している」という言説が拡散した。2023年9月7日現在でリポスト9000件以上、表示回数が290万回を超えたツイートもある。

画像

拡散したツイートにはツイッターまとめサイト「News U.S.」の記事へのリンクが貼られている。該当する記事の見出しは「【緊急速報】東京都武蔵野市が『3カ月居住で中国人に投票権付与』の条例推進」。

返信欄では「いつか気づかないうちに侵略が終わってることも、、、」や「静かなる侵略は足元まで迫ってる(>_<。)💦」と恐れる声や「マジで言ってるのか。」と驚きのコメントもある。

検証過程

まとめ記事にはツイートが貼られており、「東京都武蔵野市の外国籍住民のうち34.7%が中国人。そんな状況の中、現市長は“3カ月の居住”で住民投票権を与える条例を通過させようと現在も暗躍中」「有識者懇談会も定期的に開催されていますが、ほぼクローズドで行われています。議事録が出るまで何週間もかかり、発言者は無記名」などと書かれている。

画像

ツイートが話題にしているのは武蔵野市の「住民投票制度に関する有識者懇談会」だ。外国籍住民のうち34.7%が中国人というのは武蔵野市の2022年4月末の資料で確認できる。市のウェブサイトによると、2023年7月末時点では35.5%で大きく変わってはいない。

日本ファクトチェックセンター(JFC)は武蔵野市が「3ヶ月居住で中国人に投票権を付与する条例を推進している」とする言説について、ウェブ上で公開されている資料や会議録、武蔵野市への取材をもとに検証する。

住民投票と選挙権の違い

議員や公職に就く人を選ぶ「選挙権」と、地方公共団体における「住民投票」は異なる。総務省のウェブサイトによると、住民投票は「地方公共団体がその可否又は選択肢を住民に示し、住民が投票により自らの意思を表明するもの」とされる。

まとめ記事の元のツイートは「住民投票に関する投票権」と書いている。しかし、まとめ記事の見出しでは「投票権」としか書かれておらず、選挙権と受け取られかねないミスリードな記述になっている。

中国人に限定して議論したのか

2023年7月4日に開催された「第1回住民投票制度に関する有識者懇談会」の資料会議録によると、この有識者懇談会は「武蔵野市における住民投票制度の確立に向けた論点整理」を目的に設置され、第1回の会議では、座長・副座長の選出や住民投票制度に関する意見交換などがあった。

それらの意見の中に、住民投票制度の中で、中国人に住民投票権を付与するように求める発言はあったのか。まず、全34ページにわたる議事録の中で「中国」という発言は一つもない。

外国籍の住民への投票資格付与の検討状況は

会議録の中では、外国籍の住民の投票資格に関して、有識者からの質問や意見表明で合計26回、「外国」という言葉が登場する。「日本国籍でも外国籍の住民であろうと、区別せずに認めるべき」という積極的な声もあれば、「参政権については、日本国籍の住民にしか認められない。したがって、外国籍の住民は対象にできないのではないか」という見方も出た。

行政経営・自治推進担当課長は2021年度の武蔵野市の住民投票条例案の議論を紹介し、「投票資格者に外国籍の住民も含めるか否かでございます。ここは積極論、消極論、半々分かれました」と述べている。また、住民全体の意思表明に参加するという意味において投票資格者に外国人を含めると「その方々の意向が国政に影響するのではないのか」という意見が寄せられたことにも言及している。

つまり、現状で外国人への投票権付与に議論が傾いているわけではない。

JFCが現在の本条例案の検討状況について東京都武蔵野市に問い合わせたところ、以下の回答があった。

「現在本市では住民投票制度の確立に向け、検討を進めておりますが、条例案については白紙となっており、投票資格者については、地方自治法や住民基本台帳法に基づく住民の範囲との関係を整理する必要があり、現時点では一切決まっておりません」

ほぼ非公開か公開か

懇談会に参加する委員や日程などはウェブサイト上に公開されており、傍聴も可能だ。配布された資料や議事録も公開されているため、「ほぼクローズド」という言説は誤りだ。

武蔵野市も取材に「本年7月から開催しております有識者懇談会については公開の場で開催しており、複数の報道関係者の方にも取材いただいております。また条例案の上程時期は現時点では決まっておりません。発言者名は本市他の会議と同様の対応とし、発言者名を伏せています」と説明している。

判定

武蔵野市は住民投票制度について有識者懇談会を設け、外国籍の住民への投票資格についても議論している。しかし、対象を中国人に限定しておらず、付与を前提として議論しているわけでもない。よって、「3ヶ月居住で中国人に投票権を付与する条例を推進している」は不正確と判定した。

あとがき

自治体における外国人の政治参加をめぐっては、2023年1月にも「熊本市外国人への参政権付与」という言説が拡散しました。JFCで検証をし、不正確と判定しています

検証:鈴木刀磨
編集:古田大輔、野上英文、宮本聖二、藤森かもめ

検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。

「ファクトチェックが役に立った」という方は、シェアやいいねなどで拡散にご協力ください。誤った情報よりも、検証した情報が広がるには、みなさんの力が必要です。

X(Twitter)FacebookYouTubeInstagramなどのフォローもよろしくお願いします。またこちらのQRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、真偽が気になる情報について質問すると、AIが関連性の高い過去のJFC記事をお届けします。詳しくはこちらの記事を

