インフルエンザワクチン「フルミスト」は劇薬だから危険? ワクチンは劇薬指定が原則【ファクトチェック】

インフルエンザワクチン「フルミスト」は劇薬だから危険? ワクチンは劇薬指定が原則【ファクトチェック】

鼻から吸い込むタイプのインフルエンザワクチン「フルミスト」の添付文書に「劇薬」と書いてあることなどから、「フルミストは危険」と訴える投稿がXやインスタグラムなどで拡散していますが、誤りです。フルミストに限らず、ワクチンは原則「劇薬」に指定されています。「劇薬」は、用量・用法を誤ると有害なおそれがあり、厳重に管理しなければならない医薬品を指しますが、ワクチンが危険だという意味ではありません。

検証対象

拡散した言説

2025年9月4日、フルミスト点鼻薬の添付文書に「劇薬」や「ミトコンドリア脳筋症症状悪化」などと書いてあることから「子供の命が危険」と主張する投稿がXで拡散した。

検証する理由

インスタグラムやTikTokでもフルミストの危険性を訴える投稿が多数拡散し、中には100万回以上再生されている動画もある(例12)。

検証過程

フルミストとは

フルミストは、2024年10月に国内で接種が始まった鼻から吸い込むタイプのインフルエンザワクチンだ。ウィルスを弱めて使う生ワクチンで、2歳以上19歳未満を対象とし、接種回数は1回で済む。

米国では2003年から接種が始まり、2023年4月現在、36の国と地域で承認されている(厚生労働省”小児に対するインフルエンザワクチンについて”)。

ほとんどのワクチンが「劇薬」指定、身近な薬にも

フルミストの添付文書には確かに「劇薬」と書いてある。

厚生労働省の「一般用医薬品及び劇薬について」という文書によると、「劇薬」は、薬事法第44条第2項の規定に基づき、劇性が強いものとして、厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定する医薬品のことだ(厚生労働省”一般用医薬品及び劇薬について”)。

「劇薬」の記載について、日本ファクトチェックセンター(JFC)は、日本感染症学会インフルエンザ委員会の中野貴司・川崎医科大学特任教授に取材した。中野特任教授は、フルミストが人体に有害だという言説を明確に否定し、以下のように述べた。

「『劇性が強い』ということと、『人体に有害』とは別の意味だ。用法や用量に十分注意して使う必要はあるが、『劇薬指定の薬剤』=『人体には有害物』というのは誤りだ」

「ワクチンのみならず、生物由来製剤は劇薬を義務づけられている。また医療用医薬品では、劇薬指定されている身近な薬として、高血圧の薬(多くの降圧薬)、糖尿病の薬(インスリン注射など)、痛み止め(インドメタシンなど)、骨粗鬆症の薬、喘息の薬(アミノフィリンなど)、胃薬の一部などがある」

「ミトコンドリア脳筋症症状悪化」は?

拡散した投稿が主張する通り、フルミストの添付文書の副反応欄には「ミトコンドリア脳筋症の症状悪化」と記載がある。

ミトコンドリア脳筋症とは、全身の細胞の中にありエネルギーを作るミトコンドリアの働きが低下することでおこる病気「ミトコンドリア病」の一種だ(難病情報センター”ミトコンドリア病(指定難病21)”)。

てんかん、頭痛や嘔吐などの症状があり、脳卒中に似た症状を伴う発作が起き、運動能力や精神機能が損なわれる(Salvatore DiMauro, MD and Michio Hirano, MD.日本語訳者: 和泉 賢一”MELAS”)。

医薬品・医療機器等の安全性を審査する独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)のフルミストの審査報告書によると、2021年8月31日までに、海外製造販売後に32例の脳炎が認められ、そのうち31例が重篤で、このうち1例がミトコンドリア脳筋症だ(医薬・生活衛生局医薬品審査管理課”審議結果報告書 フルミスト点鼻液”p25-26)。

日本小児科学会は、次の条件に当てはまる人には、フルミストではなく不活化インフルエンザHAワクチンのみの使用を推奨している。

「生後6か月〜2歳未満、19歳以上、免疫不全患者、無脾症患者、妊婦、ミトコンドリア脳筋症患者、ゼラチンアレルギーを有する患者、中枢神経系の解剖学的バリアー破綻がある患者」(公益社団法人日本小児科学会”経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの使用に関する考え方~医療機関の皆様へ~”)

中野特任教授は「臨床試験で少ない例であっても副反応と考えられる症状が出た者や、理論的にインフルエンザが重症化する宿主に対しては、他にも不活化ワクチンという予防手段もあるので、フルミストを選択することは推奨しないという注意喚起を発信している」と説明する。

「脳に近い鼻から劇薬噴霧は危険」?

