万博を訪れた子どもたち、肺炎で学級閉鎖が相次ぐ? そのような事実は確認できない【ファクトチェック】

万博を訪れた子どもたち、肺炎で学級閉鎖が相次ぐ? そのような事実は確認できない【ファクトチェック】

「大阪万博の会場でレジオネラ菌入り殺虫剤をまいたため、子どもたちに肺炎の症状が出て学級閉鎖が相次いでいる」という情報が拡散しましたが、根拠不明です。会場で使われた殺虫剤にレジオネラ菌は含まれていません。また、体調不良を引き起こすほどのレジオネラ属菌は検出されておらず、大阪の学校で例年より多い学級閉鎖が起きているという事実も確認できません。

検証対象

2025年6月6日、「大阪の小中学校で学級閉鎖が流行っているらしい。 それも、万博に行った子どもたちが体調不良が続出しているらしい」「暑さ対策のため地面から吹き上がるミストやウォータープラザの海水などから殺虫剤の成分(レジオネラ菌)が噴出→子どもたちが暑さ対策のミスト(殺虫剤成分含む)を浴びて後日肺炎の症状を発症」などと記した投稿が拡散した。

この投稿は2025年7月1日現在、149万回以上の閲覧回数と2700件以上のリポストを獲得している。

投稿について「後先考えずやった結果が未来の子供達にツケを負わせるとはな」「万博へ行く方は殺虫剤ミストにお気をつけて」というコメントの一方で「これはデマです」という指摘もある。

検証過程

アース製薬「殺虫剤にレジオネラ属菌は含まれていない」

拡散した投稿は「ミストやウォータープラザの海水などから殺虫剤の成分(レジオネラ菌)が噴出」「レジオネラ菌→殺虫剤の成分のこと」などと述べている。

レジオネラ属菌(レジオネラ菌)は、河川、湖水、温泉や土壌などに生息する細菌だ。レジオネラ属菌に汚染されたエアロゾル(細かい霧やしぶき)を吸うことなどによって感染し、肺炎や発熱などの症状が出ることをレジオネラ症と呼ぶ(厚生労働省”レジオネラ症”)。

報道によれば、アース製薬が大阪・関西万博を運営する日本国際博覧会協会に虫よけスプレーや殺虫剤を提供したことは事実だ(日経新聞YTVニュースなど)。

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、アース製薬に「殺虫剤にレジオネラ属菌が含まれるかどうか」を取材した。広報担当者は「弊社が製造しています、虫ケア用品(殺虫剤)にはレジオネラ属菌は含まれておりません」と答えた。

レジオネラ症を引き起こすほどの菌は検出されず

2025年6月、万博会場でレジオネラ属菌が検出されたと報じられたのも事実だ(NHK読売新聞など)。

拡散した投稿が主張するように、万博の来場者がレジオネラ属菌による肺炎になっているのか。万博協会は2025年6月20日、公式サイトで検出結果について公開し、「レジオネラ属菌は『レジオネラ症防止指針』の指針値を超えて存在していない」と述べている(公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 お知らせ”ウォータープラザにおけるレジオネラ属菌の培養法検査結果について”)。

レジオネラ属菌の健康被害データは確認できず

万博の来場者や関係者に、レジオネラ属菌による健康被害は出ているのか。JFCは、大阪・関西万博感染症情報解析センターに取材した。

同センターは「現時点(2025年6月25日)では、万博関連で、レジオネラによる健康有害事象を探知しておりません」と回答した。

一方、大阪府感染症情報センターは、府内で報告されたレジオネラ症の報告数を公開している。2025年4月~6月の件数は、前年同期比で特に増えているとは言えない(大阪府感染症情報センター”レジオネラ症”)。

(出典:大阪府感染症情報センターサイトより。オレンジの折れ線が2025年、青が2024年)

「大阪で学級閉鎖が流行っている」は根拠不明

拡散した投稿は「大阪の小中学校で学級閉鎖が流行っている」と述べているが、そのような事実はあるのか。

学級閉鎖とは、学校の全部または一部を休業する感染予防措置だ(e-gov”学校保健安全法”)。

小中学校の学級閉鎖は、市区町村の教育委員会で把握・集計していることが多い。JFCの取材に対し、大阪府教育庁と大阪市保健所は「学級閉鎖の状況を把握していない」と回答。大阪市教育委員会は「学校感染症に肺炎が指定されていないので分からない。『その他の感染症』の中に、肺炎のお子さんがいることもある」と答えた。

