ロシアではイスラム教は禁止? 法律で伝統的な宗教の一つと認定【ファクトチェック】

ロシアではイスラム教は禁止? 法律で伝統的な宗教の一つと認定【ファクトチェック】

ロシアでイスラム教が禁止されているという投稿が拡散しましたが、誤りです。ロシアは憲法で宗教の自由を認めています。連邦法でもイスラム教がキリスト教などと並ぶ4つの伝統的な宗教の一つだとしており、イスラム教徒が多数暮らしています。

検証対象

拡散した言説

2025年11月21日、「ロシアではイスラム教が禁止されている」という投稿がXで拡散した。

検証する理由

12月2日現在、投稿は1900回以上リポストされ、表示は20万件を超える。投稿には「ロシアで禁止されているのは,イスラム原理主義。イスラム教自体は禁止されていない」「デマ流すなよ。ロシア国民の15~20%はイスラム教徒だよ」などの指摘もあるが、「正しい対応。イスラム教は普通の宗教とは違う」「プーチンさんさすが👍それに比べて日本人は?」など同調するコメントも多い。

検証過程

ロシアは法律で宗教の自由とイスラム教を尊重

ロシア憲法は、ロシア語、英語、フランス語、ドイツ語で公開されている。第28条に以下のような条文がある。

「すべての人は、良心の自由および宗教の自由を保障される。これには、個人として、または他者とともにいかなる宗教を信仰する権利、あるいはまったく宗教を信仰しない権利、さらに自らの宗教的またはその他の見解を自由に選択し、保持し、広め、それに従って行動する権利が含まれる」(the CONSTITUTION of the RUSSIAN FEDERATION Article28

また、1997年9月26日、良心と宗教団体の自由に関する連邦法が採択された。その前文には次のような記載がある。

「ロシア連邦が世俗国家であるという事実に基づき、ロシアの歴史、その精神性・文化の形成・発展において正教が果たした特別な役割を認識し、キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、そしてロシア諸民族の歴史的遺産の不可分な一部を構成するその他の宗教を尊重」(Virtual museum of the constitutional history of the Russian Federation”Electronic Museum of the Constitutional History of Russia 1997”)

ロシアのイスラム教徒人口

米国の調査研究機関Pew Research Centerは「国別の宗教構成(2010-2020)」で、2020年時点で、ロシアの人口約1億4637万人のうち、イスラム教徒は約1199万人としている(Pew Research Center” Religious Composition by Country, 2010-2020”)。つまり、人口の約8.2%がイスラム教徒だ。

カタールに拠点を持つ国際的な放送局アル・ジャジーラは、2025年3月17日の記事で「ロシアの人口1億4300万人のうち約15%がイスラム教徒」と書いている(Al Jazeera “As Islam grows in Russia, Muslim prisoners struggle to practise their faith”)。

世界各国の宗教の自由の状況を調査し、差別や人権侵害がないかを確認する米国務省・国際宗教の自由担当局(IRF:Office of International Religious Freedom)は、2023年の報告書で「ロシア連邦ムスリム宗教局議長によれば、(ロシアには)2018年時点で人口の約18%にあたる2,500万人のムスリムがいた。中央アジアからの移民・出稼ぎ労働者は専門家の推計で600万~700万人とされ、その大半がムスリムである」と書いている(U.S.Department of State”2023 Report on International Religious Freedom: Russia”)

データによって多少の差はあるが、イスラム教自体を全面禁止している事実は確認できない。

プーチン氏「ムハンマドを侮辱するのは表現の自由ではない」

プーチン大統領は、イスラム教を擁護する発言をしている。

2021年12月23日の記者会見で、プーチン氏は、欧米諸国で、ムハンマドの風刺画や侮辱的な表現をめぐる論争がたびたび起きていることについて「預言者ムハンマドを侮辱するのは表現の自由にはあたらない」「預言者に対する冒涜は宗教の自由と、イスラムを信奉する人々の心情に対する侵害だ」と述べたと、複数のメディアが報じた(TASS”Putin says insulting Prophet Muhammad isn’t artistic freedom”、TRT World ”Putin: Insulting Prophet Muhammad is not freedom of expression”)。

