(福島第一原発)魚の大量死は処理水の影響?【ファクトチェック】

(福島第一原発)魚の大量死は処理水の影響?【ファクトチェック】

北海道函館市の海岸で大量の魚が死んだことについて、福島第一原発の処理水の影響を指摘する言説が国内外で拡散しましたが、誤りです。北海道ではこれまでにも、急激な水温の変化などで同様の現象が何度も起きています。

検証対象

2023年12月7日、北海道函館市の海岸でイワシやサバなどの群れが大量死した。このニュースが報じられると、海外メディアや国内外のSNSユーザーによる「福島第一原発の汚染水の影響か?」という記事や投稿が拡散した。

画像

中国の大手ソーシャルメディア微博(ウェイボー)では、中国メディア新京報が「魚の死骸が原因不明の理由で打ち上げられた」「地元漁協によると、同様のケースは過去にもあったが、今回のような大量発生は異例」と報道。この報道に対して、「就是核污染水破坏的(核汚染水のせいだ)」「福岛的洋流是往北(福島からの海流が北に向かっている)」などのコメントがつけられている。

画像

ウェイボーでは12月10日のトレンド上位10位にも入った。

別のサイトには、より直接的に「北海道の海岸に大量のイワシの死体、核汚染水の影響か」と報じる中国語の記事もある。日本のテレビ局の映像を引用し、「核汚染水の影響による可能性があるので、安易に拾って食べることのないように」と書いている。

画像

TikTokでも中国語のアカウントで魚の大量死を伝える投稿が多数拡散している。

検証過程

過去にも同様の事例が
魚の群れが海岸に漂着して大量死する事象は度々起きている。2021年12月には、北海道の松前町でマイワシを中心に大量の魚が打ち上がった。2023年1月にも北海道稚内と礼文島で、2月には青森県野辺地町にイワシの群れが漂着した。いずれも、福島第一原発事故の処理水放出開始以前の出来事だ。

大量のマイワシが確認されていた
日本ファクトチェックセンター(JFC)は、「道立総合研究機構 函館水産試験場調査研究部(函館水試)」の鈴木祐太郎主査に取材した。

鈴木主査は次のように解説した。

イワシなどが群れで海岸に漂着することは度々起きている。今回漂着したものを確認したところ、多くがマイワシだった。マイワシの漁獲は、この10年ほど北海道東部の太平洋側で増えている(国立研究開発法人水産研究・教育機構)。この夏から秋にかけても大量のマイワシが北海道の太平洋側にいたことがわかっている(読売新聞)。最近も津軽海峡の北海道側でマイワシと思われる魚群が函館水試の調査船金星丸によって確認されている。

この時期(12月頃)はマイワシの群れが南下する時期にあたるが、近年の黒潮続流の北上により、水温の高い東北沖へ直接南下しにくいというような現象があったと考える(NHK)。

そうしたマイワシの大きな群れが、荒天や急激に水温が下がったり、イルカやマグロなどの捕食者が現れたりすると一気に海岸に押し寄せることがあり、今回もその現象が起きたと考えられる。(丸括弧内は参考資料)

鈴木主査によると、今後も周辺海域で漂着が起こる可能性があると漁業関係者に注意喚起しているという。

ALPS処理水モニタリングに異常なし
環境省のALPS処理水海域モニタリング測定によると、11月28日の検査では、福島県沿岸など(トリチウムは宮城県、茨城県を含む11測点、ガンマ線核種は福島沿岸の3測点)でいずれも検出下限値未満だった。

また、福島県水産海洋研究センター(いわき市)が福島県沖などの水産物(魚、貝、海藻類)を採取して実施した最新(11月20日〜30日採取)の検査結果では、セシウム134、セシウム137はいずれも検出されなかった。

