東京都議選、偽・誤情報の実態 ファクトチェック強化で「情報の空白」は埋まったか【解説】

6月22日に投開票を迎える東京都議選。昨年11月の兵庫県知事選を受けて、新聞やテレビは偽・誤情報の拡散を警戒し、ファクトチェックの強化や有権者が必要とする情報が不足する「情報の空白」を防ぐ試みが見られました。実態と効果はどうだったのか、解説します。
東京都議選の偽・誤情報は
日本ファクトチェックセンター(JFC)は普段から、偽・誤情報が拡散していないか警戒しており、選挙は特に注目するテーマです。具体的には、ネット上に拡散する選挙関連の情報を以下のような手法などで検知しています。
・SNS上で人気の投稿をソーシャルリスニングツールで監視
・視聴数が伸びている動画を独自に監視
・ファクトチェック・イニシアティブが運営するClaim monitor
・ユーザーからの情報提供
結論から言えば、東京都議選では偽・誤情報は懸念されたほどは拡散していません。それには理由があります。
都議選と2024年兵庫県知事選の違い
都議選は東京都内42選挙区の合計127議席に295人が立候補しています。たった一人が当選する大統領選のような知事選と異なり、各選挙区で1~8人が当選する局地戦です。
ある選挙区で個別の候補者に関する情報を流したとしても、その拡散範囲はその選挙区が中心。つまり、国政選挙と異なり、そもそも情報が大規模に拡散しにくい構図があります。
地方選挙でも偽・誤情報が拡散する事例はあります。まさに、2024年11月の兵庫県知事選です。3月に斎藤元彦氏を告発する文書が出てから11月の選挙まで、マスメディアが盛んに取り上げ、総選挙以上に注目を集める異常な選挙でした。
今回の東京都議選にはそのような特異な事情もありませんでした。
それでも拡散する偽・誤情報は
とは言え、偽・誤情報がまったく拡散していないわけではありません。どんな選挙でも必ず流れる偽・誤情報があります。

これは筆者(古田)がまとめた選挙の際に拡散しやすい偽・誤情報の種類を時期と標的ごとに分類した表です(JFC"総選挙ファクトチェックまとめ 偽・誤情報は何がどう広がった 【解説】")。
特定の政党や候補者を貶めたり、持ち上げたりするような偽・誤情報は、各種ソーシャルメディアで流れていますし、LINEオープンチャットなどのクローズドな場所では陰謀論のようなものも多く見られます。
ただし、それらは発信アカウントのフォロワーやオープンチャットのメンバー内にほぼとどまっており、JFCでも現状では検証対象としていません。
都議選でも拡散している偽・誤情報は、個別の政党や候補者に対するもの以上に、表の中段と下段で示しているような、選挙制度や選挙を報じる報道機関の信頼性を貶めるものです。
選挙不正が横行している?
例えば、「投票所にはボールペンを持っていけ」という投稿が複数拡散しています。これは「投票所の鉛筆だと、誰に投票したかを消して改ざんすることが可能だから注意しろ」と呼びかけるものです。
このように「選挙不正が横行している」というような投稿は選挙のたびに拡散します。筆者(古田)はBuzzFeed Japan創刊編集長だった2016年からファクトチェックに取り組んでいますが、選挙のたびにこういう投稿を検証してきました。
投票所は市区町村の選挙管理委員会が運営し、投票箱は厳重に管理されています。開票まで厳重に管理され、開票所では衆人環視のもとで開かれ、集計されます(JFC"期日前投票はブラックボックスで不正し放題? 各選管で厳重な対策【ファクトチェック】")。
選挙不正を疑うのであれば、開票所に見学に行くと良いでしょう。不正が難しいことがわかるはずです。
マスコミもグル?
