自分の土地で採れた種をまいたら懲役10年? 許諾が必要なのは登録品種の一部【ファクトチェック】

自分の土地で採れた種をまいたら懲役10年? 許諾が必要なのは登録品種の一部【ファクトチェック】

「自分の土地で採れた種をまくと懲役10年」という言説が繰り返し拡散していますが、不正確です。2020年に農産物や園芸植物の新品種開発者を保護する種苗法が改正され、農家が登録品種について、収穫物の一部を次の作付けに使う「自家増殖」には許諾が条件となりましたが、全ての品種が対象ではありません。

検証対象

「自分の土地で採れた種を来年まいたら懲役10年」と主張する動画の投稿がTikTokやX(旧Twitter)で拡散した(例1例2)。9月6日現在、Xの投稿の一つだけでも340万の閲覧がある。

このXの投稿には2900件のリポストがあり、「マジで種子法異常!」と言ったコメントのほか「種苗法が権利を保護しているし、今のところ問題はないと言われている」と言った書き込みもある。

検証過程

自家増殖とは収穫物の一部を次の作付けのための種苗として使うことで、農業者にのみ認められている(農林水産省)。

改正種苗法による罰則

動画で「自分の土地で採れた種を来年まいたら懲役10年」と話しているのは、2022年4月に完全施行された改正種苗法のことだ。

農水省によると、改正は日本で開発された優良品種を守るために、登録した品種について無断栽培や海外への流出を防ぐことなどが目的だ。登録された品種を自家増殖するときは、原則、育成者の許諾が必要になる(農水省「改正種苗法について」2021年11月)。

新たに植物品種を育成した人が国に登録することで知的財産権の一つである育成者権を得るという(農水省「育成者権」)。故意に育成者権を侵害した場合は、10年以下の懲役、もしくは1000万円以下の罰金、もしくはその両方が課せられる(農水省「育成者権侵害について」)。

自家増殖は全て許諾が必要か

農水省によれば、地域で長年作られてきた聖護院大根や下仁田ねぎなどの在来種、コシヒカリ(コメ)など開発後に品種登録されたことがないもの、紅秀峰(サクランボ)など登録期間が切れたものなどは、許諾なしで自家増殖することができる(農水省)。

ただし、シャインマスカットなどの登録品種は育成者の許諾が必要だ(農水省「品種登録データ検索」)。登録品種となっている割合は、米17%、みかん3%、りんご5%(農水省「改正種苗法について」35ページ)。

さとうきびの自家増殖

拡散した動画は、さとうきびについて「沖縄のサトウキビ農家の方々、自分のとこで採れた種をまいてる。サトウキビの人達どうするんですか」と指摘していたが、ミスリードだ。

さとうきびは、沖縄県と鹿児島県で栽培されている(農水省「令和4年産さとうきびの収穫面積及び収穫量」)。

日本ファクトチェックセンター(JFC)が沖縄県農業研究センターに取材したところ、沖縄県で登録されたさとうきび品種は、沖縄県内の農家が県内で自家増殖する場合、許諾は必要ない(沖縄県「沖縄県登録品種・出願中品種の自家増殖等の取り扱いについて」)。

鹿児島県農産園芸課は、JFCの取材に対して、鹿児島県内で栽培されているさとうきびは農研機構で育成したもので、鹿児島県糖業振興協会が各農家が自家増殖できるよう一括して農研機構から許諾を取っていると説明した。

農研機構は許諾手続きをしないで自家増殖できる作物としてさとうきびをあげている(農研機構・「農研機構育成の登録品種の自家用の栽培向け増殖に係る許諾手続きについて(農業者向け)」)。

つまり、沖縄県も鹿児島県もさとうきび(登録品種)の各農家は自家増殖できる。なお、さとうきびは、種をまくのではなく、収穫後の根株から発芽させるか、茎を畑に植えて栽培する(沖縄県「さとうきび栽培技術情報」)。

判定

「自分の畑で採れた種をまくと懲役10年になる」という言説が繰り返し拡散しているが、不正確。改正種苗法によって、登録された品種を使う際に権利者(育成権者)の許諾が必要だが、全ての品種が対象ではない。また、さとうきびは沖縄・鹿児島両県では農家は許諾なしで自家増殖ができる。

JFCでは2022年10月28日にも、「自分の畑で採れた種を蒔くと最大懲役10年の刑罰を課される?」という記事を配信して、「不正確」と判定している。

検証:宮本聖二
編集:藤森かもめ、野上英文、古田大輔

判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

ファクトチェックやメディア情報リテラシーについて学びたい方は、こちらの無料講座をご覧ください。ファクトチェッカー認定試験や講師養成講座も提供しています。

理論から実践まで学べるJFCファクチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介
日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

