「本人がそう言っている」では足りない:検証が止まる瞬間【ファクトチェックの舞台裏】

「本人がそう言っている」では足りない:検証が止まる瞬間【ファクトチェックの舞台裏】

日本ファクトチェックセンター(JFC)がファクトチェックの舞台裏を語るコラム。第5回は、「組織の発表」や「当事者の説明」は偏っている可能性があるため、ボツになった記事を振り返ります。

立ちはだかる企業秘密→保留

2025年4月、エルメスやルイ・ヴィトンなど、ハイブランドのバッグが「実は中国産だ」と主張する動画が拡散しました。

ブランド側は「従業員の多くはフランスで働いている」「製造業者の95%がイタリアに拠点」などと公表しているため、その言葉を信じれば、拡散した動画の検証結果は「誤り」となります。

欧州のメディアやファクトチェック団体の中には、この動画を検証して「偽造品の可能性が高い」「主張は誤りだ」などと報じたところもありました。

一方で、イギリス公共放送のファクトチェックチームBBCVerifyは、ハイブランドの多くが「製造拠点を欧米諸国においていると公表している」と前置きした上で、「ハイブランド業界はサプライチェーンの透明化に対して非常に消極的で、実際のところを正確に知ることはできない。高級ブランドでも、中国で多くの製造が行われている。ただし、『最終工程でラベルを張っているだけ』という主張は誤りだ」という専門家のコメントを紹介しています。

JFCでも「ブランド企業の主張をそのまま信じることはできない」「現地での調査には多大な手間と時間がかかる」と話し合い、原稿は一旦見送ることにしました。

このように企業を中傷する投稿は、反証しようにも、企業の主張を鵜呑みにするわけにはいかないので、事実関係の確認は非常に難しい状況です。ただ、だからといって拡散した情報が正しいとも言えません。

信頼できる新たな情報が得られた場合には、再度検証したいと思っています。

当事者の証言しかなく、裏付けが取れない→保留

個人についての真偽不明の情報を確かめる時も、その人の利害にかかわるような問題の時には、言い分を鵜呑みにすることができません。

2024年、「ロヒンギャってテロ組織じゃねーのか?何簡単に日本に入れてんだよ」という言説が拡散しました。投稿にはテレビのニュース番組のスクリーンショットが添付されていました。

「ロヒンギャ」とはミャンマーの少数派イスラム教徒です。人口の約9割が仏教徒のミャンマーで、長年、迫害されてきました。

日本にいるロヒンギャ難民は約300人と報じられていますが、包括的な取材は困難ですし、個別に取材できたとしても本音を語ってくれるとは限りません。ロヒンギャ難民が、テロ組織や、その関係者で構成されているわけではないことを客観的に証明する方法を考えましたが見つからなかったため、新たな情報が得られるまで記事の配信は保留にしました。

企業発表や当事者の説明だけでは客観性は担保されず、それだけを根拠に真偽を判断することはできません。断言できない場合は掲載を見送り、「調べたが結論は出なかった」という事実をコラムなどで共有することで、情報の透明性を可能な限り保ちたいと考えています。

出典・参考

BBC VERIFY.”Viral videos claim luxury bags are made in China, is it true?”.2025年4月17日.

https://www.bbc.com/news/videos/c8rgvv7me58o(閲覧日2025年7月7日).

編集:根津綾子


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

大阪は6人に1人が中国人? 府内1.1%、市内1.9%【ファクトチェック】

大阪は6人に1人が中国人? 府内1.1%、市内1.9%【ファクトチェック】

「大阪は6人に1人が中国人」という投稿が拡散しましたが、誤りです。大阪府に就労や勉強などのために訪れ、中長期にわたり滞在する中国人の割合は人口の約1.1%(2025年6月末時点)、大阪市と比べても、市内に住民登録している中国人は市の人口の約1.9%(2024年末時点)で、いずれも6人に1人(約16.7%)からはかけ離れています。観光客の人数を考慮しても「6人に1人」は程遠い数値です。 検証対象 拡散した投稿 2025年10月19日、「大阪は6人に1人が中国人。本当にやばい」という投稿がXで拡散した。 検証する理由 10月29日現在、投稿は2.2万回以上リポストされ、表示は335.4万件を超える。 投稿には「6人に1人は言い過ぎ」「いったいどんな統計ですか?」などの指摘の一方で、「6人に1人⁉️ キショ!大阪の日本人はよくそんな環境を耐えてますね」「この状況を許している維新の大阪府は、公明党とは違った意味で親中派なのであろう」など同調するコメントが多数ある。 検証過程 引用元動画は9月27日の移民政策反対デモと見られる 拡散した投稿は、別ア

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
高市首相が外国人を大量に国外退去させる省庁を設立? 新省庁も大量退去の情報もない【ファクトチェック】

高市首相が外国人を大量に国外退去させる省庁を設立? 新省庁も大量退去の情報もない【ファクトチェック】

高市早苗新首相が、外国人を大量に国外退去させるための省庁を設立すると表明したかのような投稿が、英語で拡散しましたが、誤りです。高市氏は、一部の外国人による違法行為やルールからの逸脱に毅然と対応すると述べ、外国人政策を担当する大臣を置きましたが、10月27日現在、省庁を新設したり、外国人を大量に国外退去させたりという情報はありません。 検証対象 拡散した言説 2025年10月22日、「日本の新首相が最初の政策として大量国外退去を決定 高市早苗が就任し、即座に大量国外退去のための省庁を設立」という英語の文言付きの動画がXで拡散した。 検証する理由 拡散した投稿は、10月27日現在3.9万回以上リポストされ、表示は945万件を超える。 投稿には「首相の高市氏が『大量国外追放省』を創設したという、信頼できる報道や公式発表は確認できない」という指摘の一方、「反大量移民の動きが高まっている!」や「日本にできるなら、我々もやらねば」など同調する英語のコメントが多数ある。 検証過程 動画は高市首相ではなく小野田経済安保担当相 拡散した動画は18秒。「高市

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
ユースファクトチェック選手権2025開催へ 申し込みはこちら

ユースファクトチェック選手権2025開催へ 申し込みはこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は11~12月、中学生〜大学生を対象に情報を検証するスキルを競うイベント「ユースファクトチェック選手権2025」をオンライン開催します。2〜3人でチームを組み、国内大会を勝ち抜くと世界大会でアジア各国のチームと決勝を争います。 ユースファクトチェック選手権の開催は2024年に続き、2回目。国内では慶應大生らで作るEdtech企業「株式会社Classroom Adventure」、国際大会は台湾、タイ、モンゴル、インドのファクトチェック団体との共催です。 情報の検証力競う「ユースファクトチェック選手権」、日本で初開催 大学生ら5チームが世界大会へ中高生から大学生を対象に、情報検証スキルを競うオンラインイベント「ユースファクトチェック選手権(英語名:Youth Verification Challenge)」が、日本で初開催されました。日本ファクトチェックセンター(JFC)と学生スタートアップClassroom Adventureが共催し、全国から60チーム約150人が参加しました。 ファクトチェックとリテラシーを実践的に学ぶ

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は11月28日(土)午後5時~6時30分で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei1128.peatix.com/view 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にど

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験

JFCファクトチェッカー認定試験

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)