投票が締め切られると同時に、開票がまだ始まっていないのに「当選確実(当確)」と報じるマスメディアに対して「最初から結果がわかっている出来レースでマスコミもグルだ」という投稿も、選挙のたびに拡散します。都議選でもです。
開票率0%なのに、ある候補者が「当確」と報じるとことを、報道業界では「ゼロ票当打ち」「ゼロ打ち」などと呼びます。10年前まで新聞記者だった筆者(古田)もゼロ打ちを担当したことがあります。
まだ開票が始まっていないのに「当確」と報じることができるのは、事前取材や投票所で実際に投票した人へのアンケート(出口調査)などで、どの候補者がどれだけ得票するかを予測できるからです。
統計学の手法を使った厳密な計算があり、アンケートに対して嘘を付く人の可能性まで加味した上で「どう考えてもこの候補者が勝つ」という場合にゼロ打ちをします。「マスコミもグルで最初から結果がわかっている」わけではありません(JFC"大阪府知事選の当確が早すぎる、不正選挙?ゼロ票打ちによるもの【ファクトチェック】")。
新聞社やテレビ局のファクトチェック
2024年兵庫県知事選で、真偽が不確かな情報や偽・誤情報が大量に拡散したことを受けて、新聞社やテレビ局は続々とファクトチェックに乗り出しています。
読売新聞、佐賀新聞、時事通信、日本テレビは6月4日、4社共同で選挙情報のファクトチェックをすると発表しました。JFCもこの取り組みに協力し、検証対象選びや検証手法や判定などに関するアドバイスをしています(読売新聞"インターネット上の選挙情報をファクトチェック、読売新聞社など有志4社…6月13日告示の東京都議選から")。
6月20日には「都議選の投票で鉛筆を使うと書き換えられる」という情報を検証して、誤りだというファクトチェック記事を公開しています(読売新聞"【ファクトチェック】都議選の投票で鉛筆を使うと書き換えられる?")。
朝日新聞は6月13日、編集局内にファクトチェック編集部を発足させると発表しました。朝日新聞はもともと2016年10月から政治家の発言などを検証するファクトチェックに取り組んできましたが、担当者の異動などもあり、検証記事は約10年で約60本にとどまっていました。
今後は編集局内にファクトチェック編集長を置き、体制を強化する計画です(以上、朝日新聞"朝日新聞、ファクトチェック編集部を発足 態勢を強化 SNSも検証")。
これ以外にも新聞社のファクトチェックは全国で続々と始まっています。筆者(古田)はその背景や各社ごとの特徴などを担当者に取材して解説しています(JFC"「ファクトチェック後進国」日本に変化の兆し 兵庫県知事選きっかけに全国の新聞社が始めた試み【解説】")。
NHKのファクトチェックと「判断材料の提供」
注目されるのはNHKの取り組みです。NHKではこれまでも偽・誤情報問題に詳しい記者やディレクターらを中心に「フェイク対策」として、様々な検証や分析や解説に力を入れてきました(NHK"フェイク対策 ウソの情報対策 関連ニュース")。
そのうえで、6月17日に開いた定例会見では選挙報道に関して、「ファクトチェック」「典型的な偽情報・誤情報をあらかじめ打ち消す」「有権者に判断材料を提供」「第一声を最大限活用」という方針を示しました(NHK"山名啓雄メディア総局長6月定例記者会見要旨")。
「第一声を最大限活用」とは、選挙告示日の各党党首や幹部による最初の演説のノーカット動画を文字起こしとともに提供することです。演説の中で出てきたキーワードには担当記者のミニ解説もつけています(NHK"都議選告示 各党幹部は何を訴えた【ノーカット動画 演説全文】”)。
JFCはこのサイトを活用して、各党幹部の発言を確認。日本保守党の有本香事務総長の「47都道府県の経済的豊かさランキングで東京都が最下位」という発言をファクトチェックしました。
これは最新ではない資料の一部のデータだけを抜き取った順位でした。検証記事では「誤り」と判定しています(JFC”保守党「東京都は経済的豊かさ全国最下位」? 指標は2つ、最新ランクはアップ”)。
すべての党首の発言を現場に聞きに行くだけの人がいないJFCに取って、ノーカット動画と文字起こしが公開されているNHKサイトは強い味方です。
これまでの報道の多くは、各党幹部の第一声をYouTubeなどにアップしたとしても、主要部分を切り抜いて編集したものでした。切り落とされた部分も含めた総合的な検証には使えません。
また、ネット上には多くの演説動画がありますが、それらが改変されていないオリジナルのものかを確認することに時間がかかるため、使えませんでした。
その点、NHKであれば、党首発言を改変している可能性はほとんどありません。もし、改変していたことがわかれば、それ自体が大事件です。その点を信頼して、発言内容の検証に集中できました。
一次情報の提供で「情報の空白」を埋める
NHKサイトはJFCのようなファクトチェック団体が活用できるだけではありません。有権者一人ひとりが自分で各党幹部の発言という一次情報を確認できます。まさに「判断材料の提供」です。
これまでの選挙戦では、選挙が始まる告示日・公示日とともに、個別の候補者の名前を具体的にあげる記事や番組が新聞やテレビから減る傾向がありました。
