NHK党「ヤジ3回で公選法違反、私人逮捕できる」? 公選法に規定なし【#参院選ファクトチェック】

NHK党「ヤジ3回で公選法違反、私人逮捕できる」? 公選法に規定なし【#参院選ファクトチェック】

選挙に関連し、「ヤジを3回注意されたら公職選挙法に抵触」「警告無しで私人逮捕もありえる」などという言説が拡散していますが、誤りです。公職選挙法にそのような規定はありません。

検証対象

6月15日投開票の尼崎市議選でヤジを浴びたNHK党の議員らが「帰れ帰れと言っている人、選挙妨害になりますから警告を発しておきます」「公職選挙法225条選挙の自由を妨害するものは懲役4年以下の罰則がある」「今から3回目警告します。なぜ3回かっていうと公職選挙法を見てください」などと発言した(福井かんきチャンネル”立花孝志in尼崎 阪急塚口駅からLIVE配信”)

ヤジを3回警告されたら公選法違反などの主張は参院選期間中も議論の対象となり、毎日新聞がファクトチェックして「誤り」と判定している(毎日新聞 ”演説で「ヤジを3回警告されたら公選法違反」は誤り N党発信”)。

検証過程

公選法に「ヤジ3回で違反」の規定無し

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、選挙演説に対するヤジが3回で公職選挙法に抵触するのかどうかを検証した。

選挙の自由と公正を妨害する行為は公職選挙法で規制されている。対象となるのは、候補者に対する暴行や誘拐、交通や演説を妨げたり、立場の優位を利用して、選挙に関わる人やその関係者を脅す行為などだ(以上e-gov”公職選挙法第二百二十五条”)。

しかし、「ヤジを3回注意されたら違反」などという具体的な規定はない。

「公務員が3回以上解散を命じて従わない場合」の規定

公選法の第230条2項に「公務員から解散の命令を受けることが三回以上に及んでもなお解散しないときは、首謀者は、二年以下の拘禁刑に処し、その他の者は、二十万円以下の罰金又は科料に処する」という記載がある(以上e-gov”公職選挙法”第二百三十条)。

立花氏らは、街頭演説中にこの230条に言及している(動画2時間7分20秒~)。しかしこの条文では「公務員からの解散の命令を3回以上受けてもなお解散しないとき」が処罰の前提で、ヤジを受けた当事者による注意の話ではない。

何をしたら「自由妨害」か

公選法は候補者の選挙運動を妨げる「自由妨害」を禁じる。しかし、何が「自由妨害」かは明記していない。

憲法や公共訴訟に詳しい平裕介弁護士は、次のように指摘する。

「選挙演説に際して演説者や候補者に一市民の生の声を届ける目的で,演説者や候補者に届く声の大きさで,多少の質問や意見をしたり演説内容等に疑問を呈するなどの目的で弥次(ヤジ)を飛ばしたりすることは,表現の自由すなわち民主主義社会における重要な基本的人権の一つである政治的『言論』(憲法21条1項)の自由として保障されるものといえる」(平裕介"公道で選挙演説を聴く市民の政治的言論の自由と『現在』の市民の『不断の努力』"LIBRA2019年10月号)

そのうえで、公職選挙法225条第2号について、以下の判例などを紹介している。

「裁判例は『選挙演説に際しその演説の遂行に支障を来さない程度に多少の弥次を飛ばし質問をなす等は許容』されるとし、『他の弥次発言者と相呼応し一般聴衆がその演説内容を聴き取り難くなるほど執拗に自らも弥次発言或は質問等をなし一時演説を中止するの止むなきに至らしめるが如き』行為に至らなければ公職選挙法上の演説妨害罪は成立しない(大阪高判昭和29年11月29日高等裁判所刑事裁判特報1巻11号502頁(503頁))」(同上)

つまり、一般聴衆が演説を聞き取りにくくなるほど執拗にヤジや質問を飛ばすなどして、演説を中止させるのが止むをえないほどでなければ、自由妨害にはあたらないということだ。演説者が警告すればこれにあたるということにはならない。

JFCが、演説者の3回警告で自由妨害となるのかについて総務省選挙課に見解を尋ねたところ、担当者は「公選法に規定されているものではない」と回答した。

ヤジで警察に排除された事例も

選挙活動に対するヤジなどで、取り締まりを受けた事例は複数ある。

2024年4月の衆議院東京15区の補欠選挙で、政治団体つばさの党代表・黒川敦彦氏らは、他陣営の街頭演説を妨害したなどとして公職選挙法違反の罪に問われた(NHK”「つばさの党」 選挙運動妨害事件の裁判 黒川代表らが無罪主張”、朝日新聞”「つばさの党」からどう逃げたか 追跡された陣営が見た異常な選挙”)。

2019年参院選では、札幌市で街頭演説中の安倍晋三首相(当時)にヤジを飛ばし、北海道警の警察官に排除された男女2人が道に計660万円の損害賠償を求めた。最高裁では、男性の訴えを退ける一方、女性については道に賠償を命じる判決が確定した(朝日新聞”「ヤジも言えない国」で権利訴えた男性、敗訴確定でも「一矢報いた」”、NHK”首相へやじで警察官に排除 北海道への賠償命令確定 最高裁”)。

判定

選挙期間中、SNSやネット掲示板などで「ヤジを3回注意されたら公職選挙法に抵触する可能性がある」「私人逮捕できる」などという言説が散見されるが、誤り。演説が中止にいたるほどの妨害であれば、公職選挙法の自由妨害にあたる可能性はあるが「演説者が3回注意したら」というような規定はない。よって、誤りと判定する。

出典・参考

福井かんきチャンネル.”立花孝志in尼崎 阪急塚口駅からLIVE配信”.https://www.youtube.com/live/fYgcRh1mY7U?si=5XB78LnATVmSr5YA&t=7641,(閲覧日2025年7月17日).

e-gov.”公職選挙法第二百二十五条”.https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC1000000100#Mp-Ch_16-At_225,(閲覧日2025年7月17日).

e-gov.”公職選挙法”第二百三十条”. https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC1000000100#Mp-Ch_16-At_230,(閲覧日2025年7月17日).

平裕介."公道で選挙演説を聴く市民の政治的言論の自由と『現在』の市民の『不断の努力』".LIBRA2019年10月号.
https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2019_10/p23.pdf,(閲覧日2025年7月17日).

NHK.”「つばさの党」 選挙運動妨害事件の裁判 黒川代表らが無罪主張”.https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241120/k10014644101000.html, (閲覧日2025年7月17日).

朝日新聞.”「つばさの党」からどう逃げたか 追跡された陣営が見た異常な選挙”. https://www.asahi.com/articles/ASSCM3HWGSCMUTIL02ZM.html, (閲覧日2025年7月17日).

朝日新聞.”「ヤジも言えない国」で権利訴えた男性、敗訴確定でも「一矢報いた」”. https://digital.asahi.com/articles/ASS8N3PGVS8NIIPE00CM.html,(閲覧日2025年7月17日).

NHK.”首相へやじで警察官に排除 北海道への賠償命令確定 最高裁”.https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240820/k10014553641000.html, (閲覧日2025年7月17日).

検証:根津綾子
編集:古田大輔


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

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