「気候変動は疑似科学で危機は存在しない」は誤り【ファクトチェック】

「気候変動は疑似科学で危機は存在しない」は誤り【ファクトチェック】

「気候変動は疑似科学の結果であり、本当の気候危機は存在しない」という言説が拡散しましたが、誤りです。地球は温暖化しており、主な原因は人間の活動であると大多数の科学者や科学機関が結論づけています。

検証対象

拡散したのは、ネットメディアTotal News Worldの記事「ノーベル物理学賞受賞者含む300人の学者が「気候変動の緊急事態など存在しない。科学の危険な腐敗だ」と宣言/「風力、太陽光は完全な失敗で環境を破壊しているだけだ」」。ソーシャル分析ツールBuzzSumoで調べると、「気候変動」が見出しに入った日本語の記事で主要メディアを超えて過去1年で最も拡散しており、FacebookやTwitterなどのシェアやいいねなど総エンゲージメント数は1万7000を超えている。

画像

記事は海外のネットメディアThe Daily Scepticの英文記事を翻訳・引用して伝えている。主な内容は、2022年ノーベル物理学賞の共同受賞者ジョン・クラウザー博士が「世界経済と何十億もの人々の幸福を脅かす危険な科学の腐敗」「大規模な衝撃ジャーナリズムの疑似科学に転移した」と発言し、また、約300人の気候学者が「気候緊急自体など存在しない」と訴える世界気候宣言に署名した、などだ。

さらに「ネットの声」として、「完全な環境カルト。もはや宗教に近い」「気温は上がっているかもしれないが許容範囲だ」などと、気候変動が事実ではないという意見を紹介している。

検証過程

ジョン・クラウザー博士はTotal News Worldの記事にもあるように、2022年にノーベル物理学賞を受賞したアメリカの物理学者。これまでにも同様の発言を繰り返しており、気候変動に否定的な主張をしている団体CO2 Coalitionの役員としても名前が挙げられている。

Total News Worldの記事で引用されている「世界気候宣言」とは、英文の元記事を見ると「World Climate Declaration」のことだ。「気候変動は存在しない」と主張する内容で元々は2000年に公表され、研究者1200人以上が署名したとして世界中で拡散した(例1,例2)

気候変動を否定しているのは気候の専門家か

クラウザー博士は世界的にも有名な量子力学の専門家で、2022年に量子情報科学への貢献でノーベル物理学賞を受賞している。ただし、気候変動の専門家ではない。

学術情報検索ツールGoogle Scholarで検索しても、クラウザー博士による気候変動に関する論文は出てこない。AFP Fact Checkによると、世界気候宣言に関しても、署名者の中で気候学者や気候科学者と明言しているのは10人ほどで全体の1%にも満たなかったという。

圧倒的多数の研究が気候変動とその原因で一致している

コーネル大学が2021年に発表した報告書によると、8万8125件の気候関連の研究を対象とした調査で、査読を受けた科学論文の99.9%以上が気候変動は主に人間によって引き起こされるという説で同意している。この調査は2013年の同様の報告書を更新するもので、前回、1991~2012年に発表された研究を調査した結果は97%が同意。今回、新たに2012〜2020年11月までの研究を調査したところ、同意する割合はさらに高まっていた。

つまり、たとえ量子力学の専門家やその他の研究者が多数署名した宣言があったにしても、8万件を超える科学的な研究においては、人間活動によって気候変動がもたらされている点ではほぼ完全に一致している。

CO2 Coalitionの信頼性

CO2 Coalitionのメンバーによる、気候変動を否定する言説はこれまでにも繰り返し、ファクトチェックされ、誤りやミスリードを指摘されている。

2019年、メンバー二人が書いた記事 「The grate failure of the climate models(気候モデルの大きな失敗)」は、気候変動をシミュレートする手法の問題を指摘した。しかし、「事実と異なる主張が多く」「気候モデルの性能を客観的かつ厳密な方法で評価していない」などと検証されている(Climate Feedback)。

これ以外にもFox Newsのインタビューでの国連の地球温暖化モデルは間違っているという発言や気候変動は嘘だという記事などもファクトチェックされている(例1,例2)。

気候変動の現状

気象庁は地球温暖化情報ポータルサイトで、気候変動に関する情報を公開している。例えば、世界の2023年7月平均気温偏差の経年変化(1891~2023年速報値)は以下の通り。1891年の統計開始以降、最も暑かった。

画像
気象庁のウェブサイトより

世界195カ国・地域が参加する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)」は、2023年3月に第6次評価報告書(AR6)を公表した。

2015年に国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定では、地球の平均気温上昇を産業革命前と比較して1.5度以内に抑えるという目標が示された。しかし、AR6によると、すでに1.09度上昇し、目標達成には地球温暖化ガスを2035年に2019年比で60%削減する必要がある。

画像
文部科学省と気象庁の資料より

同様のデータは国連や日本だけでなく、NASAなど各国の機関が公開している。

検証結果

気候変動が実際に発生しており、その原因は人間活動であることについて、圧倒的多数の研究が一致している。気候変動は疑似科学で危機は存在しないという言説は誤り。

あとがき

特定の分野で業績を上げた人が、他の分野でも正確な知識を持っているとは限りません。たとえ著名人による発信でも、論文や、他の科学者の見方を確認して総合的に判断することが大切です。

検証:堀口野明、古田大輔
編集:宮本聖二、藤森かもめ

検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。

「ファクトチェックが役に立った」という方は、シェアやいいねなどで拡散にご協力ください。誤った情報よりも、検証した情報が広がるには、みなさんの力が必要です。

X(Twitter)FacebookYouTubeInstagramなどのフォローもよろしくお願いします。またこちらのQRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、真偽が気になる情報について質問すると、AIが関連性の高い過去のJFC記事をお届けします。詳しくはこちらの記事を