福島県沿岸では大量死の報告なし
さらに、JFCが福島県水産資源研究所(相馬市)に取材したところ、「福島第一原発からの処理水放出が始まって以降に魚の群れが福島県沿岸に漂着して大量死したという事象の報告は受けていない」という。

JFCが北海道水産振興課、函館市水産課に取材したところ、今回打ち上げられたマイワシなどを検体にして放射性物質の検査を行う予定はないという。

判定

「海岸に大量の魚が打ち上げられたのは、福島第一原発から放出された処理水の影響か」は、誤り。

あとがき

英メディアデイリーメールは12月8日に「数千トンの死んだ魚が海岸に漂着した、放射能を帯びた処理水を政府が放出したのは3ヶ月前のことだ」という見出しの記事を配信。TikTokにも同様の投稿をしています。

JFCは中国語での発信について、台湾で偽情報対策に取り組む研究機関「台湾情報環境研究センター(IORG)」の協力を得ました。記事で取り上げた事例以外にも大量の投稿が拡散していました。それらは日本語に翻訳されたり、引用されたりして日本でも広がる傾向があります。注意しましょう。

検証:宮本聖二
編集:古田大輔、藤森かもめ、野上英文

処理水をめぐるファクトチェックまとめ

福島第一原発の処理水と汚染水の違いは何?海洋放出は危険?【ファクトチェックまとめ】
日本政府が夏ごろに始める方針を示している福島第一原発の処理水の海洋放出に関して、国内外で不確かな情報が拡散しています。処理水とは何か。環境への影響は。ファクトチェックのポイントをまとめました。 ※新たな誤情報の検証を更新していきます(最終更新2023年12月13日)。 参照資料は、各省庁や東京電力から、また、2023年7月4日に公開された国際原子力機関(IAEA)の「福島第一原子力発電所ALPS処理水の安全審査に関する包括的報告書(以下、IAEA報告書)」などです。 処理水か汚染水か 2011年3月11日の東日本大震災による津波で、福島第一原発ではウラン燃料を冷やすことができなくなる事故が起きました。燃料は格納容器内で溶け、今も温度を下げるための冷却水をかけ続けています。使用された水は放射性物質で汚染され、雨水などと混ざって毎日約90トンずつ増えています。これを「汚染水」と呼びます。 汚染水は原発の施設内に並ぶ1000基を超える巨大タンクに貯められますが、2024年の前半にはタンク容量に限界が来る見込みです。日本政府は、トリチウムを除く62種類の放射性物

検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。

「ファクトチェックが役に立った」という方は、シェアやいいねなどで拡散にご協力ください。誤った情報よりも、検証した情報が広がるには、みなさんの力が必要です。

X(Twitter)FacebookYouTubeInstagramなどのフォローもよろしくお願いします。またこちらのQRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、真偽が気になる情報について質問すると、AIが関連性の高い過去のJFC記事をお届けします。詳しくはこちらの記事を

もっと見る

ファクトチェックと「プリバンキング」 “情報の空白”を埋める注目の手法【JFC講座 実践編9】

ファクトチェックと「プリバンキング」 “情報の空白”を埋める注目の手法【JFC講座 実践編9】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第8回は、よく質問されるファクトチェックと調査報道や裏取りとの違いについてでした。第9回は世界のファクトチェック事例や新手法を解説します。 (本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています) ファクトチェックの多様な事例 ファクトチェックには原則がありますが、同時に、検証対象の選び方や組織のあり方などは多様です。国内外の事例を紹介します。 Factchek.org ファクトチェック団体としては老舗のFactchek.orgはアメリカ政治に関する偽情報に対応するために、「有権者のための消費者保護センター」を目指して2003年に設立されました。 そのため、主なトピックに並ぶのは「バイデン大統領」「トランプ前大統領」、そして「その他の大統領候補」などアメリカ政治中心です(2024年7月27日現在)。 例えば、「バイデンが不法移民に家賃を支払っているという根拠のない主張」という記事には、見出しに検証対象と検証結果=根拠なしが記され、記事内では検証過程が詳細に記述されていま

