ファウチ氏が「マスクは10%の効果しかない」と発言した?文脈を切り取られている【ファクトチェック】

ファウチ氏が「マスクは10%の効果しかない」と発言した?文脈を切り取られている【ファクトチェック】

アメリカ政府の新型コロナウイルス対策を主導してきたアンソニー・ファウチ氏が、「マスクは10%のわずかな効果しかない」と発言したとする言説が拡散しましたが、これは不正確(ミスリーディング)です。マスクの付け方に関する発言の一部を切り取ったもので、ファウチ氏は「適切につければ効果的」と説明しています。

検証対象

「マスクは10%の効果しかない」などとファウチ氏が発言したとする言説が拡散した(例1例2)。アメリカで拡散した情報が翻訳されて日本でも広がっている。

日本ファクトチェックセンター(JFC)の検証に先行して、NewsweekAFPがそれぞれファクトチェックをしており、判定はそれぞれ「Needs cotext(文脈を要する)」「不正確」と分かれた。

検証過程

ファウチ氏は発言したのか

拡散の発端は、ニューヨーク・タイムズによるファウチ氏へのインタビュー記事(2023年4月24日公開)だ。ファウチ氏は次のように発言している。

「​​公衆衛生の観点から見ると、マスクが効果を発揮するのは人口レベルでわずか、恐らく10%ぐらいでしょう。しかし、厳正にマスクをつけると、きちんとフィットしたKN95やN95のマスクをつければ、ちゃんと効果があります」

これはマスクを着けるべきかどうかについて、社会を分断する論争があったことについて問われた中での発言だ。ファウチ氏は続いて、マスクの着用を肯定する発言をしている。

「最終的には、疫学者は疫学的な現象としてとらえます。経済学者は、経済的な観点から見る。私は、ベッドの上で死んでいく人の立場から見ています。私は、他の人たち以上に、あなたが言うような『文化的戦争』のせいで、命を救うことができるはずの介入をしない人たちがいることが、とても気になるのです」

拡散した情報はどのようにファウチ発言を伝えたか

日本で拡散したツイートには、ファウチ氏がニューヨーク・タイムズの記事での発言についてCNN This Morningから取材を受けた動画の一部が添付されていた。Google検索で「CNN This Morning +Fauci」と検索すると、公式動画が見つかる。

ファウチ氏は動画内で、ニューヨーク・タイムズでの発言について疑問の声が上がっていることを問われると、「私の発言を注意深く聞いてほしい」と前置きし、改めて説明した。

「マスクの着用が義務付けられていたとしても、多くの人がマスクをつけなかったり、適切な方法でつけていなかったりするので、効果は10〜13%となるだろう」と改めてマスクの効果が限定される事例について説明。そして、「マスクを適切に正しく密着させてつければ効果はずっと高まり、85-90%かそれ以上だろう」とも述べ、公衆衛生レベルと個人のレベルを区別して考える重要性を強調した。

拡散した情報の和訳は不正確

日本で拡散したツイートは、ファウチ氏の発言を次のように和訳しており、正確とは言い難い。

「狂信的なマスク信者がフィットテストをしてマスクを着用すれば、マスクには確かに絶大な効果がある。だが、一般社会ではマスクは10%の効果しかない」

これだけを見ると、ファウチ氏がマスクそのものには、ほとんど効果がないとの否定的な発言をしたように見える。しかし実際には、ファウチ氏はマスクの効果に否定的なわけではない。公衆衛生レベルでの実態と、個人の使い方による効果を分けて説明しているだけだ。

和訳のうち「狂信的な」は「religiously」を訳したものとみられるが、これを「狂信的な」と訳すことは不正確だ。そもそも副詞であり、形容詞として「狂信的なマスク信者」とするのは誤りで、かつ、「狂信的」という意味もない。「宗教的に」という意味の他に「習慣的に」「厳正に」などの和訳があり、マスクを「習慣的に」「厳正に」使用すると翻訳するのが自然だ。

判定

ニューヨーク・タイムズやCNNの取材に対してファウチ氏が「マスクの効果は10%ほど」と発言したのは正しい。しかし、ファウチ氏はマスクの効果を否定したわけではない。マスクの誤用により、公衆衛生レベルでの効果は限定的だと説明しているだけだ。マスクを正しく着用すれば85-90%以上の効果があると発言しており、「ファウチ氏が『マスクは10%の効果しかない』と発言」という言説は不正確(ミスリード)と判定した。

検証:堀口野明、高橋篤史
編集:古田大輔、宮本聖二、藤森かもめ

検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。

「ファクトチェックが役に立った」という方は、シェアやいいねなどで拡散にご協力ください。誤った情報よりも、検証した情報が広がるには、みなさんの力が必要です。

X(Twitter)FacebookYouTubeInstagramなどのフォローもよろしくお願いします。またこちらのQRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、真偽が気になる情報について質問すると、AIが関連性の高い過去のJFC記事をお届けします。詳しくはこちらの記事を