過激派には厳格に対応

ロシア政府はイスラム教を認める一方で、過激派とみなすグループには厳しく対応している。

2024年6月、ロシア南部のダゲスタン共和国で、ロシア正教会やシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝所)が武装集団に襲撃され、多くの死者が出た。この事件後、治安対策の一環として、ニカブ(イスラムの女性用の、目だけを開けた丈の長い衣服)の着用が一時的に禁止された。禁止令は、ロシア連邦政府の要請を受けて出されたという(以上Reuter ”Islamic authorities in Russia's Dagestan ban full-face veil after attacks”、CNN”目以外を隠す覆面「ニカブ」、一時禁止に ロシア南部ダゲスタン”)。

こうした情報が「ロシアでイスラム教禁止」と誤認された可能性はある。

また、ロシアでは、「イスラム国」(IS)の掃討作戦や、ISと関係があるとされる犯行グループを射殺したというニュースがたびたび報じられている(AP”Alleged IS militants in Russia’s North Caucasus were killed in a shootout with security services”2024年3月4日、Reuters”Russian forces kill Islamic State-linked hostage takers at detention centre” 2024年6月16日)。

米国務省が毎年発行している 「世界のテロ情勢に関する最新(2023年)の公式年次報告書(Country Reports on Terrorism 2023)」には、次のような記述がある。

「ロシア政府は、市民社会団体や宗教団体を抑圧するために、それらの団体をロシア法のもとで『過激派』『テロ組織』『好ましくない組織』などと指定することを日常的に行っている。ロシア当局は、あらゆる政治団体や組織を『過激派』と指定する権限を持つ」(US Department of State”Country Reports on Terrorism 2023: Russia”)

判定

ロシアでイスラム教が禁止されているという投稿が拡散した。しかし、ロシア憲法は宗教の自由を認めており、連邦法でもイスラム教をキリスト教などと並ぶ4つの伝統的な宗教の一つとして認めている。ロシア政府は過激派には厳しく対応しているが、イスラム教を禁止しているわけではない。プーチン大統領がイスラム教を擁護する発言をしたという報道もある。よって、総合的に誤りと判定する。

出典・参考

the CONSTITUTION of the RUSSIAN FEDERATION Article28.
http://www.constitution.ru/en/10003000-03.htm,(閲覧日2025年12月2日).

Virtual museum of the constitutional history of the Russian Federation.”Electronic Museum of the Constitutional History of Russia 1997”.
http://rusconstitution.ru/timestream/event/545/,(閲覧日2025年12月2日).

Pew Research Center.” Religious Composition by Country, 2010-2020”.
https://www.pewresearch.org/religion/feature/religious-composition-by-country-2010-2020/,(閲覧日2025年12月2日).

Al Jazeera. “As Islam grows in Russia, Muslim prisoners struggle to practise their faith”. 2025年3月17日.
https://www.aljazeera.com/news/2025/3/17/how-muslims-form-a-green-caste-in-russian-jails,(閲覧日2025年12月2日).

U.S.Department of State.”2023 Report on International Religious Freedom: Russia”.
https://www.state.gov/reports/2023-report-on-international-religious-freedom/russia/,(閲覧日2025年12月2日).

TASS.”Putin says insulting Prophet Muhammad isn’t artistic freedom”.
https://tass.com/society/1380235,(閲覧日2025年12月2日).

TRT World. ”Putin: Insulting Prophet Muhammad is not freedom of expression”.
https://www.trtworld.com/article/12771436,(閲覧日2025年12月2日).

Reuter. ”Islamic authorities in Russia's Dagestan ban full-face veil after attacks”.
https://www.reuters.com/world/europe/islamic-authorities-russias-dagestan-ban-full-face-veil-after-attacks-2024-07-03/,(閲覧日2025年12月2日).

CNN.”目以外を隠す覆面「ニカブ」、一時禁止に ロシア南部ダゲスタン”.
https://www.cnn.co.jp/world/35221036.html,(閲覧日2025年12月2日).

AP”Alleged IS militants in Russia’s North Caucasus were killed in a shootout with security services”.2024年3月4日.
https://apnews.com/article/russia-caucasus-islamic-state-shootout-ingushetia-militants-4b0ef208fd8232f494272531d16208dd,(閲覧日2025年12月2日).

Reuters”Russian forces kill Islamic State-linked hostage takers at detention centre”.2024年6月16日.
https://www.reuters.com/world/europe/prisoners-take-two-employees-hostage-russias-detention-centre-2024-06-16/,(閲覧日2025年12月2日).

US Department of State.”Country Reports on Terrorism 2023: Russia”.
https://www.state.gov/reports/country-reports-on-terrorism-2023/russia/,(閲覧日2025年12月2日).

検証:根津綾子
編集:藤森かもめ、古田大輔


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

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