LGBT差別が理由の自殺データは日本に存在しない?【ファクトチェック】

LGBT差別が理由の自殺データは日本に存在しない?【ファクトチェック】

「LGBT差別が理由の自殺データは日本に存在しない」という言説が拡散しましたが、誤りです。性的マイノリティと自殺に関しては国内でも様々な調査が実施されており、自殺未遂などの割合が高いことが確認されています。

検証対象

2023年9月24日、「『性的マイノリティの自殺未遂割合データ』は、大学教授が大阪心斎橋のアメ村で実施した単なる路上アンケートで、LGBT差別が理由の自殺データは日本に存在しません」という投稿がX(Twitter)で拡散した。投稿には「レインボーフラッグ誕生物語」の本などの画像も添えてある。この投稿は2023年9月25日時点で1700回以上リポストされ、表示回数は28万回を超える。

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投稿について「えっ、一箇所の路上アンケートを証拠にしちゃうんですか?」など同調するコメントの一方で、「大嘘です」「欧米諸国ですら近いデータが出てる」と指摘する声もある。

検証過程

性的マイノリティと自殺に関する調査は国内に複数存在する。例えば、2019年に公開された「大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート」は、心身の健康や性について聞いており、有効回収票4294人のデータを元に「希死念慮・自殺未遂(トランスジェンダーとの比較)」「希死念慮・自殺未遂(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアルとの比較)」の両項目において、シスジェンダー(自身の性別に違和感がない)・異性愛者とそれぞれの性的マイノリティの間に「統計的に有意な差が確認された」と述べている。

希死念慮(きしねんりょ)とは、自殺念慮ともされ、「死にたいと願うこと」。つまり、このアンケート結果では、異性愛者に比べてLGBTの人たちのほうが、自殺を図ったり、考えたりする割合が高かった。

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大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケートより

日本財団がインターネット調査で全国の男女約1万4千人を対象に実施した自殺意識調査でも、「トランスジェンダー/ノンバイナリーの人の方が、シス男性/シス女性(性自認が生まれ持った性別と一致しているシスジェンダーの人々)に比べて性被害経験・希死念慮ともに高い傾向にある」と報告されている。

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日本財団子どもの生きていく力 サポートプロジェクト『日本財団第5回自殺意識調査』報告書 要約版より

その他にも、認定NPO法人ReBitは2022年にLGBTQユース(12〜34歳)2670人が回答した調査で「10代LGBTQの48%が自殺念慮、14%が自殺未遂を過去1年で経験。全国調査と比較し、高校生の不登校経験は10倍にも。しかし、9割超が教職員・保護者に安心して相談できていない」という結果を公表している

また、検証対象の投稿では「日高庸晴教授が大阪心斎橋のアメ村で実施した単なる路上アンケート」と書いているが、調査方法や分析手法は詳しく説明されている

「4,650人に研究参加を募る声かけを行い、有効回答数2,095人(男性1,035人、女性1,060人)を分析の対象としました。自殺未遂経験を独立変数として、個人要因(年齢、性的指向)、対人関係要因(学校でのいじめ経験など)、健康リスク行動(性行動、薬物使用経験、喫煙経験)、自尊感情尺度得点(中央値で高群・低群に2群化)を従属変数としてχ2検定を男女別に行いました。その後、自殺未遂経験を従属変数として、男女別にロジスティック回帰分析を行いました」(「わが国における都会の若者の自殺未遂経験割合とその関連要因に関する研究」より)

調査の結果、「ゲイ・バイセクシュアル男性であることや自分の性的指向がよく判らない人は、自殺未遂のリスクが5.98倍高くなっていました」という。

判定

性的マイノリティの自殺に関する調査は複数存在しており、「LGBT差別が理由の自殺データは日本に存在しない」は誤り。

検証:リサーチチーム
編集:野上英文、古田大輔、藤森かもめ、宮本聖二

検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。

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