また、万博が開幕して以降、肺炎に限らず、大阪市内の学校で学級閉鎖が例年に比べて多いという事実はあるかというJFCの問いに対して、市教委は「そういった状況は確認していない。概ね例年通りの発生状況だ」と回答した。

2025年7月1日現在、大阪近辺の小中学校で例年より多くの学級閉鎖が見られるという報道もない。

「レジオネラ症による学級閉鎖」というデータは確認した範囲では集計されていないため、はっきりとしたことはわからないが、少なくとも、「大阪の小中学校で学級閉鎖が流行っている」という主張は根拠不明だ。

判定

大阪万博の会場で使われた殺虫剤の成分にレジオネラ菌は含まれていない。また、会場で体調不良を引き起こすほどのレジオネラ菌は検出されていない。大阪の学校で、例年より多く学級閉鎖が起きているというデータも確認できない。よって、総合的に根拠不明と判定する。

出典・参考

厚生労働省.”レジオネラ症”.https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_00393.html, (閲覧日2025年7月2日).

日本経済新聞.”アース製薬、大阪万博に虫よけスプレー発送 府知事要請受け”.2025年5月22日.https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC22AZB0S5A520C2000000/, (閲覧日2025年7月2日).

読売テレビ.Yahoo!ニュース.”【速報】万博会場で“ユスリカの大量発生” アース製薬が万博協会に「虫こないアース」など殺虫剤提供 早々に現地調査を実施へ”2025年5月22日.https://news.yahoo.co.jp/articles/312d8127cea85808682e6afc5dde7daceed557f8, (閲覧日2025年7月2日).

NHK.”大阪 万博会場の海水からレジオネラ属菌が検出 水上ショー中止”.2025年6月5日.https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250605/k10014826261000.html, (閲覧日2025年7月2日).

読売新聞.”万博でレジオネラ菌、事務総長が謝罪…菌との因果関係あれば治療費負担”2025年6月9日.(閲覧日2025年7月2日).

公益社団法人2025年日本国際博覧会協会."お知らせ ウォータープラザにおけるレジオネラ属菌の培養法検査結果について”.2025年6月20日. https://www.expo2025.or.jp/news/news-20250620-04/,(閲覧日2025年7月2日).

大阪府感染症情報センター.”レジオネラ症”. https://www.iph.pref.osaka.jp/zensu/20210128104503.html, (閲覧日2025年7月2日).

e-gov.”学校保健安全法”.https://laws.e-gov.go.jp/law/333AC0000000056#Mp-Ch_2-Se_4-At_19, (閲覧日2025年7月2日).

検証:リサーチチーム、根津綾子
編集:古田大輔、藤森かもめ


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

被害が拡大するオンライン詐欺、対策はファクトチェックと共通/JFC検証8本、動画など【今週のファクトチェック】

被害が拡大するオンライン詐欺、対策はファクトチェックと共通/JFC検証8本、動画など【今週のファクトチェック】

「ファクトチェック」とは印象が異なるかもしれませんが、オンライン詐欺の問題にも世界の多くのファクトチェック機関が取り組んでいます。 著名人を騙るアカウントを使い、架空の投資話などで資金を振り込ませる。世界中で被害が広がっている手口です。偽アカウントの見分け方、オンラインで見の安全を守るメディア情報リテラシーなど、対策はファクトチェックと共通します。 日本ファクトチェックセンター(JFC)でも、たびたび具体的な事例を挙げて注意を呼びかけていますが、被害額は増える一方です。 法的な取り締まりも必要ですが、まずは身を守るために自衛策を学び、家族や知人にも注意を呼びかけましょう。(古田大輔) ✉️日本ファクトチェックセンター(JFC)がこの1週間に出した記事を中心に、その他のメディアも含めて、ファクトチェックや偽情報関連の情報をまとめました。同じ内容をニュースレターでも配信しています。登録はこちら。 JFCからのお知らせ JFCファクトチェック講師養成講座はこちら 日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
実業家・前澤友作氏になりすましたAI偽広告に注意