もっと見る

黄砂は中国の農業が引き起こしている? 無関係な動画【ファクトチェック】

黄砂は中国の農業が引き起こしている? 無関係な動画【ファクトチェック】

多数のトラクターが砂塵を巻き上げながら走っている動画と共に「黄砂は中国の人工的なテロ」と主張する投稿が拡散しましたが、誤りです。拡散した動画はブラジルの農業風景を映したもので、中国は関係ありません。動画はこれまでにも世界中で違う文脈で拡散しています。 検証対象 2025年3月13日、「黄砂🇨🇳って人工的なテロだったんだね…」と書かれた投稿が拡散した。多数のトラクターが砂塵や土埃のようなものを巻き上げながら走っている様子が映った動画が添付されている。 投稿は約1500件のリポストと約17万件のインプレッションを獲得している。「日本に飛来するようにわざとやってます⁉」「もしかしてワタシの持病の粉塵アレルギーや気管支喘息ももしかしてコレの所為?」などのコメントが付く一方で、フェイクを指摘する声もある。 検証過程 過去に中国とは別の文脈で拡散した動画 日本ファクトチェックセンター(JFC)が投稿に添付された動画の一部をGoogle画像検索で調べたところ、同じ動画を使ったYouTube動画やXの投稿がヒットした(投稿1、投稿2、投稿3)。 これらの投稿

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
兵庫県百条委、告発7つを全否定? テレビ画像を加工【ファクトチェック】

兵庫県百条委、告発7つを全否定? テレビ画像を加工【ファクトチェック】

兵庫県・斎藤元彦知事に関する県議会の百条委員会が、告発された7項目全てを否定したという情報が拡散しましたが、誤りです。根拠とされたテレビ画像は加工されています。 検証対象 2025年3月9日、「7つの告発」という見出しに、「職員へのパワハラ」「不当な解任で理事長急死」など、斉藤知事に対する告発の7項目が書かれ、いずれもバツ印と「否」の文字がついているテレビ番組と思われる画像の投稿が拡散した。「百条委員会ってやる意味あったの?」という文言がついている。 3月14日現在、46万以上の閲覧と280あまりのリポストがついて、「結論ありきでホント酷かった」「ないですよね…微塵も」「時間と税金の無駄遣い委員会」などのコメントがついている。一方、コミュニティノートが付き「加工された画像」だと指摘している。 検証過程 画像はサンデージャポンの一場面 拡散した画像の右上には爆笑問題の太田光さんらが映っており、TBS「サンデージャポン」のように見える。拡散した投稿のリプ欄にはサンデージャポンの該当箇所と思われる動画をつけた投稿もある。 この動画を見ると、拡散した画像

By 宮本聖二
新型コロナワクチンで寿命が短くなる? 根拠不明のデータ【ファクトチェック】

新型コロナワクチンで寿命が短くなる? 根拠不明のデータ【ファクトチェック】

新型コロナワクチンで寿命が短くなることを示したデータがあるという情報が拡散しましたが、根拠不明です。同じような情報が過去に世界でたびたび拡散していますが、いずれも「根拠不明」と判定されています。 検証対象 2025年2月12日ごろから、30歳の人が3回新型コロナワクチンを打ったら55歳までしか生きられないデータが出たという主張や、新型コロナワクチンは人口削減ワクチンだなどと言う投稿がXで複数拡散した(例1、例2)。 投稿は、多いものは3000回以上リポストされ、表示は269.3万回を超える。投稿には「そもそも政府がグレートリセットって発言されてます」「3回打たされた小中学生はどうなるんだろう…」などのコメントのほか「統計出せるほど年数経ってませんがね」「どうやってデータ取ったんだよ笑」という批判もある。 検証過程 新型コロナワクチンの接種から約4年しか経っていない 検証対象は、「30歳の人が3回コロナワクチンを打ったら55歳までしか生きられないデータが出た」「統計が出ている」などと主張する。同ワクチンの一般人への接種が始まったのは英国が初めてで、2

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
菅元首相がワクチン注射を誤魔化した? 映像の角度によるもの【ファクトチェック】

菅元首相がワクチン注射を誤魔化した? 映像の角度によるもの【ファクトチェック】

菅義偉元首相が「刺すと引っ込む針」を使ってワクチン接種を誤魔化したという情報が拡散しましたが、誤りです。拡散した動画では注射針が消えたように見える場面がありますが、別の映像では針がはっきりと映っています。 検証対象 2025年3月3日、菅元首相(当時)が2021年3月16日に新型コロナのワクチン接種をする動画とともに「日本国民のみなさん、まだ騙されたままですか? 首相を含め政府関係者が、インチキなAIR接種をしてることに気づきましょう」という投稿が拡散した。 この動画を見ると注射の針が消えているように見える場面がある。そこを指摘して「刺すと引っ込む針ですね」「生物兵器であることを知ってて、わざわざ自分から打つわけないでしょ」などのコメントがついている。この投稿は910万の閲覧と2500を超えるリポストがある。 検証過程 拡散した動画の内容は 投稿につけられた動画は15秒。マスク姿の菅氏が注射を受けている。医者が注射を取り出すと針が飛び出たように見える。これが「刺すと引っ込む針」「AIR注射」などと批判が出る根拠となっている。 動画の左上にはテレビ

By 宮本聖二