新型コロナのmRNAワクチンで死亡リスクが74%上昇? 根拠とされた論文の結論は正反対【ファクトチェック】

新型コロナのmRNAワクチンで死亡リスクが74%上昇? 根拠とされた論文の結論は正反対【ファクトチェック】

フランスでの新型コロナウィルスワクチンに関する大規模な研究で「mRNAワクチンを接種した人の4年間の『全死因死亡リスク』が25%増加」「重症COVID-19ワクチン関連の死亡リスクは74%上昇」などと判明したという主張がXで拡散しましたが、誤りです。根拠と見られる論文は「COVID-19のmRNAワクチンを接種したフランスの18-59歳を対象とした調査で、4年間の全死因死亡率の上昇は見られなかった。mRNAワクチンの安全性をさらに裏付けた」と、正反対の結論を出しています。

検証対象

拡散した言説

2025年12月17日、「フランスから、成人2,800万人を対象に行われた大規模研究で、mRNAワクチンを接種した人の4年間の『全死因死亡リスク』が25%も増加していたことが判明したという衝撃の報告があった」「重症COVID-19ワクチン関連の死亡リスクはなんと74%も上昇」などと主張する動画付きの投稿がXで拡散した。

検証する理由

12月22日現在、投稿は1100回以上リポストされ、表示は4.4万件を超える。

投稿には「ちょっと翻訳にかければ真逆だと分かる」という指摘もあるが、「貴重な情報を教えて下さり感謝申し上げます」や「国家賠償請求する事案に、近い将来日本でなることと思います」など、投稿を真に受けたコメントも多い。

検証過程

動画の内容は

添付動画は42秒。黒い服の女性が英語で話している。ポイントを以下に抜粋する。

「新型コロナワクチンの接種を受け、2ヶ月後に多臓器不全や奇妙な肺炎、死に至るようなRSウイルス、その他あらゆる不可解な症状や癌で入院するケースがあります。これらは報告すべき事案です」

「多くの人は、副反応はワクチン接種後48時間以内に起こると思いこんでいます。でももしワクチン接種以外に特別な出来事がないまま『ターボがん』になったとしたら?それも報告対象です」

「患者は『新型コロナワクチンを接種して以来、ずっと体調が優れない』と言うでしょう。患者は、あなたに有害事象を報告すべきだと訴えているのです」

動画の右下には、動画編集ソフトVrewのウォーターマークがある。AIを使った編集の可能性もあるが、映像自体には違和感はない。

フランスの大規模調査は実在するが、論文の結論は投稿と正反対

米国国立医学図書館(NLM)が提供する、医学・生命科学の文献情報データベースPubMedで「France COVID-19 mRNA Mortality」というキーワードで検索してみた。

見つかるのは2025年12月1日に公開された、フランス国立医薬品・保健製品安全庁(ANSM)および国立健康保険機構(CNAM)直属疫学研究グループ(EPI-PHARE)のLaura Semenzato氏らによる論文「フランスの18-59歳成人におけるCOVID-19 mRNAワクチン接種と4年間の全死亡率(COVID-19 mRNA Vaccination and 4-Year All-Cause Mortality Among Adults Aged 18 to 59 Years in France)」だ。

フランスで実施された、新型コロナmRNAワクチンの長期的な安全性に関する大規模な調査結果をまとめた論文だ。「2800万人を対象」や「4年間の全死因死亡リスク」「25%」「74%」など、数字や条件が拡散した投稿と一致する。これらから、投稿は、この論文を根拠とした可能性が高い。

論文から、投稿と関係が深い個所を以下に抜粋する。

「ワクチン接種者は、重症COVID-19による死亡リスクが74%低く(加重ハザード比 [wHR] 0.26 [95% CI 0.22-0.30])、全死因死亡率のリスクも25%低い(wHR 0.75 [95% CI 0.75-0.76])結果となった」

「結論及び意義:2800万人を対象としたこの全国的なコホート研究の結果、COVID-19ワクチンを接種した18-59歳において、4年間の全死因死亡率のリスクの上昇は見られなかった。この結果は、世界中で広く使用されているmRNAワクチンの安全性をさらに裏付けるものとなった」

つまり、論文は「死亡率の上昇はなかった」「mRNAワクチンの安全性を裏付けた」などと結論づけている。細かい数字は投稿通りだが、拡散した投稿とは正反対の結論だ。

判定

フランスで実施された新型コロナウィルスワクチンに関する大規模な研究で「ワクチンを接種した人の4年間の全死因死亡リスクが25%も増加したと判明」という主張がXで拡散した。出展元と見られる論文は投稿内容と正反対の結論だ。よって、誤りと判定する。

出典・参考

Laura Semenzato , Stéphane Le Vu , Jérémie Botton , Marion Bertrand , Marie-Joelle Jabagi, Jérôme Drouin, François Cuenot , Valérie Olié , Rosemary Dray-Spira , Alain Weill , Mahmoud Zureik."COVID-19 mRNA Vaccination and 4-Year All-Cause Mortality Among Adults Aged 18 to 59 Years in France".2025 Dec 1.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41343214/,(閲覧日2025年12月22日).