拡散した投稿には、脳に近い鼻から劇薬を入れることに対する懸念の声もある(例3,4)。中野特任教授は「臨床試験で安全性が確認されている」と明確に否定したうえで、次のように指摘した。

「インフルエンザの鼻から噴霧する海外のワクチン(生ワクチンではなくアジュバントを含有した不活化ワクチン)で、顔面神経麻痺のリスクが増大したという例が過去にあった。アジュバントが、鼻粘膜と近いところにある顔面神経に影響を与えた可能性が考察されている。この事例と混同しているのではないか」

判定

「フルミストは危険」と訴える投稿が拡散している。フルミストに限らず、ワクチンは原則「劇薬」に指定されており、ワクチンが危険だという意味ではない。ミトコンドリア脳筋症やゼラチンアレルギーなどがある人は、フルミストではなく不活化インフルエンザHAワクチンを接種するよう推奨されているが、これはフルミストが危険であるということではない。よって、誤りと判定する。

出典・参考

厚生労働省.”小児に対するインフルエンザワクチンについて”.https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001256393.pdf,(閲覧日2025年12月23日).

厚生労働省.”一般用医薬品及び劇薬について”.https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000014658.pdf,(閲覧日2025年12月23日).

難病情報センター.”ミトコンドリア病(指定難病21)”.https://www.nanbyou.or.jp/entry/194,(閲覧日2025年12月23日).

Salvatore DiMauro, MD and Michio Hirano, MD.日本語訳者: 和泉 賢一.”MELAS”.https://grj.umin.jp/grj/melas.htm,(閲覧日2025年12月23日).

医薬・生活衛生局医薬品審査管理課.”審議結果報告書 フルミスト点鼻液”.https://www.pmda.go.jp/drugs/2023/P20230424001/430574000_30500AMX00102_A100_1.pdf,(閲覧日2025年12月23日).

公益社団法人日本小児科学会.”経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの使用に関する考え方~医療機関の皆様へ~”.https://www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=607,(閲覧日2025年12月23日).

検証:リサーチチーム、根津綾子
編集:藤森かもめ、古田大輔


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

犬がエレベーターの落下を予見して乗ろうとした子どもを助けた? 動画はAI生成【ファクトチェック】

犬がエレベーターの落下を予見して乗ろうとした子どもを助けた? 動画はAI生成【ファクトチェック】

「子どもが犬とエレベーターに乗ろうとしたところ、犬が騒いだので見送った。するとエレベーターは落下して命が助かった」というストーリーの動画が拡散しましたが、現実の映像ではなく、誤りです。動画は不自然な日付表示や映像の乱れなど、AIで生成した特徴があります。 検証対象 拡散した投稿 2025年12月15日、「犬の察する能力ってすごいね!」という動画付き投稿が拡散した。 動画には、エレベーターに乗ろうとする少年を犬が阻止し、その後、エレベーターが落下する様子が写っている。 検証する理由 12月22日現在、この投稿は1400件以上リポストされ、表示回数は797万回を超える。投稿について「そんなタワテラの最初みたいなことある?」「本物の映像かと思った」というコメントの一方で「フェイクばかりでイヤになる。AI規制すべき」という指摘もある。 検証過程 拡散した動画は21秒間。2025年12月14日に英語でXに投稿され、15日に日本語で引用されて拡散した。 動画右上(赤線)には2025-12-21と書かれ、拡散した時点で未来の日付だ。 また、エレベーター