もっと見る

NHKは地震が起こるのを知っていたから対応が早い? 速報システムがある【ファクトチェック】

NHKは地震が起こるのを知っていたから対応が早い? 速報システムがある【ファクトチェック】

NHKがニュース番組放送中に地震があった際、キャスターが地震の原稿をすぐに読み始めたことについて「NHKは地震が起こることをあらかじめ知っていた」という投稿が拡散しましたが、誤りです。速報の仕組みが整えられています。 検証対象 2025年1月13日、「速報鳴ってから映像に見切れるFDフロアーディレクターが原稿渡すまでわずか11秒です。いくら何でも早過ぎやしませんかね😅」という投稿がXで拡散した。投稿に続くスレッドではこの地震が「人工地震」であるかのような主張もある。 2025年1月14日現在、この投稿は300件以上リポストされ、表示回数は35万件を超える。「確かに不自然なぐらい原稿渡されるまでが早い」と同調するコメントの一方、「日々相当な訓練をされてるんですね」というコメントもついている。 検証過程 動画はNHKニュースの切り取り 日本ファクトチェックセンター(JFC)が確認したところ、この動画は1月13日午後9時からのニュースウォッチ9。NHKプラスで見ることができ、拡散した動画は午後9時19分41秒から44秒間を切り取ったものだ。内容は改変さ

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
Metaがファクトチェックプログラムの廃止を発表/トランプ新政権めぐり繰り返される偽情報【今週のファクトチェック】

Metaがファクトチェックプログラムの廃止を発表/トランプ新政権めぐり繰り返される偽情報【今週のファクトチェック】

FacebookやInstagramを運営するMetaがこれまで進めてきたファクトチェック・プログラムを廃止し、コンテンツ規制を緩める方針を発表しました。ザッカーバーグCEOが表明した6つの新施策について詳しく解説しました。その他、韓国の飛行機事故、ワクチンなどのファクトチェック記事を紹介します。 ✉️日本ファクトチェックセンター(JFC)がこの1週間に出した記事を中心に、その他のメディアも含めて、ファクトチェックや偽情報関連の情報をまとめました。同じ内容をニュースレターでも配信しています。登録はこちら。 JFCからのニュース Metaのファクトチェックとコンテンツ規制に関する方針転換に対する公開書簡 Facebook、Instagram、Threadsを運営するMetaが現状のファクトチェック・プログラムを廃止し、コンテンツ規制を緩める方針を発表しました。マーク・ザッカバーグCEOは「検閲が過剰だ」とその理由を述べ、これまでパートナーシップを結んできたファクトチェック団体を「政治的に偏り、信頼を生むよりも壊してきた」と説明しました。 世界中のファクト

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
SNSはフェイクとヘイトの巣になるか Metaの方針転換とXが示すファクトチェックとコンテンツ規制の未来

SNSはフェイクとヘイトの巣になるか Metaの方針転換とXが示すファクトチェックとコンテンツ規制の未来

FacebookやInstagramなどを運営するMetaが「ファクトチェックを廃止する」と話題になっています。公式の発表では「第三者とのファクトチェックプログラムを廃止する」。実際には何がどう変わるのか。より影響の範囲が大きい「コンテンツ調整」の問題とともに解説します。 Metaの偽・誤情報対策は自社によるものと第三者によるものがあった 今回の動きを理解するためには、そもそもMetaがこれまでどのように偽情報やヘイトスピーチなどに対応してきたかを知る必要がある。外部のファクトチェック団体と協力する「第三者ファクトチェックプログラム」とMeta自身による「コンテンツ調整」の2つだ。 Metaの「コンテンツ調整」とその課題 Facebookを利用していて「投稿が削除された」という経験がある人もいるだろう。これを「ファクトチェック」と誤解している人がいるが違う。これはMetaが自社のテクノロジーで実施しているもので「Content Moderation(コンテンツ調整)」と呼ばれる。 コンテンツ調整とは、あるコンテンツを削除したり、拡散量を減らしたり、逆に

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
Metaのファクトチェックとコンテンツ規制に関する方針転換に対する公開書簡

Metaのファクトチェックとコンテンツ規制に関する方針転換に対する公開書簡

Facebook、Instagram、Threadsを運営するMetaが現状のファクトチェック・プログラムを廃止し、コンテンツ規制を緩める方針を発表しました。マーク・ザッカバーグCEOは「検閲が過剰だ」とその理由を述べ、これまでパートナーシップを結んできたファクトチェック団体を「政治的に偏り、信頼を生むよりも壊してきた」と説明しました。 世界中のファクトチェック団体を認証している国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)は、この決定と発言に対して公開書簡を出しました。日本ファクトチェックセンター(JFC)を含む多数のファクトチェック団体も署名しています。JFCとして日本語訳し、こちらに掲載します。 IFCNの公開書簡(2025年1月9日) 拝啓 ザッカーバーグ様、 9年前、私たちはFacebook上の虚偽情報によって引き起こされる現実世界での被害についてあなたに公開書簡を書きました。それに応じて、Metaはファクトチェックプログラムを立ち上げ、数百万人のユーザーをデマや陰謀論から保護しました。今週、あなたは「検閲が過剰である」との懸念から、アメリカ国内で

By 古田大輔(Daisuke Furuta)