特定の候補者が有利・不利になる情報を発信しないようにするため、という公平性を重んじての自主規制ですが、結果として、有権者が最も候補者に関する情報を必要としているときに、信頼性に足る情報が十分に存在しない「情報の空白」を生んでいました。
情報の空白が特に注目されたのが、2024年兵庫県知事選でした。YouTubeで積極的に発信する政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が立候補したことで、ソーシャルメディアには立花さんや立花さんの言動を引用した動画が溢れる一方、新聞やテレビの発信は少なく、埋もれました(JFC“「情報の空白」を検証記事で埋める 偽・誤情報対策のハブになる日本ファクトチェックセンターの戦略”)。

東京都議選では偽・誤情報の拡散は限られています。しかし、NHKの「判断材料の提供」や新聞社の「ファクトチェック」は、参院選を含む今後の日本の選挙にとって大きな意味を持つでしょう。
出典・参考
JFC"総選挙ファクトチェックまとめ 偽・誤情報は何がどう広がった 【解説】"https://www.factcheckcenter.jp/explainer/politics/explainer-general-election-2024/2024年11月3日(閲覧日2025年6月21日)
JFC"期日前投票はブラックボックスで不正し放題? 各選管で厳重な対策【ファクトチェック】"https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/politics/false-early-voting-fraudulent/2024年10月31日(閲覧日2025年6月21日)
JFC"大阪府知事選の当確が早すぎる、不正選挙?ゼロ票打ちによるもの【ファクトチェック】"https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/politics/osaka-prefectural-governor-election-early-certainty-not-fraudulent-zero-votes/2023年4月10日(閲覧日2025年6月21日)
読売新聞"インターネット上の選挙情報をファクトチェック、読売新聞社など有志4社…6月13日告示の東京都議選から"https://www.yomiuri.co.jp/election/20250604-OYT1T50079/#google_vignette2025年6月4日(2025年6月21日)
読売新聞"【ファクトチェック】都議選の投票で鉛筆を使うと書き換えられる?"https://www.yomiuri.co.jp/election/togisen/20250620-OYT1T50129/2025年6月20日(閲覧日2025年6月21日)
朝日新聞"朝日新聞、ファクトチェック編集部を発足 態勢を強化 SNSも検証"https://digital.asahi.com/articles/AST6C0CWDT6CULZU002M.html2025年6月13日(2025年6月21日)
JFC"「ファクトチェック後進国」日本に変化の兆し 兵庫県知事選きっかけに全国の新聞社が始めた試み【解説】"https://www.factcheckcenter.jp/explainer/others/fact-check-by-newspapers/2025年5月7日(閲覧日2025年6月21日)
NHK"フェイク対策 ウソの情報対策 関連ニュース"https://www3.nhk.or.jp/news/word/0002471.html(閲覧日2025年6月21日)
NHK"山名啓雄メディア総局長6月定例記者会見要旨"https://www.nhk.or.jp/info/pr/toptalk/assets/pdf/soukyoku/s2506.pdf 2025年6月18日(閲覧日2025年6月21日)
NHK"都議選告示 各党幹部は何を訴えた【ノーカット動画 演説全文】”https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250613/k10014834011000.html 2025年6月13日(閲覧日2025年6月21日)
JFC”保守党「東京都は経済的豊かさ全国最下位」? 指標は2つ、最新ランクはアップ”https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/politics/false-tokyo-is-poorest/2025年6月18日(閲覧日2025年6月21日)
JFC“「情報の空白」を検証記事で埋める 偽・誤情報対策のハブになる日本ファクトチェックセンターの戦略”https://www.factcheckcenter.jp/explainer/others/information-integrity-2025-keynote2/ 2025年4月17日(閲覧日2025年6月21日)
判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。
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