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
日本での農地取得、外国人が3分の2? 新聞記事の誤読が拡散【ファクトチェック】

日本での農地取得、外国人が3分の2? 新聞記事の誤読が拡散【ファクトチェック】

「外国人による農地取得が全体の3分の2」という言説が拡散しましたが、誤りです。新聞記事を誤読した投稿が拡散しました。 検証対象 2024年7月20日、日本農業新聞の記事を引用して「これやばいだろ?なんで国は規制しない? 外国人による農地取得が全体の3分の2を占めたらしい」という言説が拡散した。 この投稿は43万以上の閲覧と6900のリポストがある。「農地って簡単に買えるの?」「自国の国民のために農地を開拓しているのかもしれない」というコメントのほか、「記事をちゃんと読みましたか」「日本であっても規制はありますよー」といった指摘もある。 「外国人による農地取得が3分の2を占めた」という言説を検証する。 検証過程 言説に添付されたのは、日本農業新聞が2024年7月20日に配信した記事だ。拡散したスクショは「外国人の農地取得 23年は90ヘクタールに 3分の2が国内在住」という見出しで、7月26日朝の時点では「3分の2」が「国内在住の個人・法人中心」に変わっている。 外国資本が「全体の3分の2」ではない 記事の内容は「外国人もしくはその関係法人が2

By 宮本聖二
最新の複数世論調査でトランプ前大統領がハリス副大統領を大幅リード? 拡散したのは予想サイトの数字【ファクトチェック】

最新の複数世論調査でトランプ前大統領がハリス副大統領を大幅リード? 拡散したのは予想サイトの数字【ファクトチェック】

「最新の複数世論調査でトランプ大統領がカマラ・ハリスを大幅リード」という言説が拡散しましたが誤りです。言説に表示された数字は世論調査の数字ではありません。2024年7月26日現在、最新の世論調査では、両氏の支持率は拮抗しています。 検証対象 2024年7月23日、「最新の複数世論調査でトランプ大統領がカマラ・ハリスを大幅リード/NHKは『僅差』と報道」という言説が拡散した。言説にはまとめサイト「トータルニュースワールド」のリンクが添付されている。 2024年7月26日現在、投稿は1700件以上リポストされ、表示回数は31万件を超える。投稿について「当たり前」「妥当」というコメントがある。 検証過程 数字は予測市場プラットフォームの数字 拡散した言説にはまとめサイト「トータルニュース」のリンクが添付され、「64% Trump」「36% Kamala」と書かれたサムネイルが表示されている。リンク先を確認すると、根拠として「PolyMarket」の数字を集計した一般ユーザーのX投稿を複数取り上げている。 Polymarket(ポリマーケット)は、仮想通

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
ファクトチェックと調査報道 共通する手法と異なる方法論【JFC講座 実践編8】

ファクトチェックと調査報道 共通する手法と異なる方法論【JFC講座 実践編8】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第7回は、ファクトチェックに役立つサイトやツールについてでした。第8回はよく質問されるファクトチェックと調査報道や裏取りとの違いを解説します。 (本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています) ファクトチェックと調査報道の違い 「ファクトチェックは事実を確かめることだから、報道機関は当然どこでもやっているのではないか」とよく聞かれます。 半分正解で半分間違いと言えます。何が共通していて、何が異なるのかを解説していきます。 ファクトチェックとオンライン調査 検証の根拠を公開し、可能な限りユーザーにもアクセス可能にすることが原則のファクトチェックでは、オンライン調査の手法を活用します。 誰でもアクセスできるオープンソースを使うOSINTの重要性は実践編6でも説明した通りです。 OSINTでファクトチェック 公開データを使い真偽を判別する【JFC講座 実践編6】日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。 実践編第5回は、生成AIで作られる画像

By 古田大輔(Daisuke Furuta)