By 木山竣策(Shunsaku Kiyama)
新型コロナのmRNAワクチンで死亡リスクが74%上昇? 根拠とされた論文の結論は正反対【ファクトチェック】

新型コロナのmRNAワクチンで死亡リスクが74%上昇? 根拠とされた論文の結論は正反対【ファクトチェック】

フランスでの新型コロナウィルスワクチンに関する大規模な研究で「mRNAワクチンを接種した人の4年間の『全死因死亡リスク』が25%増加」「重症COVID-19ワクチン関連の死亡リスクは74%上昇」などと判明したという主張がXで拡散しましたが、誤りです。根拠と見られる論文は「COVID-19のmRNAワクチンを接種したフランスの18-59歳を対象とした調査で、4年間の全死因死亡率の上昇は見られなかった。mRNAワクチンの安全性をさらに裏付けた」と、正反対の結論を出しています。 検証対象 拡散した言説 2025年12月17日、「フランスから、成人2,800万人を対象に行われた大規模研究で、mRNAワクチンを接種した人の4年間の『全死因死亡リスク』が25%も増加していたことが判明したという衝撃の報告があった」「重症COVID-19ワクチン関連の死亡リスクはなんと74%も上昇」などと主張する動画付きの投稿がXで拡散した。 検証する理由 12月22日現在、投稿は1100回以上リポストされ、表示は4.4万件を超える。 投稿には「ちょっと翻訳にかければ真逆だと分か

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
増え続ける政治系偽情報への対応は/JFC記事・動画や関連記事【今週のファクトチェック】

増え続ける政治系偽情報への対応は/JFC記事・動画や関連記事【今週のファクトチェック】

選挙運動に関する各党協議会に招かれ、衆議院議員会館で選挙に関わる偽情報の広がりや外国からの情報操作の現状について話しました。 政治に関する偽・誤情報は以前からありましたが、2024年からさらに増えました。理由は東京都知事選、総選挙、兵庫県知事選と注目の選挙が続き、しかも、YouTubeなど動画で選挙や政治に関する情報を見る人が増えたからです。 あるトピックが見られるとわかれば、そのトピックの動画をつくる人は増えます。見る人が増えれば、ソーシャルメディアのアルゴリズムはその動画をより多くの人に届けるようになります。こうして需要と供給のスパイラルが加速します。 「選挙運動に関する偽情報」と言っても、そういった情報は選挙のときだけに流れているわけではありません。ソーシャルメディア上には、常に根拠不明な動画が拡散し、そこには海外からのものと見られる不自然な投稿の急増なども見られます。しかも、それは日本語に限りません。 各党協議会では、法的な規制の是非やファクトチェック団体への支援などに関する質疑もありました。どのような議論をするにしろ、対応を急ぐ必要があります。AIの発展や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
地震のたびに拡散する「人工地震説」や「地震予知」は何が間違っているのか 専門家が解説

地震のたびに拡散する「人工地震説」や「地震予知」は何が間違っているのか 専門家が解説

大きな地震が起きるたびにインターネット上では「人工地震だ」とか「予知されていた」「次の地震は〇月〇日」などの情報が拡散します。科学的な根拠はなく、これまでに日本ファクトチェックセンター(JFC)は何度も「誤り」と検証してきました。次の拡散を防ぐために、JFCは東京大学地震研究所/情報学環・学際情報学府の酒井慎一教授に改めて解説してもらいました。 地震予知は可能? Q「30年以内に地震が発生する確率は何十%」といった長期的な予測は政府も公表します。一方で、大きな地震が起きると「巨大地震は予知されていた」とか「次の地震は〇月〇日」など、日付や場所を特定した「予言」が拡散します。このようなピンポイントの地震予知は現代の科学で可能なのでしょうか。 できません。地震のメカニズムは、今でも多くのことが分かっていません。多くの人はプレート(岩盤)同士が押し合い、跳ね返ったり壊れたりして地震が起こると考えていますが、実際はもっと複雑です。地震は地下にある断層面にそって、岩盤同士が急激にズレることで起こります。断層面はでこぼこしており、触れ合っている岩盤と岩盤が摩擦力で固着し

By 根津 綾子(Ayako Nezu)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は1月24日(土)午後2時~3時30分で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei0124.peatix.com 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にどのような知識

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験

JFCファクトチェッカー認定試験

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)