もっと見る

ファクトチェックと「プリバンキング」 “情報の空白”を埋める注目の手法【JFC講座 実践編9】

ファクトチェックと「プリバンキング」 “情報の空白”を埋める注目の手法【JFC講座 実践編9】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第8回は、よく質問されるファクトチェックと調査報道や裏取りとの違いについてでした。第9回は世界のファクトチェック事例や新手法を解説します。 (本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています) ファクトチェックの多様な事例 ファクトチェックには原則がありますが、同時に、検証対象の選び方や組織のあり方などは多様です。国内外の事例を紹介します。 Factchek.org ファクトチェック団体としては老舗のFactchek.orgはアメリカ政治に関する偽情報に対応するために、「有権者のための消費者保護センター」を目指して2003年に設立されました。 そのため、主なトピックに並ぶのは「バイデン大統領」「トランプ前大統領」、そして「その他の大統領候補」などアメリカ政治中心です(2024年7月27日現在)。 例えば、「バイデンが不法移民に家賃を支払っているという根拠のない主張」という記事には、見出しに検証対象と検証結果=根拠なしが記され、記事内では検証過程が詳細に記述されていま

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
日本での農地取得、外国人が3分の2? 新聞記事の誤読が拡散【ファクトチェック】

日本での農地取得、外国人が3分の2? 新聞記事の誤読が拡散【ファクトチェック】

「外国人による農地取得が全体の3分の2」という言説が拡散しましたが、誤りです。新聞記事を誤読した投稿が拡散しました。 検証対象 2024年7月20日、日本農業新聞の記事を引用して「これやばいだろ?なんで国は規制しない? 外国人による農地取得が全体の3分の2を占めたらしい」という言説が拡散した。 この投稿は43万以上の閲覧と6900のリポストがある。「農地って簡単に買えるの?」「自国の国民のために農地を開拓しているのかもしれない」というコメントのほか、「記事をちゃんと読みましたか」「日本であっても規制はありますよー」といった指摘もある。 「外国人による農地取得が3分の2を占めた」という言説を検証する。 検証過程 言説に添付されたのは、日本農業新聞が2024年7月20日に配信した記事だ。拡散したスクショは「外国人の農地取得 23年は90ヘクタールに 3分の2が国内在住」という見出しで、7月26日朝の時点では「3分の2」が「国内在住の個人・法人中心」に変わっている。 外国資本が「全体の3分の2」ではない 記事の内容は「外国人もしくはその関係法人が2

By 宮本聖二
最新の複数世論調査でトランプ前大統領がハリス副大統領を大幅リード? 拡散したのは予想サイトの数字【ファクトチェック】

最新の複数世論調査でトランプ前大統領がハリス副大統領を大幅リード? 拡散したのは予想サイトの数字【ファクトチェック】

「最新の複数世論調査でトランプ大統領がカマラ・ハリスを大幅リード」という言説が拡散しましたが誤りです。言説に表示された数字は世論調査の数字ではありません。2024年7月26日現在、最新の世論調査では、両氏の支持率は拮抗しています。 検証対象 2024年7月23日、「最新の複数世論調査でトランプ大統領がカマラ・ハリスを大幅リード/NHKは『僅差』と報道」という言説が拡散した。言説にはまとめサイト「トータルニュースワールド」のリンクが添付されている。 2024年7月26日現在、投稿は1700件以上リポストされ、表示回数は31万件を超える。投稿について「当たり前」「妥当」というコメントがある。 検証過程 数字は予測市場プラットフォームの数字 拡散した言説にはまとめサイト「トータルニュース」のリンクが添付され、「64% Trump」「36% Kamala」と書かれたサムネイルが表示されている。リンク先を確認すると、根拠として「PolyMarket」の数字を集計した一般ユーザーのX投稿を複数取り上げている。 Polymarket(ポリマーケット)は、仮想通

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
ファクトチェックと調査報道 共通する手法と異なる方法論【JFC講座 実践編8】

ファクトチェックと調査報道 共通する手法と異なる方法論【JFC講座 実践編8】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第7回は、ファクトチェックに役立つサイトやツールについてでした。第8回はよく質問されるファクトチェックと調査報道や裏取りとの違いを解説します。 (本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています) ファクトチェックと調査報道の違い 「ファクトチェックは事実を確かめることだから、報道機関は当然どこでもやっているのではないか」とよく聞かれます。 半分正解で半分間違いと言えます。何が共通していて、何が異なるのかを解説していきます。 ファクトチェックとオンライン調査 検証の根拠を公開し、可能な限りユーザーにもアクセス可能にすることが原則のファクトチェックでは、オンライン調査の手法を活用します。 誰でもアクセスできるオープンソースを使うOSINTの重要性は実践編6でも説明した通りです。 OSINTでファクトチェック 公開データを使い真偽を判別する【JFC講座 実践編6】日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第5回は、生成AIで作られる画像

By 古田大輔(Daisuke Furuta)