検証:根津綾子
編集:古田大輔、藤森かもめ


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

犬がエレベーターの落下を予見して乗ろうとした子どもを助けた? 動画はAI生成【ファクトチェック】

犬がエレベーターの落下を予見して乗ろうとした子どもを助けた? 動画はAI生成【ファクトチェック】

「子どもが犬とエレベーターに乗ろうとしたところ、犬が騒いだので見送った。するとエレベーターは落下して命が助かった」というストーリーの動画が拡散しましたが、現実の映像ではなく、誤りです。動画は不自然な日付表示や映像の乱れなど、AIで生成した特徴があります。 検証対象 拡散した投稿 2025年12月15日、「犬の察する能力ってすごいね!」という動画付き投稿が拡散した。 動画には、エレベーターに乗ろうとする少年を犬が阻止し、その後、エレベーターが落下する様子が写っている。 検証する理由 12月22日現在、この投稿は1400件以上リポストされ、表示回数は797万回を超える。投稿について「そんなタワテラの最初みたいなことある?」「本物の映像かと思った」というコメントの一方で「フェイクばかりでイヤになる。AI規制すべき」という指摘もある。 検証過程 拡散した動画は21秒間。2025年12月14日に英語でXに投稿され、15日に日本語で引用されて拡散した。 動画右上(赤線)には2025-12-21と書かれ、拡散した時点で未来の日付だ。 また、エレベーター

By 木山竣策(Shunsaku Kiyama)
増え続ける政治系偽情報への対応は/JFC記事・動画や関連記事【今週のファクトチェック】

増え続ける政治系偽情報への対応は/JFC記事・動画や関連記事【今週のファクトチェック】

選挙運動に関する各党協議会に招かれ、衆議院議員会館で選挙に関わる偽情報の広がりや外国からの情報操作の現状について話しました。 政治に関する偽・誤情報は以前からありましたが、2024年からさらに増えました。理由は東京都知事選、総選挙、兵庫県知事選と注目の選挙が続き、しかも、YouTubeなど動画で選挙や政治に関する情報を見る人が増えたからです。 あるトピックが見られるとわかれば、そのトピックの動画をつくる人は増えます。見る人が増えれば、ソーシャルメディアのアルゴリズムはその動画をより多くの人に届けるようになります。こうして需要と供給のスパイラルが加速します。 「選挙運動に関する偽情報」と言っても、そういった情報は選挙のときだけに流れているわけではありません。ソーシャルメディア上には、常に根拠不明な動画が拡散し、そこには海外からのものと見られる不自然な投稿の急増なども見られます。しかも、それは日本語に限りません。 各党協議会では、法的な規制の是非やファクトチェック団体への支援などに関する質疑もありました。どのような議論をするにしろ、対応を急ぐ必要があります。AIの発展や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
地震のたびに拡散する「人工地震説」や「地震予知」は何が間違っているのか 専門家が解説

地震のたびに拡散する「人工地震説」や「地震予知」は何が間違っているのか 専門家が解説

大きな地震が起きるたびにインターネット上では「人工地震だ」とか「予知されていた」「次の地震は〇月〇日」などの情報が拡散します。科学的な根拠はなく、これまでに日本ファクトチェックセンター(JFC)は何度も「誤り」と検証してきました。次の拡散を防ぐために、JFCは東京大学地震研究所/情報学環・学際情報学府の酒井慎一教授に改めて解説してもらいました。 地震予知は可能? Q「30年以内に地震が発生する確率は何十%」といった長期的な予測は政府も公表します。一方で、大きな地震が起きると「巨大地震は予知されていた」とか「次の地震は〇月〇日」など、日付や場所を特定した「予言」が拡散します。このようなピンポイントの地震予知は現代の科学で可能なのでしょうか。 できません。地震のメカニズムは、今でも多くのことが分かっていません。多くの人はプレート(岩盤)同士が押し合い、跳ね返ったり壊れたりして地震が起こると考えていますが、実際はもっと複雑です。地震は地下にある断層面にそって、岩盤同士が急激にズレることで起こります。断層面はでこぼこしており、触れ合っている岩盤と岩盤が摩擦力で固着し

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
伊東市長選挙は不正選挙だった? 画像は市議選、選挙不正の根拠なし【ファクトチェック】

伊東市長選挙は不正選挙だった? 画像は市議選、選挙不正の根拠なし【ファクトチェック】

2025年12月14日投開票の伊東市長選挙をめぐり、開票作業で不正があったと示唆する画像付きの投稿が拡散していますが、誤りです。根拠とされた画像はそもそも市長選ではなく市議選のもの。伊東市選挙委員会は開票作業について「不正はなかったと認識している」と話しています。 検証対象 検証する投稿 12月15日、「伊東市長選挙は不正選挙が行われていた?」という画像付き投稿が拡散した。画像には、票が積み上げられた画像と共に「TVで放送された卓上に積み上がっている票束の高さと選挙管理委員会から発表の票数差に不安を抱きました」と書かれている。 検証する理由 この投稿は戸田市議会議員の河合ゆうすけ氏によるもので、12月18日現在、290件以上リポストされ、表示回数は23万回を超える。 「あると思います」「不正しちゃってるね…」と同調するコメントがつく一方で「意に沿わない結果は何でも不正なのか」という指摘もある。 検証過程 伊東市長選と拡散した画像 伊東市長選挙は、学歴詐称疑惑で2度の不信任決議を受けた田久保真紀前市長の失職に伴い14日に投開票され、田久保氏

By 木山竣策(Shunsaku Kiyama)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は1月24日(土)午後2時~3時30分で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei0124.peatix.com 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にどのような知識

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験

JFCファクトチェッカー認定試験

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)