もっと見る

「NATO各国首脳がウクライナの政策に失望しているとBBC報道」は誤り 捏造された動画【ファクトチェック】

「NATO各国首脳がウクライナの政策に失望しているとBBC報道」は誤り 捏造された動画【ファクトチェック】

NATOがウクライナの政策に不満を抱いているというBBCニュースを装った映像が拡散しましたが、誤りです。ニュースの引用元とされた欧州の調査報道機関べリングキャットの創設者が「偽物だ」と否定しています。 検証対象 2024年5月14日、ロシア発のSNSテレグラムに、BBCのロゴとタイトルをつけたニュース映像が拡散した。動画は1分45秒で、NATO各国とウクライナの間で戦闘への動員などを巡って意見が対立していると主張している。ニュースソースは「ベリングキャット」としている。 動画のキャプションにはロシア語で「NATOがウクライナの戦闘動員に不満を抱いている」と書かれ、13万6000を超える閲覧と1600以上のいいねを獲得している。 検証過程 検証対象の動画がテレグラムに投稿された翌日の5月15日、べリングキャットの創設者エリオット・ヒギンズ氏が、自身の公式Xで、拡散した動画は偽物だと投稿した。「BBCとべリングキャットの偽動画が、またテレグラムで拡散している。2023年11月以降、これで少なくとも7本目だ」と指摘している。 誤・偽情報や映像などを検証する

By 宮本聖二
「韓国のソウル金浦空港には日本語の表示がない」は誤り 各所に案内表示がある【ファクトチェック】

「韓国のソウル金浦空港には日本語の表示がない」は誤り 各所に案内表示がある【ファクトチェック】

「韓国のソウル金浦空港には日本語の表示がない」という言説が拡散しましたが、誤りです。金浦国際空港には、日本語の案内表示が各所にあります。 検証対象 2024年5月7日、「『国際線出国ゲート』日本の成田空港にはハングルの案内があるが 韓国のソウル金浦空港に日本語の案内は無い」という投稿が、空港内とみられる2つの写真とともに拡散した。この投稿は2024年5月15日現在、30万回以上の表示回数と1800件以上のリポストを獲得している。 検証過程 投稿にある写真をGoogle画像検索(写真1、写真2)で検索したところ、写真1(エスカレーター頭上の案内表示)は旅行代理店サイトにある成田空港第1ターミナル地下1階エスカレーターの写真と一致した。写真2は金浦空港の保安検査場の入り口だとわかった。 日本ファクトチェックセンター(JFC)は、金浦国際空港に日本語の表示があるかどうかをGoogle Mapを使って調べた。 Google Mapの検索窓に金浦国際空港を入れて検索すると12000枚あまりの写真が出てくる。そのうち空港内の表示を見ると、韓国語のほか、英語、中国

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
(動画)「米軍機を追い払うロシアの戦闘機」は誤り シミュレーションゲームの映像【ファクトチェック】

(動画)「米軍機を追い払うロシアの戦闘機」は誤り シミュレーションゲームの映像【ファクトチェック】

「米空軍のSR-71ブラックバードを追い払うロシアのSu-27戦闘機2機」という動画が拡散しましたが誤りです。動画はゲームをもとに作成されたものです。 検証対象 2024年5月、「米空軍のSR-71ブラックバードを追い払うロシアのSu-27戦闘機2機」という動画が拡散した。動画には米空軍の偵察機SR-71にロシアの戦闘機2機が接近する様子が映っている。 拡散した言説はロシアの外務省情報局長を名乗る人物のアカウントがXに投稿し、現在は削除されている。その後、別のアカウントから同じ文言と動画を使った言説が投稿されている。 検証過程 拡散した言説にある戦闘機の名称「SR-71」と「Su-27」でGoogle検索すると、2024年5月7日に投稿されたYouTubeの動画がヒットする。Xで拡散した動画と同じものだ。 動画の概要欄には「Created with DCS」と明記されている。DCSとは、ロシア人が設立したソフトウェア会社「Eagle Dynamics」のDigital Combat Simulatorというフライトシミュレーションゲームの略称だ。拡散

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
ワクチン接種で献血禁止の偽情報/AI動画にラベルをつける取り組み/欧州議会選挙と偽情報・情報工作【注目のファクトチェック】

ワクチン接種で献血禁止の偽情報/AI動画にラベルをつける取り組み/欧州議会選挙と偽情報・情報工作【注目のファクトチェック】

✉️ 日本ファクトチェックセンター(JFC)がこの1週間に出した記事を中心に、その他のメディアも含めて、ファクトチェックや偽情報関連の情報をまとめました。同じ内容をニュースレターでも配信しています。登録はこちら。 ワクチン接種で献血が禁止になるという言説が再び拡散。詐欺サイトに誘導するために新聞社を装ったアカウントが登場しました。AIで生成された動画・画像にラベルをつける取り組みをTikTokが開始するという発表がありました。欧州では、来月に迫った欧州議会選挙を前に偽情報の拡散や情報工作への警戒感が高まっています。 JFCのファクトチェック記事 「日本政府がコロナワクチン接種者の献血を禁止」は誤り 日本政府がコロナワクチンを接種した人の献血を禁止するという言説が拡散しましたが、誤りです。日本赤十字社では接種から一定期間が経過すれば献血を受け入れています。「ワクチン接種者の献血禁止」は繰り返し拡散しています。 「日本政府がコロナワクチン接種者の献血を禁止」は誤り 接種から一定期間経過すれば献血できる【ファクトチェック】日本政府がコロナワクチンを接種した人の献

By 宮本聖二, 古田大輔(Daisuke Furuta)