実業家・前澤友作氏になりすましたAI偽広告に注意

実業家の前澤友作氏になりすました偽広告がYouTubeなどで拡散しています。AIで生成したと見られ、前澤氏自身がSNSで注意喚起をしています。 YouTube広告に著名人の偽広告 実業家の前澤友作氏になりすました偽のYouTube広告が拡散している。偽の動画では、前澤氏が株式投資を勧め、「10倍にしたい人、今すぐ耳を傾けてください」などとLINEへの登録を促している。 一部不自然な日本語で話していたり、唇と発言が一致していない場面もある。また動画上部には「KABU&」と書かれている。 広告リンクをクリックすると、「前澤友作のLINEを無料で追加し、『受取』と送信するだけで、翌日値上がりする銘柄がわかります。さらに、毎週60%の利益が期待できる優良銘柄情報も入手できます」と表示され、「特別な投資情報をお届けします!」とLINEへの登録を促している。 前澤氏やカブアンドもSNSで注意喚起 前澤氏は自身のXアカウントで注意喚起している。 「【拡散希望】前澤やカブアンドを騙る『偽の動画広告』について以下の動画は、すべて個人情報や金銭を騙し取ろうとする極めて

By 木山竣策
参政党、日本保守党に特別委員会の割り当てなし? 画像は過去のもの【ファクトチェック】

参政党、日本保守党に特別委員会の割り当てなし? 画像は過去のもの【ファクトチェック】

2025年7月の参院選で議席を獲得した参政党と日本保守党について「特別委員会の割り当てがない、国民の支持で議席を得た政党が、委員会審議に参加できないのは代表性の欠如」と国会を批判する投稿が拡散しました。これはミスリードで不正確です。画像は2025年1月〜6月の国会資料で、2025年7月の参院選後、参政党、保守党ともに議席に応じて各特別委員会の席が割り当てられています。 検証対象 2025年8月4日、「参政、保守に特別委員会の割り当てなし。国民の支持で議席を得た政党が、委員会審議に参加できないのは代表性の欠如。少数政党だからって、発言の場すら奪うなんてあまりにも理不尽だ」という投稿が根拠とされる画像付きで拡散した。 投稿したアカウントは@Hoshuto-kaihaで「日本保守党会の国会議員、河村たかし、島田洋一、竹上裕子の『会派』アカウント」とプロフィールに記している。 拡散した画像には「※参政、保守については割当なし」と書かれた資料が映っている。 8月15日現在、この投稿は8800件以上リポストされ、表示回数は68万回を超える。投稿について「あれだけ議席

By 木山竣策
太陽光パネルを屋根につけると火災保険に入れない? 損保大手3社など否定【ファクトチェック】

太陽光パネルを屋根につけると火災保険に入れない? 損保大手3社など否定【ファクトチェック】

「太陽光パネルを屋根につけると火災保険に入れない」という投稿が拡散しましたが、根拠不明です。大手損害保険会社3社は公式サイトで保険対象になると説明しています。2025年4月から新築住宅への太陽光パネルの設置等を義務付けている東京都も「太陽光パネルを設置した住宅は火災保険に入ることができる」と説明しています。 検証対象 8月5日、「保険屋さんから聞いたんだけど太陽光パネル屋根に実施すると火災保険に入れないとか」「東京都新築に義務化だったわよね?」という投稿がXで拡散した。 8月15日現在、投稿は6700回以上リポストされ、表示は402万回を超える。 投稿には「火事になった時、水かけられないからでしょ」「発火する可能性が屋根にある訳ですからね」というコメントの一方で「デマです」「その保険屋さん嘘つきだから、他の保険屋さんに契約変えた方が良いよ」という指摘もある。 検証過程 大手損保3社は火災保険の対象、ただし条件も 大手損害保険3社「東京海上日動」「MS&AD三井住友海上」「損保ジャパン」は、自社サイトに太陽光パネルを設置した住宅が火災保険の対象にな

By 根津 綾子(Ayako Nezu)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は8月23日(土)午後2時~3時15分で、お申し込みはこちら。 https://jfckoushiyousei0823.peatix.com 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にど

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験  教材と申し込みはこちら

JFCファクトチェッカー認定試験  教材と申し込みはこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)